古都5…19(番外)

帰りのタクシーでどっと疲労感が押し寄せた
ぼんやりとして、額に靄がかかる
心地の良い疲れだ
夕食を食べれば幾分回復するだろう


「沢山歩きましたね」

「この調子だとまた早々に寝ちまいそうだな」

「歳ですらかねえ」

「大していってねえだろう」


水野の年齢は未だに不明だ
以前は雀荘に出て朝帰りもざらだったが、夏のあの日以来、この狐が博打をしているのを見ていない
時折見え隠れしていた刃はまだ磨いであるのだろうか。
緩やかに窓の外を写す瞳からはわからない
水野の本質はぎりぎりの淵に立つことだろうに


帰ってくると水野は早速風呂に入る支度をした
夕食の時間まで一時間はある
それに多少遅れても配膳に時間がかかるだろう
浴室の扉を開けると湯煙が一杯に広がっていた
内風呂に身を沈めると思わずふうと吐息が漏れた
体の芯から温まる
思っていたよりも外で体を冷やしていたらしい
気分が外に広がって気持ちが良い
これは本当にアカギの言った通り、夕食を食べたら寝てしまうかもしれない
既に湯船でうとうとし始めている
体が十分に温まると出たくないという気持ちをなんとか宥めて、湯船を出る
手桶で改めて体を濡らし、頭から取りかかる
体は石鹸で洗った
ここの石鹸は花の香りがほんのりする
自家製だろうか、何か練り込んである
この匂いも体を落ち着かせる

突然扉ががちゃりと開いた
アカギが何でも無さそうに中を覗いて口を開いた


「水野さん、夕飯来たよ」

「はいはい」


あまりにもゆっくりし過ぎたらしい
泡をお湯で落とすともう一度湯船に浸かってかり、風呂を出た




ぱちんと小気味良い音が畳の上に響く
アカギの出した札は、猪
月明りと外の灯篭だけでもよく見える
それらは胡座を掻くアカギの着流しから覗く鎖骨や足首を艶かしく照らした


「猪鹿蝶、上がりだ」

「あら」


自分で持っていたのか
アカギが役を正確に数えている間に側にあるお猪口を口に運んだ
日中の疲れを落とし、軍鶏鍋に舌鼓を打って、こうして酒を飲んでいる
残すところは歯を磨いて寝るだけだ
アカギもこの京旅行をそれなりに楽しんでいる様子なので何よりである
この花札では、勝った方が次の行先を決めることになっていた
勝負はアカギの勝ちで終わった


「もう花では歯が立ちませんね」

「麻雀ほど複雑に技が使えないんだろ」

「ええ。私の根幹に流れる考えは共通ですから、麻雀の方も時間の問題ですね…」


札を片付けているとさらりと何かが額に触れた
見上げると予想より側にアカギの顔があった
軽く額を当てて見詰め合う
アカギは自分の中を覗こうとしているのだ
心内にある寂しさを見透かさないで欲しい
水野の肩を捕まえるとアカギは頬を寄せた
後ろによわいた毛束を見つけて弄ぶ
アカギがこういったどっちつかずの行動をするのは意外だった
あやすように背中を叩くと何やらスイッチが入ったのか、持ち上げられ布団で横にされた


「相変わらず貴方のことはよくわかりません」


左の手を手に取って、アカギは薬指を口に含んだ
断裂した断面を舌でなぞる
もう痛みは無いが、他の部分とは違った違和感があった
神経の調子が他と違うので感覚が遠い
アカギは水野の存在を確かめていた
狐の麻雀は左の薬指に詰まっている


「何も味がしないな」


あんたなら中から何か変わった味がしそうなもんだが、そう言ってアカギも隣に横になった
丸々自分に還元されるプライドをアカギに吸いとられている
二人とも博徒だ、元のままでは一緒に居られない
自分は何れ戦えなくなる
艶のある白髪を撫でると不服そうな目が覗いた


「ガキじゃない」

「癖ですよ、気にせんでください」


そう言って特に行動を改めるでもなく撫で続けていると諦めたのか、水野の胴に腕を回して胸に顔を埋めた


「あんた抱き心地が良いよな」

「女性は皆そうですよ」

「そうなんだ」


どうやら女性を抱き締めたのは自分が初めてらしい
その気になれば困らないだろうに
撫で付けても撫で付けても、ひょこひょこ浮いてくる剛毛を弄んだ
突然すいとアカギの顔が近づいて、唇が重なった
ほんのすこし触れて離れる
戯れに下唇を甘噛すると瞳が水野を見た


「…俺の前から消えるなよ」

「ええ」


消えるなとは、単に側に居ろと言っているのではない、博徒の水野をも無くすなと口にしているのだ
無論、水野自身も失うまいと藻掻いている
しかし、狐が側にいるには神に見初められた悪魔は余りにも強い。


まるで祈りだ


もし自分が本当に狐で無くなったら、アカギは受け入れてくれるだろうか。






[123/147]



戻る


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -