10-6




早朝、玄関の扉が開く音がした
水野がゆっくりと暗い廊下を歩き、居間に入る
その足取りは覇気が無く、勝者のそれではない
部屋の距離感は大体理解しているので、電気を付けなくても自由に歩き回れる
今日はさっさと寝てしまいたかった
寝所に入り、羽織りと着物を脱ぎ捨てようと手をかけると、暗闇の中で赤く燃える火種が見えた


「おかえり」


気づけば、窓も開け放してある
目が慣れてくると、布団の上に座って煙草を吸っているアカギを見つけた


「起きていたのですか」

「ああ」


帯や着物を解いて、その辺に置くとそのまま布団に近づく
疲れていてとても風呂に入る気にはなれなかった
隣に腰かけると同じように煙草に火を着けて一息つく


「化粧だけでも落としてきたら」


言われるだけでそうしようという気になるのだから不思議なものだ
体は鉛の様だが、煙草が吸い終わったら風呂に入ろう
今まで沢山の人間に地獄を見せてきたが、今回は辛かった
市川はもう闇の中には戻ってこない
瞼の裏がぐずぐずするが涙は出なかった
とっくに枯れている

水野を一番不安定にしたのは、何よりも隣にいる赤木しげるだった
市川との勝負で大きく出ようという時、アカギの存在が水野に一抹の不安を与えた
負けたらどうなるという未来が勘を鈍らせる
それが自分に起こっていることならばまだ良い
…しかし、アカギ自身にも同じことが生じたら。
赤木しげるという純物質を自分が濁していたとすると。
そう思うと堪らなくやるせなかった
アカギの魂は自分ほど脆くないことはよく知っている
だが、本当に微量でもアカギの判断を鈍らせることがあるのなら、自分はいない方が良い

水野の気配が今夜は特に弱かった
消えてしまいそうだ
それでもアカギに縋ろうとは絶対にしない
その気丈さが美しい


「アカギさん、今度麻雀、やりましょうか」

「どういう風の吹回しだ」

「私の中で一つ区切りが着いたのです」

「そう」

「幽遠寺さんに頼んでおきましたから何時でも心置きなく出来ますよ」

「わかった。やるからには何か賭けなけりゃ本気になれないだろ、何にする」

「自分の命はどうです」


なんでもないように言った
水野の調子は疲れてはいたが、冗談を言っているものでは無い
アカギに勝ってしまったら、自分も死のう
アカギに負けたら、やはり約束通りに死ぬ
疲労困憊とはいえ軽率だったかとも水野は考えた
アカギと自分は全く違う論理で生きている
相手の存在をこの悪魔がどういう風に解釈しているか、知る術は無い
それを自分に当てはめて勝手に消えようとしていることのなんと滑稽なことか
しかし、博打は不合理なくらいが丁度良い


「…いいだろう」


取り決めをすると水野は立ち上り風呂へ向かっていった






[101/147]



戻る


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -