ドッペルゲンゲル…13(番外)













雑穀屋が小豆あずきの屑を盆の上で捜すように、影を揺ってごらんなさい。そしてそれをじーっと視凝みつめていると、そのうちに自分の姿がだんだん見えて来るのです。そうです、それは「気配」の域を越えて「見えるもの」の領分へ入って来るのです。……






「浜辺の月がこんなに明るいとは思わなかったよ」

「回りが明るいとわからないんです…暗さがより月を明るくする」

「あんたは色々教えてくれるな」

「貴方からも学んでいますよ」



辺りは漆黒に包まれ、視認できるのは月とその光を斑に写す波だけだ
波は純度の高い明かりをきらきらと照り返している

白い砂浜に立ち、月を見ていた
別荘から30分ほど離れた場所にこの海岸はある
水野が波打ち際へ足を進め、水で固まった土を踏みしめる
波はすぐそこまで来ている
煙草を取り出し、俯いて空いた手を風避けにし火を着ける
大きく吐き出した煙が風に乗って後ろのアカギのところまで吹いてくる
アカギが歩み寄って隣に並ぶと足元の砂が波に拐われた
裸足になって、靴はその辺に放る
水野も下駄をそっと避けていた



「こうして自分の影を見ているとその影が勝手に動くんです」

「本当?」

「ええ、蛍光灯なんかの明かりではこうはならない。月明かりが一番良い」



打ち寄せる波の反射で、足から延びる影が揺らめいたり消えたりしている
そうしてじっと見ていると独りでにその影が動き出すのだという
水野は時々こういった幻想的な話をしてみせる
アカギにしてみれば不思議で興味深い話だった
回りの大人は現実主義者しかいないからだ
水野には他の人間に見えないものが見えているのかもしれない



「…煙草、頂戴」



水野の話を聞いていると煙草を貰いたくなる
珍しく渋らずに渡して来たので大きく吸い込んだ
向かい風に煽られた煙が滲みて目をしばたたかせる
狐の世界で飲む煙草は旨い
海風が髪をとかす
暗い海の底はどこに繋がっているのだろう
この孤独の土地で隣にいる狐を捕まえておきたかった
目を離せば海へと歩みを進め、その頭はとっぷりと波に消えそうなのだ
視界の端にゆらゆらしたものを捉えて、視線を下に落とすと自分の影が水野の手を取っていた
アカギもそれに従って水野と手を繋ぐ
つるつるした細い指はアカギの指を絡め取る
思わず隣に目をやるが、何関せずの態度だ
気づけば火種がフィルターぎりぎりまで来ている
水野に煙草を戻すと携帯灰皿で押し潰した



「ねえ、抱きついていい?」



そう言いながらすぐに捕まえている手を引いて脇に腕を滑り込ませる
ふわりと香の香りがした



「…聞きながら抱きつかれたら意味が無いじゃあないですか」

「聞いても断るじゃない」



やれやれと言った様子で背中に腕が回される
本当は水野もアカギに触れたいのだ
しかし自分からは絶対に触れない
こんな体勢になってしまってからは大体意地を張るのを止める
今もそっと首に顔を埋めて目を閉じた
波の音とアカギの熱、上下する胸の振動だけが感じられる


このまま二人、月まで昇って行くことが出来れば良いのに









「春の友人」の別荘より

あの別荘にはモデルがあるのですが、今年の夏そこへ行った記念に。
夜の浜辺で煙草を吸う幸福
Kの昇天は愛読書です。












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