古都…19(番外)





「ハネムーン、行くか」

「え」


また突拍子もなくアカギは朝、口にした
朝食を作って丁度ちゃぶ台に置いているところにこれである


「ハネムーンって新婚旅行のことですよね」

「そう」


いつ結婚しました、私達、とうっかり聞きそうになったが、じゃあついでに挙式もなぞと言われては堪ったのもではないので飲み込んだ


「何処がいい」

「どこ、と言われましても」


そもそもアカギがこんなことを言い出すのは決まって理由があるのだ
誰かに教えられただとか、道中になにがしかの目的があるなどの
同じ部屋で住まうようになってからアカギはたまに自分に何か一般的に女性が喜ぶようなことを働きかけてくる
自分がそれで喜ぶとはアカギも思っていないだろう
きっとその当たり外れすらも
アカギはギャンブル以外の自分の理念すら時に崩し、それを楽しむ
ある意味、狂気の沙汰だ


「新婚旅行は海外、なんでしょうか」

「オレがパスポート持ってないから無理だな」

「私も持ってません」

「なら京都は? あんたそういうとこ好きだろ」

「京都ですか…好きですよ」

「じゃ、そこにしよう。取りあえず新幹線の切符を取ろう、あとのことは車内で雑誌でも読みながら決めれば良い」


互いに知人は身の回りにおらず、アカギの代打ちの予定くらいしか決まった用事は入らないのだ
今日から行こうと言われてもなんら困らなかった


こうして、訳もわからないうちに行き当たりばったりの新婚旅行が始まった




荷物をまとめて、早速最寄りから東京駅へ出発する
東海道新幹線のきっぷを購入、新幹線へ乗り込んだ
新設されたばかりの新幹線は浮き立つ乗客で一杯だった
出発時の独特の感覚に水野も目を張る
するすると線路を滑る新幹線に不思議な心地がした
見たとことない速さで窓の外の風景が流れていく
駅で買った雑誌をアカギは開いていた


「ふーん、京都ってこんな感じなんだな。写真やテレビで見たことはあったんだが」

「京都なら伏見稲荷に行きたいですね」

「ここ?」

「そうです」


アカギの指差した頁には沢山の赤い鳥居の奉られた神社の写真があった


「狐は狐に引かれるって訳か」

「そんなんじゃありませんよ。ここの雰囲気は好きです。山が全て神域になっているので、一回りするのに時間がかかるのですよ。途中で迂回も出来るのですが」

「宿も取らなきゃな、あんたの知らないところがいいが」

「ここはどうです。名のある宿で一度訪れてみたいと思っていたのです」

「なるほどね。まあ、当日でも取れるだろ」

「どうでしょうね」

「そんなに人気なの」

「ええ。充分なおもてなしが出来るよう、元々そんなにお客を取らないのです」

「へえ」

「アカギさんは何処か行きたいところはありますか」

「そうだな…」


話し合っていると車内販売がやってきた
そういえば弁当を買うのを忘れていたことに気づく
販売の女性を呼び止めて、飲み物と弁当を二つずつ購入した
水野は秋の味覚弁当、アカギは唐揚げ弁当に手をつける


「すっかり忘れていましたよ」

「ああ」


頂きます、と手を合わせてから各々箸を入れる
紅葉型に切り抜かれた人参や筍など、色どり鮮やかな弁当に舌つづみを打った
アカギは腹に溜まるものを選んだようだった

出発して二時間ほどで名古屋駅のアナウンスが流れる


「早いですねえ。私の若い頃はこんな乗り物が出来るなんて思いもしませんでしたよ」

「昔はどうだったの」


外を眺める水野の焦点は思い出にあるように見えた
長い付き合いだが、昔話を一度も聞いたことがない
一瞬の静止


「そうですね…皆奮い立っていました。お国のために一生懸命でした」

「そう」

「私はこんなですから、ぷらぷらしていましたよ」

「小さい時分から客を取っていただろう」

「なぜ知っているんです」

「写真を見た」

「さいですか」

「あんたは弱い…でも強かだ」

「そうですよ」


食事が終わるとマッチを擦った
咥えたセッターに火を付け、煙草を取り出しているアカギにも火を渡す
吸い込む時に細めた瞳と煙が交じり合う


新幹線はあと30分で京都駅に到着する






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