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「…」



通った
今まで流れが最悪だった水野がこの局でテンパイまで持ってくることは市川の想定外だった
次順の市川のツモ、上がれず
リーチをかけた手前切るしかない
市川額を冷や汗が伝う
老いた手が牌を卓に打つとすかさず水野が声を上げた


「ロン」


ここから水野の快進撃が始まった
元々目の見えない市川がサマに関しては特に一流の水野の技を全て見抜ける筈がなかった
視界が効くだけで同じ技でも精度はぐっと上がる
無論サマを使われていることは市川にもわかった
しかし、それがどんなものなのかまでは、頼りが記憶と音のみの市川に特定出来なかった
痕跡の残らないサマは現場を押さえるしかないが盲人には難しい
市川の弱みに付け込んで水野は悪魔の様に攻めた
勝負とはそういうものだ
もうあの頃の少女の面影は無かった
水野はとっくに市川の手を離れていた
己が育てた子供が強い大人になったことに、敵ながら市川は感嘆する


運命のいたずらか、雌雄を決したのは、市川が教えたすり替え技だった


周囲から様々な声が飛び交う
怒号や感嘆、話し合う声、ひそひそ話
川田の若頭と幽遠寺がその中で話している
二つの組の約束は表面上は穏やかに進んでいる
水野にとってそんなことはどうでもよかった
歓声の中で卓の前に正座をしたままじっと座っていた
向かいの市川もそうしている
少なくとも水野の方には寂寥があった
でも、それもここに置いていこう
勝負には勝った、しかし自分が麻雀で市川より優れているとは思わない

意を決して卓を後にする
市川のこともあったが、水野にはもう一つこの勝負で気が付いてしまったある不安があった






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