企画 | ナノ


「”青花候”!!あぁ、その名を聞くだけで狂おしい!!この記念館にあの絵を飾ることが出来たならと、何度夢に見たことか!」

「は、はぁ……」


豪奢な画廊の中でくるくると身を捩り、悶絶する男を前に、昼行灯は半歩たじろぐのをグッと堪えた。
蓄えられた立派な口髭に、たゆんと揺れる腹の贅肉。絵に描いたような小金持ちと比喩するに相応しいこの男は、件の肖像画の収集を命じた依頼人だった。

男は名を、タマオカという。タマオカはクロガネ各地に店を構える豚カツ店”豚は真珠亭”――通称・豚亭をチェーン運営する外食産業会社、タマオカグループの代表取締役社長である。

豚カツチェーンと言えば、の代表ともいえる豚亭の社長。持ち帰りの弁当の箱に似顔絵が描いてある人と認識している者が多いが、タマオカは熱狂的なコウヤマ・フミノリフリークスの一人としても有名であった。
私財を叩いてコウヤマ・フミノリの記念館をおっ建てた程、と言えば誰もが呆れ顔で頷くことだろう。

営業不振で店を畳んでも、社員の首を切っても、此処の運営費はびた一文たりとて削らなかった程度の狂信者(ファン)であれば、”青花候”も狙っていたのではと思ったが、予想は凡そ的中していた。


「落札出来なかったのではないのだよ、君。私はあの絵を手に入れる為に新事業展開資金すら使う覚悟だったのだからね」

「だった、と言いますと」

「盗まれたのだよ。落札直後に、ね」


タマオカ曰く、”青花候”は確かにUBAにあり、それを落札したのは自身だという。
しかし、落札直後。次の商品がステージに運び出されるその間に”青花候”は何者かに盗まれてしまった、とのことだ。


(”青花候”がウタフジ・セイショウの物であることは明らか……。であれば、素直に「買った」などと言わないだろう。しかも相手が、”青花候”について調べているとなれば尚更)


恐らく、というかほぼ間違いなく、コウヤマ・フミノリ記念館にある絵はタマオカが所有する絵の一部に過ぎない。非合法なルートで手に入れた、表に出せない作品が必ず手元にある筈だ。”青花候”も、其処に眠っている可能性がある。


「是非アマガハラ社長にもご覧いただきたいものだ。本物の”青花候”の美しさたるや!コウヤマ先生の絵と言えば鮮やかな色使いと重厚感のあるタッチだが、あの絵は透き通るような青の濃淡に合せた繊細な」

「そ、そうですね。いや本当に……コウヤマ・フミノリ画伯の絵の凄まじさたるや。あの姉様をこうも突き動かすとは」


馬鹿正直に、ウタフジ・セイショウの依頼で”青花候”を探していると言って通される訳もなく。今回昼行灯が動いているのは、”ネモフィラヶ丘”を読んで甚く感銘を受けたヒナミが、どうしても本物の”青花候”を見たいと駄々を捏ねた為、ということになった。

かのアマテラス・カンパニー総帥の要請となれば、それに応じざるを得ない。お陰で一企業の社長相手に、即日アポイントメントを手にすることも出来た訳だ。

素直に頼って良かったと思う反面、大き過ぎる借りを作ってしまったという気持ちになる。


ヒナミは「姉弟が助け合うのは至極当然のこと」と言ったが、至極当然の姉と弟でいられた時など自分達には一度たりとて無い。だからこそ彼女はそうしたいのだろうが、昼行灯には未だ違和感と抵抗感がある。

完全無欠。正し過ぎる程に正しい人。異形となった自分よりもずっと化け物に近いあの人と姉弟でいることなど、出来るのだろうか。

そう考えるのは彼女に対する忌避感や嫌悪感からではなく、長年抱き続けた苦手意識のせいだ――と言える程度になったが。

今頃、久し振りに弟に頼られたと嬉しそうに吹聴しているだろうヒナミのことを思いながら、昼行灯は溜め息を苦笑に混ぜ込んだ。


「あぁ、本当に口惜しい……!あと一歩というところでコウヤマ先生の絵が奪われるなんて……」

「犯人にお心当たりは?」

「正直なところ多過ぎる。あの日、オークションに参加していた者全てが容疑者と言っても過言ではないし、賊が入り込んだ可能性も否めない。その上、探し出そうにも場所が場所だ。警察は頼れないし、事を大っぴらにすることも出来ないでしょうと支配人にあしらわれ、泣き寝入りだ」

「……成る程」


UBAに出品されたコウヤマ・フミノリの絵が盗まれた、となればウライチでも騒ぎになるだろうと思ったが、”青花候”が元々盗品であり、オークションに参加していたのがタマオカ始め、表社会で生きる立場ある者達であれば、秘匿される他無いだろう。

タマオカ達は、盗品と知りながら”青花候”を買おうとしたことが知られてはならない。
だから、落札された絵を盗まれるという不始末をしでかしたUBAもお咎め無しという形で放免されている、ということらしい。

これが事実なら、バンクも上手いことやるものだ。此方も危うくしてやられるところだったと、昼行灯は心の中で舌打ちした。


彼が”青花候”の買い手の情報とヨリコの髪を交換しようと交渉を持ち掛けてきた以上、絵は買われたものであることは確定付けられた。バンクは、取引に虚偽を持ち込めばどうなるか分からない男ではないからだ。

タマオカの発言からするに、確かに”青花候”は買われたものではある。だが、落札直後に盗まれたというのが真実であるのなら、それを踏まえた上でバンクは交渉に出たということになる。

此方が求めたのは、”青花候”の買い手の開示。絵を盗んだ者、ではない。交渉に応じ、タマオカを尋ね、絵が盗まれていたものと告げられたとして、取引が不当であったとバンクを責めることは出来ない。

彼は聞かれたことに対し、そのまま答えた。そしてその情報に自分達は対価を支払った。取引自体は間違いなく、正当だ。

まんまと交換に応じていたのなら、”青花候”が盗まれた時のことを聞き出す為に更なる対価を支払うことになっていただろう。
其処まで織り込み付きで、バンクは取引を持ち掛けてきた。とんだ狸野郎だと昼行灯は蝋燭の火を僅かに燻らせた。


「もし”青花候”を見付け出せたなら、是非知らせてくれ!あぁ、いや、ね。やはり盗品であるからには、持ち主のもとに返さなければと思うのだよ。あの時は、コウヤマ先生の絵が欲しいという気持ちで動いていたけれど、今になって思うのだ。絵は、持つべき人のところにあるのが一番だと、ね」


此処にも狸がもう一人――いや、豚だったかと、昼行灯は喉元で嘆息を押し留めた。

タマオカが”青花候”を所持しているにせよ、いないにせよ、どの口で言うのかという話だ。
言ってしまえばたかが絵の為に裏社会にまで踏み込んで来ているだけのことはあると、昼行灯は記念館を出た。

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