夕日に墜つ…19(番外)




ホテルのルームサービスにも飽きたので、夕飯を食べに水野と出掛けた
暑さで食欲が出ないので蕎麦で済ませようかと店へ向かって歩いている途中だ
真夏からの折り返し、日の入りの時間は早くなりつつある
オレンジ色に染まったアスファルトを踏みしめると乾いた音がした
屋敷の庭を脇目に見ると油蝉がジイジイと鳴いている
アカギと水野は迷い無く逢魔が時を行く


「海を見に行きましょう」


水野が言い出すので、途中で沿岸に寄ることにした
徒歩で行けない距離ではない
左右の石塀を越えて垂れている笹が日を遮った
潮の匂いが近づいてくる
湿気を含んだ息苦しい風がむわっと吹きつける
止んだら止んだで暑いのがいじらしい
神々しい空には鰯雲がちりちりと浮かんでいた


「どうして海?」

「呼んでいるんですよ」


この狐は希によくわからないことを言う
林を抜けると西日が一気に照りつけた
日がちりちりと肌を焼くので、水野の手を取る
これの手は体温が低くシルクのようなのだ
岬に出ると海風が一層強くなった
水平線に落ちようとしている日が最後の力を振り絞って輝いている
水面から高さがあるので真下を見るには覗き込まなければならない
水野は一足早く先端にたどり着き、辺りを見回している
アカギも一面の海をなんともなしに見ていた
水野が下を見ようと屈みながら足を一歩前に出した時、下駄が砂の上をずるりと滑った
体重を前に乗せていたためバランスを崩し転倒する
事に気づいたアカギが一拍遅れて手を伸ばす
西日が瞳に差しこみ目映さに目を細めた
人指し指が少しあの白い手に一瞬掠める




掌は空を切った



ぐわりと頭から真っ逆さまに着物が翻る




「水野っ!!」




狐は袖をぱたぱたと振るわせ眩い光の中に墜落した
視界から一瞬消えた着物を追うため、崖のぎりぎりを見下ろす
振り返った顔が少し笑っていた気がした

着物がとぷんと海に飲み込まれた

水面に浮きあがること無く、水を吸った布地はあっという間に波間に消える
暫く見ていたが二度と浮いてこなかった
水野が飲み込まれた海を見つめながらアカギは思うのだ




長い休憩だったな










布団飛び起きた
全身が汗でぐっしょり濡れている
辺りを見渡すと薄暗いホテルのベットの上だった
そうだ、このホテルに泊まって寝たのだ
時計の針は丑三つ時を指している
隣のベットで仰向けに眠っている狐を見つけて一安心
現実味が未だに持てず歩み寄って、ベットに腰を下ろす
すうすうと寝息を立てている
手を取ると少し温かい
そうやって顔を眺めていると水野が目を覚ました


「…どうしました」

「ちょっと眠れなくてな」

「何か淹れましょうか」

「いや、いい」


昔からの習慣なのか、アカギが夜起きていると水野は何か淹れて持ってくる
本当は少し酒でも飲んで気持ち良く眠りに付きたかった
普段と違うアカギの空気に気がついたのが、水野はそっと手招きをした
アカギが側へ屈むと掛け布団を被せて、布団へ引き入れた
大人しく水野の好意に甘えるとする


「案外あんたのこと大切だったみたいだ」

「何です。藪から棒に」

「なんでも無い」


アカギは暫く逡巡した後、水野さん、水死願望とかある?と切り出したのだが、当人は能面の様に目を細めて曖昧に笑うだけだった









「夏の恋人」終了後






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