移り気モラトリアム…13(if)
いつもより少し遠出をした
家から一時間程の神社の紫陽花祭へ行くと水野が言うので気紛れにアカギもついていった
普段は閑散とした境内が祭事の時だけは人で賑わう
薄く冷たい紫陽花達は、境内に映え参拝者を惹き付けた
そんな花を愛でる水野の姿は、幾分か輪郭が朧気だった
アカギと水野が紫陽花の前に並び立つとどこか浮世離れして見えて人目を引いた
アカギが興味を持ったは、どちらかと言うと出店の方だった
本堂から離れたら場所にところ狭しと並ぶ出店達
彼が縁日にしかない食べ物、わたあめや、りんご飴を珍しそうに眺めていると、買ってみたらどうです、と水野が背中を押すのだった
初めて口に含むわたあめはふわふわとして水気を吸った瞬間に歯にくっついた
甘すぎて沢山は食べられない
りんご飴はぱりぱりとして、口の端を切る
どちらも得意な味では無かったが、自然と口に運んでしまう
気がつくと水野が姿を消していた
いずれ戻ってくるだろうと思って石段に座り、りんご飴を貪っていると、いつの間にかアカギの側へやってきていて、温かい紙の器を渡してくる
中を見ると大量の鰹節がゆらゆらと揺れていた
「たこ焼きです」
水野がアカギの隣へ、ハンカチを敷いて座る
竹串でアカギの手元にある丸く不安定なたこ焼きをぶつりと刺して頬張った
はふはふと熱を逃がして食べており、熱そうだ
続いてアカギも口をつける
彼女が一口で食べていたのでそれに習って一気に放り込む
歯を立てるとかりっとした表面が破けて中からマグマのようなとろとろの生地が溢れてくる
ソースと青のりの味が感じられない程に熱い
思わず涙目になった
水野に気づかれまいと口を押さえてそっぽを向く
なんとか飲み下した
「…旨いかどうかわからない」
ふふ、と水野が悪戯に笑うので今度は半分にし、よく冷まして食べる
しょっぱいソースと生地が絶妙だった
「からいね、でも旨い」
「それは良かったです。お好み焼もきっと気に入るでしょう」
「お好み焼?」
「豚肉やキャベツを入れた生地を鉄板で焼いてソースと青のりなどをかけたものです。今度家でやってみましょうか。」
「なるほどね」
食べ物を食べ終えて暫く、水野が立ち上がった
「そろそろ帰りましょうか」
アカギとしては他にもスマートボウルや射的など気になる店が沢山あったが、大人しく従うことにした
帰り道に事は起こった
神社を出て20分程歩いた住宅街で二人が家に向かって歩みを進める中、アカギの頭の天辺に雫が一つぶつかった
天を仰ぐと間もなく滝の様な雨が振りだしたのだ
雨などアカギにとっては気にするところでも無かったが、水野は違った
「わあ、降ってきましたね」
水野が走り出すので、アカギも駆け足になった
住宅地なので雨宿りをする軒下はなかなか見つからない
暫く走っていると水野のペースが落ちてきたのでアカギが手を引いてやる
狭い路地の間になんとか駆け込んだ
「…なんで走ったの」
あんた程の無頼が、雨なぞ気にはならないだろう
「…着物、濡れると、面倒なんです」
お互いに上がった息を整える
すっかり重くなった上着を水野が脱ぐと、肘がアカギの左腕に当たる
呼吸が荒く、いつもの撫で付けた髪がかんばせを撫でるように張りついている
首を伝う水滴が、色っぽい
普段隙を見せない水野なだけに、気になってしまう
目玉の裏に熱い血が通うような感覚だ
一見無愛想でさっぱりしているアカギも、水野には支配欲なのか、懸想なのかよくわからない激情を抱いており、一度頭に湧いてくると止めようが無かった
雑念を振り払うように雨脚を眺める
しとしとと天より落ちる雨
関東地方では数日前に梅雨入りをし、突発的に豪雨になることもしばしばある
「一向に止みませんね」
「そうですね」
目線の少し水野と目が合った
触れてみたくなって指先を摘まむ
親指で撫でると水野が瞬きをした
水気があって、冷たい
冷ややかなこの狐に水はよく似合う
海の中に沈めたらさぞ美しいだろう
いっそホルマリン漬けか、水槽ででも飼えればいいのだが
「寒いですか?」
「いや」
返事の割に体が少し縮こまっている
アカギは自分の体感温度なぞ気にしないので、決して本人に無理をしているつもりはない
袖から出したハンカチでアカギの顔を拭った
水野の掌の体温は不思議と心地よい
…やっぱりさっきの無し
時系列が合わなくて没にした連載のネタ
春に別荘に行く前に梅雨が来ていたら。