妖精殺し | ナノ



一人また一人と死んでいく。自慢の翅を掴まれて、毟られて、断末魔の声を上げることさえ出来ぬままに死んでいく。

今ではそれがいっそ羨ましいと、それはサファイアのような眼から大粒の涙を零した。


逃げて、逃げて、翅が千切れてしまいそうなくらい無我夢中で飛び回った。途中で捕えられた仲間に背を向け、とにかく必死で逃げた。逃げて、しまった。

嗚呼、こんな想いをするくらいなら、早々に諦めて死んでしまった方がマシだったのに。


ゴミ袋の山に身を預けながら、それは遠い空を見上げる。


いつの間にか、陽が落ちていた。あれが昇ったばかりの頃は、仲間達とツツジの朝露を飲みながら、日光浴をしていたのに。

あの男。あの男が、全て滅茶苦茶にした。そうだ、全てはあの男が悪いのだ。人間のくせに、あいつ、あいつ、あいつ!!


ギリリと歯を噛み締めながらも、それは仲間の敵討ちより、如何にして彼から逃げ切るかを考えていた。


あれは、自分では決して勝てない。立ち向かったところで仲間達と同じ末路を迎えるだけ。そう本能に刻み込まれているのだろう。

どうにかして体を癒して、男から逃げる為の力を補わなければ、捕えられるのは時間の問題だ。近くに霊木でもあれば力を得られるが、この辺りの木と来たら、人間の手が加えられ過ぎていて滓程の力しかない。

後は――そう、人間。力を持った人間がいれば、それを吸い上げてやるのに。


そう思い浮かべた傍から、それは首を横に振った。

力を持った人間を探す時間があるなら、その間に街路樹の微かな力を端から吸っていくか、重たい体を引き摺ってても逃げる方が可能性がある。
これだけ数を増やしていながら、いや、数が増え過ぎたせいなのか。人間が持つ力は薄まり、今や街路樹にも劣るところまで落ちている。

それでも時たま、あの男のような不世出の怪物が生まれてくるが――と、思い返して肌が粟立った瞬間。それは奇跡を眼にした。


分厚い雲から零れ落ちて来た、最初の雨粒を口にするような。ある星が流れる瞬間を、世界で一番最初に目にするような。天から授けられたとしか言い様のない、そんな奇跡を。


「見付けた、ゾ」






くにちゃんの彼氏の愚痴を聞く会は、くにちゃんに可愛いスタンプを勧める会になり、更に紆余曲折を経て、最終的に何故人はすぐ刺身や肉を炙るのか議論する会に至ったところでお開きとなった。

会話というのは女子高生が数人集まれば止め処なく続けられるものだ。どっぷり更けた夜を肌で感じながら、CDショップに立ち寄るという麻結と別れた春智は、自分も何か買い物していこうと駅前通りを歩いていた。


確か今日は、買い集めている漫画の最新刊の発売日だ。それと、ファッション誌を買って、ついでに母親が好きなアイドルが表紙を飾っていたテレビ誌も手土産として購入しておこう。また遅くまで出歩いて、と口を酸っぱくされるより早く差し出せば、多少の門限オーバーも許される筈だ。

春智は、この近辺で一番大きな本屋を目指し、人の流れに沿って足を進めた。


――ファミレスにいる間、何度か外を眺めて見たが、其処には見慣れた景色があるだけだった。

もう一度見れたとして、それで終いだとは分かっているのに。彼が何者であるか、何の為に妖精を追っているのか、その疑問が解消されるとも決まっていないのに。それでも、もう一度。もう一度だけ、彼に会いたいと願ってしまうのは、捨てきれない希望が其処にあるからに他ならなかった。


(お願い、分かって春智。其処には何もいない。何もいないのよ)

(春智ちゃんのウソつき。何もいないじゃん)

(春智、みんなを困らせるのはやめなさい。もう、何かいるなんて言うのは止めるんだ、いいな)


誰とも理解しあえなかった。

其処に、動物図鑑にも載っていない不可思議な生物がいることを。その容貌を、挙動を、小さな声を。春智は誰とも分かち合えなかった。


だがもし彼が、自分と同じ眼を持った人間であったなら。自分以外の誰かと、あれについて話すことが出来たなら――その時初めて自分は、どうしようもない孤立感から解放されるのではないかと。春智は彼に迫りたかったのだ。


一言だけでいい。ただ一言、視えると言ってくれれば、それでいいのだ。だから、どうか。もう一度だけ、彼に会わせてくれないか。

そんな願いを膨らませていく内に、不思議と足早になっていたことに気付いたその時。春智はある違和感に眼を瞠った。


「…………あれ?」


自分は確かに、本屋に向かって歩いていた筈だ。駅ビルの一階に構えられた、大型の本屋に。

だのに、どうしてこんな見知らぬ路地裏に来ているのか。


本屋は携帯に目をやっていてでも辿り着ける程度に通い慣れた場所にあるのに。幾ら考え事をしていたからとはいえ、こんな所に。

戸惑いながら、辺りを見回したところで、春智はもう一つの違和感に気が付いた。足が、止まらないのだ。


この先に本屋は無いのに。元来た道を戻る為に踵を返さなければならないのに。足が勝手に前へ前へと踏み出して、止まらない。

何なのだこれは、一体何が起きているのだと、脳が痺れる程の戦慄が走った、次の瞬間。


「いい匂いがするナ、お前」

「!!?」

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