仮初めの秤…19(if)

「アカギさん、お弁当ですか」


沼田玩具の昼休み中、治が隣から興味深そうに声をかけてくる


「いつもいないと思ったらここで食べてたんですね」

「まあな」


1メートル先は焼けるような日差しが惜しみ無く降り注いでいる
工場の裏側、日陰になったそこは涼むのに丁度良い
といっても椅子は無いので地べたに座っている
熱されたアスファルトの凸凹した熱が作業着を通してケツに伝わってくる
治は隣に腰かけるとお握りの包みを開いた


「しかし、手作り弁当かあ…意外だなぁ」


弁当箱にはひじきや切り干し大根の煮付け、肉じゃがといった家庭的なおかずが詰まっている
寮には住まずにアカギは自宅から出勤をしていた
決して給与の良いとは言えない玩具工場で働く人間が、他に家を持つのは理由があるのか、物好きなのかどちらだろうと治は勘ぐっていた
その理由がこの弁当で明らかになった
男だらけの相部屋に女は連れ込めない


「で、どんな人なんですか、作り主は」

「…狐」

「え」


突っ込むとアカギは少々困ったように呟いた
そうして弁当に手を付ける
これ以上振られた話題に答える気は無いようだ
工場に勤務しているアカギは物静かで目立つタイプでは無かった
若いが女の気も感じない
もし、作り主が女性ではなくてもアカギが答えた以上、弁当を作っている人間の存在は確かだ
思わぬ事実に興味津々の治は、何れそれを解き明かすことを密かに意気込んでいた




「只今」

「お帰りなさい」


戸を開けると炊き立ての米や味噌汁の匂いが広がった
奥の台所から割烹着姿の水野がやってくる


「お風呂沸いてますよ」

「ああ」


柄になく引き寄せると意外そうに顔を上げた


「工場の臭いがしますね」


作業着は家に帰るとすぐに脱いでしまうのが常だ
手の平でぺたぺたと服の感触を確かめている
作業着を独特の硬質でざらざらした質感
厚い上着の下の黒いTシャツから覗く首元は色気がある
水野に言われて自然アカギは匂いを意識する
仕事場のツンとする臭いに狐の香がふっと香った

…これはなかなか。


「作業着姿もいいですね。」

「どういう意味」

「男臭くて良いという意味です」

「臭いが?」

「恰好ですよ、家庭を支えるために一生懸命働いている男性、という感じがいいですね」

「あんたが養われるタマかよ」


もう少し触れていたかったが、難なく水野は腕から抜けてしまう
仕方ないので、空の弁当箱を手渡して自分は風呂へと向かうことにする
狐は一旦明るい居間に向かって歩んだが、立ち止まって振り返った
意地の悪い笑みを浮かべている


「夕飯、もうすぐ出来ますよ、貴方」


廊下の寒さも相まって鳥肌が立った






もしアカギが沼田玩具に勤務していたら






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