11-5





信じたものを自分の手で壊してしまった
やるせなかった、切なかった
米神にぐっと力が入る、胸が痛い、目頭が熱い
痛い、痛い
足は勝手に前に進んだ
何振り構わず走った
ぽうと幾重にも灯る明りの中を駆ける
着物は乱れ、下駄は途中でどこかに行った
人影、眩しいネオン、車の排気、何もかもから逃れたくて、暗い路地に入る
突然後ろから強い力で襟を引っ張られ壁に打ち付けられた
逃げられないように壁に手を付き、退路を断たれる
反射で刃物を相手の喉元に構えた
アカギだ
アカギは水野を追いかけてきていたのだ
それにすら気が付かなかったほどに動揺していた
荒い呼吸をしながら殺気の籠った眼で見つめ合う


「何を考えてる」

「死のう、と思っています」


水野がドスの刃を器用に自分の喉に向けるので、アカギが柄を押さえ制す
鍔が無いので、柄と刃ぎりぎりのところを掴んだ


「自棄になるな」

「なっていません!」

「何を勘違いしている」

「自分を信じています」


この間もドスに力は籠り続けている
アカギの指に刃が埋まり、そこから赤い粒が滴る
刃を鮮血が伝い水野の着物に染みを作った
手を離せば水野の首を刃が傷付ける


「そんなに死にたいのなら、俺が殺してやる」


アカギの眼光が一段と鋭くなる、躊躇いはない
刃物を渡せば迷わず首を刎ねるだろう
水野の生死が今のアカギに関係無いとすると、本当に最初からアカギは賭けの内容を違う意味に受け取っていたようだ


「あんたと俺は命を賭けて勝負をした。だったらその命、どうしようと俺の勝手、違うか?」


確かに命を賭けるとは言ったが、負けたら死ぬとは言っていない
賭けで手に入れた金を好きに使うのと同じように、アカギは水野の命を扱おうとしている
そして勝負の内容が約束された段階で、アカギはどうそれを扱うか決めていた
水野の命、それに繋がる身体、魂が今やアカギのものだ



「俺はあんたの技を結局全て見抜けたわけじゃない。そういう意味では納得していない」

「…」

「ただ口約では点棒を相手から全て毟った方が勝ちの勝負だ、だから俺の勝ち。俺の命だ、勝手に殺すな」


勝者であるアカギに生きろと言われてしまった以上、刀を下すしかなかった
柄を握った手から力が抜ける
それでも納得がいかなかった
アカギがもし水野以外との勝負で命を賭けると約束したなら、死に行く敗者を引き止めはしなかっただろう
やはり自分だからアカギの態度が違うという考えが拭えない
それは博徒の水野にとって最大の屈辱だ
喉が渇いている
惨めだった


「水野もよ子、お前はもう髪の一本まで俺のものだ。自分で死のうなんてのは許さない」

「…一つ、聞きたいことがあります」

「何」

「私は自分の命を博打で張ろうって時、あーたが張り付いて揺らいだことがあります。そういうこと、ありますか」

「愚問だな、俺は自分の命と一緒にあんたのことも賭けてるよ、どんな勝負でもな」


アカギの思考は鈍らない
水野はとっくにアカギの一部分になっていた
水野を懸想する気持ちもアカギの一部、それすらも躊躇い無く運命に乗せることがアカギにはできる
賭博に対する思考が変わった訳ではなかったのだ
水野という要素がアカギの賭けるものに加わっただけで
水野は異物では無くて、アカギという純物質の構成要素になったのだ

腕を賭ける時も水野を賭ける時も、アカギ自身を賭けることに相違無いという思考
それならば余計なノイズは入らない
今まで通りの赤木しげるの考え方だ
水野の肩の力が抜ける
アカギの根本はやはり変わらない
自分がどれだけ干渉しようと絶対に
当初水野が死のうとしていた理由が、無くなった


「…良かった」

「やはり何か勘違いをしていたらしい」

「貴方のことはこの先もずっとわからないでしょうね」


アカギの血濡れた手が頬に触れる
この大きな手が好きだ
すぐにでもこれに首を絞められて死ぬことが出来たらどれだけ幸せか
今はそれも叶わない
博徒のプライドを完膚なきまでに引き裂かれた
これが赤木しげるに敗北をするということ
他の雀士同様、再起不能になってしまいそうだ
アカギと生きる幸福とプライドを傷付けられてなお明日を生きなければならない絶望の両方を抱くように、アカギを抱き締めた
本当に全く全部アカギに持っていかれてしまった
生きる理由も死にたい理由もアカギのものだ


胸に顔を埋める水野の喉が鳴った
アカギが水野の顔を自分の方へ向かせると、冷たい雫が一筋頬を伝った
一度流れると次々と溢れてくる
水野の心だ
目許に舌を這わせて舐め取った
真水のように味は無い



「やっと捕まえた」


アカギが水野を捕まえたことは、同時に水野がアカギを捕まえたことでもある
それをアカギはよくわかっていた

涙と血が綯交ぜになった雫が暗い路上、二人の足元にぽたりと落ちた










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