脅かすもの…19(番外)


水野の博打を長いこと見ていない
元々手の内を明かすのを嫌う性格なのであまり気にしていなかったのだが、こうものほほんとしている姿ばかりを見ると気が抜けてしまう
以前は雀荘に出掛けることも多々あったが、この頃水野は観光をしていた
この狐が変わる要因があるとして、一番に挙がるのは多く介在をしている自分だろう
あの夏の日、自分は妖狐を打ち負かした
命を断とうとするのを止めさせ、自分のために生きろと言った
思えばあの時から始まったのだろう
水野は自らの博打に関するコンプレックスとも言える自分の側に常に居なくてはならなかった
自分が水野を博打から遠ざけているのだ
恐らくそれが大元

共に有りたいと言ったのは、妖しい狐であって決して女ではない
死ぬまで側に居ろと言った。
あれは間違いなく自己を中心に据えて放った言葉だ
しかし、水野自身が変わってしまっては…あれの性格を歪めてまで自分は共に居たいのだろうか。
執着は類を見ない程だが、アカギはそこまで利己的になれなかった
本当にあの狐が変えてしまうのならば、離れたっていいのではないか
そう思っていたところに事は起こったのだ




現在のホテルに滞在すること、一週間
そろそろ河岸を変えるべきだろう頃合だった
このホテルは立地が良く、長居をしてしまったが明日にでもまた気儘に発とう
そう水野と話ながらアカギはロビーを抜けて、個室へと向かっていた
廊下の角を曲がると滞在している部屋の前に数人の黒服が物々しい雰囲気で立っていた
直ぐ様隠れ様子を伺う
この廊下が硬質な床では無くて良かったと水野は安堵していた
そうであったなら下駄の音で見つかっていた
他の者が黒服達に合流し何か話している
どうやら、アカギを探しているらしかった
あの部屋に取りに行きたいものは取り立てて無い
アカギと水野が目配せをして此処から離れようとした時、後ろから怒声が降りかかった
背後を確認すると数メートル先に黒服が一人
まだ仲間が居たのだ
躊躇い無く二人して黒服に飛びかかり薙ぎ倒すと、そのまま廊下をひた走った
彼らが何を隠し持っているのかわからない以上逃げることが懸命
博打以外で死ぬなど真っ平御免である
大声に気がついた部屋の前の連中が後を追いかけてくる
下駄の水野は通常考えれば不利であったが、アカギは心配しなかった
これまでも何度かこう言ったことがあったが、狐は自分の力で逃げおおせていた
行手に更なる敵が現れたので方向を転換し、階段を駆け下りる
下から上らんとする黒服が居り、水野は上から大きく飛んだ
その手には鞘に収まったドスがある
相手の顔面にドスを打ち込むと着地して壁に添い、辺りを見回した
追い付いたアカギに話しかける


「裏の駐車場から出ますか?」

「厨房の勝手口を使おう」


いつの間に下調べをしたのやら
アカギが先を行くので水野が後に続く
走っていると先に黒服を発見し、左手にさっと隠れた
背後に水野を庇い物陰から様子見をする
男はこちらに向かって歩いていた、気づかれてはいない
水野が息を潜め、下駄を脱いでいると袖から何かが抜け、床に落ちてりんと大きな音を立てた

…京で貰った鈴


緒が切れて、溢れ出たのだ
息を飲む水野の背後で男が長ドスを振りかぶった





水野が目を覚ますと白い壁が広がっていた
仰向けになっているので正しく言えば天井である
意識がはっきりしないまま起き上がる
背中にきりきりとした痛みが走った
そうだ、背後から狙われたのだ
襦袢の下を確認すると、胴と肩に包帯が巻かれている
腕からは点滴の管が伸びていた
ここは病院だったのだ
窓にはカーテンがかけられているが、光が差し込んでいるので昼だろうか
一人部屋は静寂に包まれている
あまりにも静かで、無人の建物に取り残された気分だ
あれから何日経ったのだろう
サイドテーブルには畳まれた着物と帯、袖に入れていた細々したもの達が置かれていた
煙草の横に厚い茶封筒を発見した時、水野は大きく目を見開いた

アカギはこんなもの置いていかない

ぷつり、と水野の感情を押し止めている緒はいとも簡単に切れた
目が釣り上がり、体は硬度を増す
どくどくと血流を流れているのは、憤怒だった
灰皿のハイライトの吸殻はまだ温かい
腕に刺さる針を鷲掴み、一気に引き抜いた
管が振り回され、大きく揺れて壁に叩きつけられた
勢い余って血液が数滴布団に落ちたが、気に留めずベットから降り、棚の裏に隠してあったドスを取った
着物を雑に翻し、水野は病室を駆け出した
強い力で限界まで開かれた引き戸が、大きな音を立てた





余分に入れた手術代という名の手切れ金を置いて、アカギは病院を出ていた
先ほどまで出ていた太陽は雲に覆われ、いつの間にやら小雨が振りだしていた
周りの人々はパタパタと傘を開いたが、アカギは濡れるのも気にしなかった
道は塗装されたアスファルトに差し掛かる
電柱が並び足元に線を引いていた
木造が作る日陰に入ると空気はひやりとした
住宅街だが、駅が近いので人通りはそこそこである
突然、空が唸りを上げて一気に滴が降り注ぐ
勢いを増した豪雨にその辺りの主婦は水溜まりを蹴っ飛ばし、走っていく
前髪が落ちてきたので指で軽く払うとアカギは駅に向かった

行く宛は元から無かったが、いつもの事だった

あの狐に出会うことはもう無い
明確な繋がりが無ければ出会うはずが無い
あれと自分はそういった個の反発をお互いに持っていた
水野が望んでも遠く離れてしまえば、一生会わないだろう
背後から走ってくる者がある
雨を避けるために誰かが急いでいるのだろうと思っていたアカギは直後の衝撃に驚いた


「…アカギ」


水野だった。
まさかこの狐が誰かのために走ってくるとは。

背中に一発峰打ちを入れ、傾きながらも痛みに振り向くアカギの体の上に乗り上がった
一瞬で抜かれた刃が仰向けのアカギの傍らに刺さる
眼前の水野の瞳から目を離せない
それほどに近かった
激しい雨が水野を伝って止めどなく落ちている
雨までも、まるでアカギを責めているようだった
言わずもがな、水野は憤っていた
着物の裾は泥だらけで、袷は開き生足が見えた
髪型は束ねた後ろからバラバラとあちこちが出て、それが水に濡れている
息を切らし、髪を振り乱しながら走って来たのだ
普段の狐からは想像もつかない、猛々しさ、光る刃の艶かしさ
今にもアカギを噛み殺さんとする勢いだった


「…違えるな、赤木しげる」


気を抜けば直ぐ横の刃で頭部が切れてしまいそうだ
ただならぬ雰囲気にいつの間にか道端には二人だけになっていた
違えるというのは、以前にした約束のことだろう。
今の水野は博徒の危うさを持っていた
この狐は元より安寧など望んでいなかったのだ
表面に微塵もにも出さないだけで何時だって飢えていたのかもしれない
自分とタイプが余りに違うから、失念していた。
こいつは化け物だ
それも、一生人間の皮を被っていられる化け物だ

久方振りの水野の狂気がアカギを歓喜させる
普段とかけ離れた姿は、同時にアカギの欲求を呼び起こす
13の時に初めて水野の麻雀を見た衝動が甦った

ああ、美味そうだ

考える前に手が伸びていた
強引に引き寄せて、唇に噛みつく
引いた着物は水気を含んでいた
付着した土埃など気にしない
逃がさないように抱き締めた
息を弾ませて夢中で貪っていると、体に温かさが戻った
雨と口づけとで溺れそうだ
冷たいのだか、熱いのだか訳が分からなくなる


不意に光が強く差し込み、眩しさに水野がアカギから少し身を引いた
雨の中、目を細め空を見上げている


「…天気雨ですね」





「夏の恋人」より





[127/147]



戻る


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -