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打牌の音

市川の牌を扱う手は美しい

研ぎ澄まされた空気が好きで、市川が家で一人麻雀と向き合う姿を昔はいつまでも側で見ていられた
やはり目の前にすると迫力があった
衰えを感じさせない闘牌に、相変わらず健在だと感心する
自分の手配を確認する
お世辞にも良いとは言えない手
ツモも悪い

とある料亭での川田組の代打ち市川と幽遠寺の水野とのサシ馬勝負
ここまでは市川の優勢
彼の守りは鉄壁で、付け入る隙がなかなか無い
やはり無理にでも隙をこじ開けなければ勝機はなかった
そう、法外なことをしてでもこじ開けなければならない

市川に教わったことは何もかも通用しない
一人で作り上げて来たことをぶつけなければ

市川の記憶力と照らし合わせて、足が残らないものを入念に、そっと仕込む
ガンパイ、積み込みの辺りはタイミングを間違えなければ有用だろう
他のすり替えや抜きは音に細心の注意を払わねばならない
河拾いは一切禁止

相手もこちらの戦法は熟知している
少しでも現場を押さえられたら、即終了
冷静に時に大きく、流れを動かさねばなるまい
ここで間違えれば二度とあれには会えないだろう


会えないのか


一度頭を過った考えはと己を投じる意識を鈍くする


「ロン。メンタンピン三色」


早速市川に大きな痛手を負わされてしまう
未来を見てしまった、賭博の真髄に一番遠いものを
一度心に現れた染みはなかなか拭うことが出来ない
自分の身をその場の熱に委ねることが恐ろしくなった
手が無意識に緊張をする
市川は水野の動揺を悟り、猛烈な速さで攻めてくる
リーチをかけられると自分の手牌が全て危険牌に見えた


「お前は何と戦っている」


そうだ、今は市川と戦っている

一度目を閉じて眉間に指をそっと沿える
そもそも市川を倒せないで、アカギと並ぶことなど出来ようか
私の中にあるものをまっさらにして初めて本当の自分であれと向き合える
他の不安は勝ったらまた考えればいい
今は何よりも市川
負ければ、唯死ぬだけ
アカギも言ったではないか、共にあるのは死ぬまでと
共に生きようとは言わなかった、さっぱりした関係だ、何も惜しくない、後悔はない
会えなくとも、ここにある、それだけで良い
今まで通り私らしく打てばいい


勝つ為に市川を地獄に追いやることにも喜んで手を染めよう






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