誰も知らない…19(番外)




「どうぞ」

「いや」

「いいから」


がちゃりと扉が開けられて中へと促される
アカギの家に招かれることがあるとは、なんとも新鮮だ
いや、此処には一度来たことがある
久しぶりに再開し飲みに行くと、アカギにしては珍しく前後不覚になったのだ
そこで彼を家まで送った
飲みの席で同居人がいることは耳にしていた
玄関まで来て驚いたのだ、その同居人が女性であったことに。
その女性とは今どうなっているのか
もしかするとこの中にいるのではないか
アカギにそんな浮わついたイメージが無いので、入るのに妙に緊張した
恐る恐る入ると、廊下の突き当たりの居間に明かりが灯っている

やはり居るのだ、件の同居人が。


「タオル取ってくるから上がってて」


そうは言われても
濡れた状態で居間に上がるのも気が引けた
第一女性と二人きりになってしまう
うす暗い廊下でおろおろしている南郷にアカギが声をかける


「いいのに、律儀に待ってなくても」


タオルを渡して先に居間の戸を開けるアカギに着いていった


「おかえりなさい。あら、この前の」

「只今。あれ、知ってるの」

「何言ってんだ、酔っ払ったお前をここまで送っただろう、その時に会ったんだ。突然お邪魔してしまってすみません。アカギと飲んで帰っていたら雨に降られてしまって」

「まあ、大変でしたね。濡れてしまっていますね。お洋服、乾かしましょう」

「ありがとうございます」


笑顔でジャケットを受け取ってハンガーに掛ける彼女は人当たりが良さそうだった
思わず鼻の下が伸びる


「体も冷えたでしょう、コーヒーで大丈夫ですか?」

「ええ、すみません」

「オレは風呂入ってくるよ」

「アカギさん、普通はお客様が先じゃあないですか?」

「いいんですよ、お気になさらず」

「じゃ、狐にとって食われないようにね、南郷さん」


アカギはさっさと浴室へ行ってしまった
アカギと住んでいるようだから、どんな女性かと肝を冷やしたものだが存外普通の女性で良かったと南郷は思う
先ほどの狐とはなんのことだろうか


「どうぞ」


コーヒーがちゃぶ台に置かれる
向かい側に水野は腰かけた
屈んだ拍子に着物の襟もとからちらりと細いネックレスのチェーンが見えた


「ここにお客様がいらっしゃるとは思いませんで、大したものはありませんがゆっくりしていってくださいね」

「ありがとうございます」


言われてみれば確かにものが少ない
この居間にはちゃぶ台とゴミ箱くらいしかない
残りの部屋は見たところ、隣の寝室くらいだろうが、女性がここに住んでいて不便は無いのだろうか


「アカギのやつがご迷惑をお掛けしてませんか、あいつは博打以外のことはてんで興味がないですから」

「ふふ、まるで親御さんのようですね」

「ガキの時分からあいつのことを知っているんで、どうしてもそんな風にしか見れなくて…」

「そうですか」


水野は聞き上手で、話しているうちに気分の良くなった南郷は自分が数年前に多額の借金を背負うことになったこと、最後の大勝負の博打をしているところにアカギがやってきたことなど、昔のことをすっかり話してしまった
そうして話に夢中になっているうちにアカギが戻ってきた
ちゃぶ台を囲んで二人と均等な位置に腰かける


「何を話してたの」

「お前の13の時の話だよ」

「ああ」

「やんちゃしてたんですねえ」

「まあね」

「こいつがやくざのいる喫茶店に単身乗り込んで行った時なんかは冷や冷やしましたよ」

「うふふ」


南郷はアカギと水野が何故同じ家に住んでいるのかわからなかった
最初は水野が熱望してアカギが承諾した形だと思っていた
アカギが女性と同棲したがるとはとても考えられなかったからだ
しかし、様子を見ていると水野もアカギを特別好いているようには見えないというか、あまり関心があるように感じられなかった
それはアカギも同様で水野を特別気にかけている様子ではない
若い恋人同士というのはもっとこう相手を欲して止まないような熱烈なものではなかったか
見様によっては他人とルームシェアをしているようにも見えるのだ
二人にそもそもの共通項が見つからない
アカギと生活できる人間などいるのだろうか
水野はもしかすると一時だけの女か家政婦のような存在なのかもしれない


「南郷さん、お風呂入ってきなよ」

「いや、人様の家に来てそれは」

「いいって」


水野の顔色を伺うがにっこりと愛想良く笑顔を作って頷いた


「どうぞ」

「すみません」


好意に甘えて風呂を借りることにした
コーヒーを飲みきって立ち上がる


「南郷さん、一番近い人間ってのは他人と似たようなもんなんだぜ」


居間の扉を閉める時にアカギがそう呟いた
振り返るが既に興味がなくなったようにアカギは冷蔵庫へ向かっていたのでそれ以上話せなかった
疑問に思いながら脱衣所へ向かう
好いている人は気になってしまうに決まっているではないか
これは凡人の感性であってアカギのような天才には違った思想が流れているのだ、きっと
洋服を脱いでいる途中、洗面台に銀の指輪が置いてあることに南郷は気が付いた







「夏の恋人」終了後






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