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「こちらのブラックジャックの卓ではお客様同士でサシ勝負をして頂きます。相手とお客様に最初に五個ずつお配りします計十個のチップを奪い合い、先に相手から全てのチップを取った方が勝ちとなります。チップは一枚50万の値が付いております。負け分の金額をゲーム後カードで支払っていただきます。敗者は途中で降りることも可能ですが、チップの差額分料金を相手に支払って頂きます。ルールは一般的なブラックジャックと同じです、ルールの方もご説明しますか?」
「いえ、大丈夫です」
水野は卓について対戦相手がやってくるのを待っていた
向かい側に座ったのは、なんとも品の無い気の抜けた顔をした男だった
「お姉さん、掛け金の他に俺が勝ったらちょっと飲むのに付き合って欲しいんだけど、どうかな?」
提案をディーラーが聞いている時点で受けなければならないルールだ
なるほど、儲けは二の次で軟派目的の輩も沢山いるらしい
まさか年増の自分が目的にされるとは思いもしなかった
「いいですよ。でしたら掛け金を十倍に増やしましょう。」
男の顔が驚きに歪んだ
ディーラーがカードを配り始める
ブラックジャックは運は勿論、心理が大きくゲームを左右する
最初に水野に飲まれた時点で男は負けたも同然だった
たったチップ三枚で男は逃げ出してしまった
水野の勝ちは300万
その後も似たような男が間髪開けずにやってくるので、誰これ構わず毟りまくった
やはりこのくらいの規模では、相手もそれなりで退屈だ
もっと液晶に映るような大きな賭場に出なくては強者はいないようだ。
席を立つとディーラーが水野に話しかける
「各フロアの隅に設置されています機械にカードを通しますと、儲けからここで飲食などに使った金額が差し引かれた数が表示されますので、宜しければご利用くださいませ。
お客様お飲みものは飲まれないのですか?」
一時間くらいはゲームに明け暮れていただろうか
熱い賭博に興じれば喉も乾く
水野は曖昧な笑顔を浮かべてみせた
ディーラーはその表情で察したのか、水野の耳にそっと顔を寄せて小声で、アルコールと薬以外は大丈夫ですよと言った
気の利くディーラーにチップを渡して、水野はその場を後にした
此処には変則のルールが沢山存在する
チーム戦交代制になっているもの、指定時間に会場に集まって閉鎖的な空間でやるもの、特殊な道具を使ったもの
共通点は多くのお客を回すためにどのゲームも比較的短時間で終わるルールになっていることだ
アカギはその中でも勝ち抜きの四人麻雀に参加していた
ここの麻雀はどこも東風戦限定で勝負はすぐについてしまうが、一番大規模なこの場所だけは半荘で流れのあるゲームができる
既に10人切りは軽々と済ませて、最早アカギに挑むために参加した者ばかりになっていた
聴衆も沢山集まっている
「アカギさん」
東場が終わって一段落すると後ろから聞き覚えのある声がした
スリットの付いた鮮やかなワインレッドのドレスを身に纏い、編み込みを交えながら緩く巻いて上で黒髪はまとめ上げられている
肌を隠すように肩にかけられたショールと手袋の禁欲的な印象とは裏腹に時々見え隠れする二の腕が色めいていた
首のチョーカーが白い肌に食い込んで独占欲を煽る
アカギは水野のドレスに違和感を覚えた
アカギの認識では水野はいずれ捕食しようという異形の類か安らぎを感じるような存在であって、女ではないからだ
普段着も体を覆い隠しているので、水野に女性らしさを見出したことはあまりなかった
あれが纏う妖気に中てられて惹かれたのだ
肌をさらしているとまるで普通の無防備な女ではないか。
水野はドレスよりもスーツの方がしっくり来そうな気もする
やはり一番は着物だと思う
「遅かったね、あんたも次入りなよ」
「いいえ、見ていますよ」
「なんだ」
「髪型、男前になりましたね」
「その辺通りかかったオカマに直された」
「なんですかそれは、ふふ」
液晶では気が付かなかったがアカギも片側の前髪をワックスで適度に上げられいた
いつもよりも上品だが、それが扇情的だ
孤高の雀士が親しそうに話しかける女性ということで周りから視線が集まった
南場が二局終わるくらいの頃にはまたどこかに水野は姿を消してしまった