10-1





あの大掛かりな賭場から数週間後


「お久しぶりです」

「どのツラ下げて来やがった」

「うふふ、相変わらず冷たいお人…」


市川の住まう平屋に水野はひょろりと音もなく現れた
年期の入った木造は、所々軋むので誰かが通れば直ぐにわかるというのに

水野はちゃぶ台に座る市川の向かいで足を折ろうとしたが、その前に思い立って引き返した


「お茶、貰いますね」

「勝手にしろ」


市川の前では普段よりも図々しく、ずけずけと、それが水野の付き合い方だ
慣れたようすで湯を沸かし、茶を足した急須を持ってくる
市川の湯飲みはちゃぶ台に出ていたが、空だったのでついでに注いだ


「何の用だ」

「いえ、何かあるという訳じゃあないんです。市川さんのお顔が見たくて」


愛想よく笑って見せるが、用がなければ水野が来ないことくらい市川はよく知っている
そんなに人好きな人間じゃない


「……」


そういうと水野はそれっきり黙ってしまった
市川を前にじっと何か思い悩んでいる、そんな様子だ
人を化かす狐が、珍しい


「どうした、水野よ」


市川の声には魔力がある
心を解き明かしてしまう魔力が。


水野は顔を歪めて俯いた
言葉を探していた
市川もそれを待っている

外で鳴く一匹の蝉も虫の息
もうすぐ夏が終わる
一等明るい空が、この光を遮る部屋を対比的に暗くしていた


「…貴方は、どういうつもりで私を拾ったんです」


市川との一騎討ちが、水野の中ではずっと繰り返されていた
麻雀で食っていく方法を教えたのも、サマを教えたのも市川
水野の麻雀の基盤は彼によって作られていた

発端は、水野がとあるやくざの若頭を「旦那様」としていた時。
まだ川田組に所属していなかった市川も偶然その組を出入りしていた
同じ屋敷にいても言葉を交わしたことは無かった
何ヵ月か経って、若頭から捨てられようとしていた幼い水野を、見かねた市川が突然引き取ったのだ

それから二年間、市川の元で水野は生活をした
自分で麻雀という生きる術を見つけ、床に頭を擦り付けて市川に教授を頼んだ
市川への憧れもきっとあった
独立が出来るようになると水野は市川の手を離れ、幽遠寺組に籍を置いた
未練はあったが、人に縋っていられるほどこの世界は甘くない

そうしてこの平屋を出て暫くして、水野の薬指は飛んだ

市川は薬指と一緒に水野の大きな部分を持っていってしまった
いくら身が離れていても市川からの独立は本当の意味で出来ていなかった


「…今更話すことなんざ、何もねえよ」

「…そうですね」


済んだことをこねくりまわしても仕方あるまい
水野が体験した以上のことは何も無い
市川の口からそれだけ聞ければ十分だった

…意は決した

博徒は賭博でしか本当の思いを語る術を持たない




川田と幽遠寺の縄張り争い
市川と水野は三日後に相見えることが決まっていた







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