ルサンチマンよ、お許しを…13(if)




居間へ続く扉を開けると見知らぬ光景が広がっていた
廊下が奥までずっと続いており、右手には日本庭園が広がっている
建物は障子が締め切られている
どこかの屋敷だ
音を立てないようそっと歩き出し、辺りを探索する
こういった場合は人と接触しない方が得策
それにしてもいつもの家にいたはずなのだが、自分がこんな怪奇現象に巻き込まれるとは思わなんだ
周囲に気を配っていた水野も突然開けられた襖には対応出来なかった
黒いスーツの屈強そうな男達が数人、水野と顔を合わせる


「誰だっ!」


咄嗟に逃げようと身を屈めた時、男の後ろから聞き慣れた声がした


「水野さん」


男達の中から白髪がちらりと表れて安心しかけたのも束の間、獰猛さを露にしている相貌を確認し本能的に直感した
あ、これ不味いやつだ、と。


「なんだ、アカギの連れか?」

「ええ、そんなところですよ」


アカギは13の時の制服姿だった
背は少し伸びている気がするが、再開した時ほどではない
アカギから向けられている感情は明らかに敵意に近い
となると、会わない五年ほどの間のアカギ。
軽井沢の別荘で出て行ったのが最後
水野との関係に整理のついていない赤木しげるではなかろうか
何にしろ今はここを出るために話を合わせるしかない


「この人には代打ちの迎えに来てもらったんだ、ね、そうでしょ」

「…ええ」

「じゃあ、そういうことで」


水野の手を引いて足早にアカギは屋敷を出た
途中男達は何か言おうとしていたが、静止を振り払って出てきた
街の明るさからここが都内だということがわかる


「…で、あんたどうしてここにいる?」


振り返ったアカギは鋭い目つきをしていた
やはり別れた時の感情に変化は無いようだ
好いてはいるが、心を乱して来る、煩わしくて憎らしい存在
水野をきっとそんな風に感じている
一つ何か間違えば殺されるだろう
しかし、アカギに嘘や取り繕いは通用しない


「気が付いたらここに居たんですよ」

「…どういうこと」

「あーた今いくつです?」

「15」


出て行って1年ほどが経過している


「私は昭和40年から来ました」

「未来の水野さん? ちっとも変わらねえな」


少しだけ顔が綻んだ
一心に憎まれている訳でも無さそうだ
ただ波風は立てない方が賢明である


「ここに来たことにも何か意味があるのかもしれませんね」


恐らく、貴方に関することで


「取りあえずどっか宿に入ろう、話はそれから」


本当はアカギと居るのは避けるべきであるが、一度決めたら曲げない性分だ
従うしかない
高度経済成長期に入ってからは数年で街並みが随分と変わるようになった
以前の風景が懐かしかった
時刻は深夜だが、ネオンが眩しい
心当たりのあるらしいアカギが先を行くので水野も付いていく
如何にも高級そうな、照明で照らされているホテルに到着した


「まだオレの年だと宿が取れないんだよな」

「苦労していそうですね。因みに私に持ち合わせはありませんよ」

「大丈夫」


アカギが一番でかい所が良いというので渋々スイートルームを取る
金持ちの突然の来客にホテルマンも驚いていた
水野がフロントでチェックインを済ませ、カーペットの上を歩き出した


室内の絨毯は一層分厚かった
中は柔らかい明かりに包まれている
玄関のドアが閉まった途端にアカギが水野の腕を強く引いた
ベットに引き倒されると至近距離で喉元に銃を押し当てられる


「あんたの未来にオレはいる?」


水野が未来から来たことをアカギはまだ疑っているから、こんな試すようなことをするのかもしれない
銃を向けられている切迫した状況でも、水野に危機感は無かった
ただ久しぶりにお目にかかるこの白子を愛しいと思った
20のアカギとはまた違った雰囲気、それに初めて出会ったのはこの制服を着た赤木しげるであるから愛着があった
勿論20のアカギもアカギとて水野は別種の好意を向けている


「それを知ってどうします」


水野の表情に動揺はない
幼いアカギを抱き締めたかった


「未来のオレに嫉妬する」


そうしてあんたをオレから奪ってやる
引金に指をかけるアカギは本気だった
さて、どうしものか


「そんな風に思うのなら、この時代で私を探したらいいじゃな…」


話している途中でアカギが水野の唇を塞ぐ


「なんなら今此処で奪うさ」


炯々とした捕食者の瞳
体重が15歳ともなると流石に重たい
抵抗をしているうちに両腕をまとめあげられ頭の上で押さえつけられる
アカギは帯締めを脱がすのに苦戦していた
器用であるから、普段ならなんてことはないのだろうが今はらしくもなく血が上っていた


「アカギさん、経験は?」

「この二年、博打にしか興味無かった」

「…っ痛いですよ」


それはよろしくない
いや、理由はなんであれよろしくない
抵抗をしていると腕を押さえつけるアカギの掌に痛いくらいの力が入る
仕方がないので、無防備な股間を蹴り上げた
怯んだ隙に体当たりをして、身動きが取れないようしがみついた
途端にアカギから力が抜ける
暫くの後、何かに躊躇しているようにも見える指先は水野の背に回った
アカギは二年でこんな愛情表現すら忘れてしまったか、それとも出来なくなってしまったのか


「水野さん」

「はい」

「あんたが憎いよ」


そのうちまたいなくなるんだ
呟いて、アカギは完全に脱力した
先に手を放したのはそちらであろうに
憎いのならあの時にいっそ殺してくれた方が良かった


「恨んでください」


あなたを私は人間に近づけてしまう
未来でまた連れ立っているのにそれをアカギに告げて安心させてやることもしない
つくづく自分は真摯さに欠け、狡猾だと思う
水野はふうと一息吐くと、アカギの額に唇を落とした
許しを乞うているようにも見えた


「口にして」


少年のアカギに自分からしたことは一度も無かった
あの時は未来のアカギの可能性を見ていた
ここで要望に応えることは、執着で縛り付けることに他ならない
あの時と違うのはアカギをもう逃がしてはやれそうにないことだ
水野の中にもとっくに執着の炎は灯っていた
従者が主人に目通りをしてから事を行うように、屈みこみ下から口付けをした
顔を放すと水野の視界が一瞬ぼやける
おや、と辺りを確認すると爪の先からさらさらと砂が落ちるように上に向かって自分の粒子が透けて流れている
アカギもそれに気が付いた


「な、やっぱりいなくなる」


アカギがふわりと目を細めた
意識が浮遊し始めているからもうこれで終わりらしい



少しは目的を果たせただろうか。








ルサンチマンを抱いているのはどちらか


「春の友人」と「夏の恋人」の間
作中では15歳ですがわかりやすく13でタイトルは付けています






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