古都2…19(番外)


京都駅を降りて早速宿に電話を掛けた
奇跡的に本日から三日分のキャンセルがあり、宿を取ることが出来た
アカギの強運、恐ろし

昼過ぎに到着し、荷物をロッカーに預け、バスで清水寺へ向かう
バスは混んでいる、何せ紅葉のシーズンだ


「とりあえず名所は見ておきたいですね」

「京都に来たの初めてだ」

「あーたの場合、来ても観光地は回らないでしょう」

「そうだね」


バス停を降りて、五条坂を上っていく
町の景観に合わせた瓦屋根の建物を見ると、京都へやってきたという実感が沸いてくる
若い女性の着物姿が多いのは、着付けのサービスをしている店があるからだ
正門である荘厳な仁王門に臨む
回りには写真を撮っている観光客だらけである
他の人間には目もくれず、正門そのものの作りに見入っている


「朱色、好きなのですよ」

「あんたらしい」


一つ一つ建物を見て回っていると、随求堂でアカギの足が止まった
胎内めぐりの看板の横に参拝客が列になっている


「あれは何」

「胎内めぐりですか、胎内に見立てた建物の地下を通って心を改める場所ですよ」

「ふうん」


そもそもアカギが人の腹から生まれてきたのか謎である
悪魔は胎内めぐりをして何を感ずるのか、水野は興味本位で誘ってみる
拝観料を支払い、無明の洞窟へ足を踏み入れる
アカギを先に行かせて、数珠を頼りについていく
この闇を目の前の悪魔はどう思っているのだろう
人っ気の無い時間に来れば、本来の意図通りの体験が出来るのだが如何せん辺りに人の気配が多い
同時にアカギの背中が前をあることに何処か安心している自分に気がついた
やはりこれが傍に居ると自分が自分でなくなってしまう
影響を受けているのは絶対に自分だけではない
アカギを変えてしまう覚悟は、あの日にした
お互いに覚悟の上なのだ
そんなことを考えていると外からの光が差し込んできた
胎内めぐりが終わっていた
次の本堂に向かいながらアカギに尋ねてみる


「どうでした」

「面白かったぜ、現実の闇ってのは東京じゃ早々お目にかかれない。」


人の闇を行き来する異形に文字通りの闇は新鮮だったらしい


「水野さん、何か考えていただろう」

「何も」

「そう」


わかっているのだろうが、アカギはそれ以上聞かなかった
本堂は高い位置にあるため、下の色ずく木々を見下ろす形になる
これを機械に頼らずに作ったというのだから、立派なものだ


「清水の舞台ですね」

「思ったより高いな」


赤く燃える葉、橙、黄、まばらに生える木々が美しい
境内の忠僕茶屋で一服する
良い景色の中で食べる飯は格別である
珍しく水野は顔を綻ばせて、湯豆腐を食っている
甘味を頼まないところが、狐らしい
燃えている太陽が森に赤い光線を放っている
日は落ちはじめていた


「おいおい、そんなに食って夕飯は入るのか」

「入りますよう、きっと」

「チェックインは18時か、そろそろ出ないとな」

「ええ」



夕暮れの京都の町並みはどこか懐かしかった
京都駅で拾ったタクシーは、郊外へと向かっていく
乗車してから黙りの二人組に運転手は、バックミラーから様子を伺っている
気を使ってくれているのかもしれない
鏡越しに目が合うと水野は軽く笑顔で会釈をした
降り立ったその場所は人里から離れた隠れ宿だった
明るい光で照らされた石畳の通路が奥まで続いている
格子の引き戸を上げると、受付が目に入った


「いらっしゃいませ。ご予約の赤木様でございますね、お待ちしておりました」


何故赤木だとわかったのか、女将は落ち着いた笑みで奥まで招き入れる
受付でサインをすると、いくつか種類のある浴衣を選んだ
軽いので荷物持ちは断る
靴はそのままお持ちください、と声をかけられ不思議に水野は思う
建物の中に泊まる部屋があるのではないのか。
案内されて、館内を通りぬけ奥の吹抜けの廊下を歩く
左右には見事な日本庭園が広がっている
疾うに暗くなっていたが照明に照らされて紅葉が美しく輝いていた
更に奥の旧舘を通り過ぎると裏に通用口があり、そこで靴を履いた
色取り取りの庭を歩くこと5分、離れに到着した


「こちらにございます。電話がありますので、何かございましたらお電話くたさい」


夕食と明日の朝食の時間を確認すると女将は去っていった
離れの玄関に下駄を入れ、中に入ると調度の効いた和室が広がっていた
12畳一室に縁側の付いた室内は純和風の趣があった
離れなので一部屋だが、内風呂、露天風呂、手洗い、洗面所、冷蔵庫を完備している


「一体どのクラスの部屋を取ったのですか…随分とお金がかかっていそうですが」

「煩いのは面倒なんでね」


これであんたとゆっくりできる、そういってアカギは水野の頬を一撫ですると縁側へ腰を下ろし煙草に火を着けた




水野が机でお茶を飲んでいると、夕食が運ばれて来た
仲居が手際よく並べていく見事な陶器を眺めていた
食卓に蟹なんかが乗っていて、アカギが賭博の勝ち分を擦ってくる理由が少しわかった
離れなので仲居が布団を敷きに来ることはない
挨拶をして、仲居が部屋を出るとアカギが縁側から戻ってきた


「アカギさんビールで大丈夫ですか」

「ああ」


瓶ビールを空けてアカギの持つグラスに注ぐ
縁ぎりぎりにふわふわと旨そうな泡が集まる
自分のものにも注ぐと軽くグラスを当てて乾杯した
さっぱりとした小鉢から手を付け、順に主菜ののどくろ、蟹、牛肉に向かっていく
魚介類は鮮度が高く、歯応えがあった
向かいのアカギはサザエに苦戦している


「これどうやって食べるんだ」

「こうするのですよ」


爪楊枝で中を刺し、貝殻に沿ってくるりと器用に一周させる
端の黒い部分を避けて平らげる


「へえ」


アカギは何処か生きている世界が違う
おおよその人間が外の世界に使う時間を心に使ってきたのだろう
開け放った縁側から少々冷たい夜風が入ってくる
秋めいた庭を見ながら食事をすることのなんと贅沢なことか
最近はホテル暮らしが主で季節や植物に全く触れていなかったので、よりそれらに親しみを感じる
アルコールの酔いも手伝って体と心が緩まる
アカギはよく食べるので、机一杯の料理はあっという間に無くなった
このまま傍の風呂には入って眠れるとは、至福に他ならない
丁度良い時間に食器を下げに女中がやってきた
手にもった盆には徳利と手毬寿司が乗っている


「夜のお供にどうぞ」


気の効いたサービスに礼を言った




「水野さん」


アカギが風呂から上がると浴衣の水野が布団に転がっていた
夕飯で満腹になり、風呂に入ったので眠ってしまったのだろう
朝も早く、ついてすぐに徒歩で観光をしたので疲れさせてしまったか
肩を軽く叩くが起きない
以前ならば触れようとする前に起きるか、そもそも眠っている姿を見せないこともよくあったが、多少は気を許されているのだろうか
少し力を入れて揺り起こすとやっと目が開いた


「…眠っていましたか」

「寝てたよ」


両の腕を広げて差し出すのは、起こせの意思表示である
13の時に度々水野に起こしてもらったが、それが逆転している
腕を引くと胴は真っ直ぐ起き上がらずにアカギを中心としてごろんと横に逸れた


「往生際が悪いな」


両脇に手を入れて抱き上げるとやっと自立した
緩慢な動作で立ち上り、縁側に座ると袂から煙草を取り出した
仕舞いっぱなしで寝たためにセッターの箱はくしやくしゃになっていた
狐はたまにずぼらである
取っておいた盆を真ん中に置いて並ぶ
お猪口二つに透き通った日本酒を注いだ
熱燗はとっくに温くなっていた


「折角のお酒に申し訳ないことをしましたね」

「ぬるいのはぬるいのでいいさ」


水野は徳利を一気に煽り、喉を鳴らす
足元には庭を散歩するための備え付けの下駄がある


「さっとお風呂に入って頂くつもりだったんですけどねえ…」


手毬寿司のネタは有り難いことに精進料理のようなものが多く、時間が経過しても美味しく食べられるように工夫が凝らしてあった
茗荷や奈良漬、紫蘇に梅肉、それから鰹、鰻といった少しの魚
まずは茗荷から頂いた
隣はいきなり鰻に手を付けているので、実にアカギらしいと思う
空の月は何時にも増して輝いている
まだ夢心地が抜けずにぼーっとしてしまう


「随分疲れてるな」

「いえ、疲れてはいないのですが…夕食の時から気が緩んでしまって…」


肩を貸してくださいと珍しく水野が頼るものだから承諾すると、寿司と酒が無くなる頃にはまた眠ってしまっていた
腰に手を回して肩に担ぎ、布団に寝かせてやる
気持ち良さそうに眠っている


眠る前に博打でもやろうと思ったのだが、とんだ生殺しだ





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