FREAK OUT | ナノ


「おはようございます」

「おう、お嬢。おはようさん」


愛が十六歳の誕生日を迎えてから、早いものでもう一週間が経過した日曜日。
学校も休み、特に用事もない、という理由で、愛は朝から事務所の手伝いを申し出ていた。

此処に居る誰も知らないが、自分は能力者になったのだ。
未だ自身の力が如何なるものかさえ知らない、ひよっこもいいところだが。それでも、隠れて鍛練を積んでいけば、いつか慈島達の手助けが出来るようになる。
今しているような、書類整理やら雑務とは違う。決定的な助けになれるのだ。

その時に備え、もっとFREAK OUTの仕事に精通しなければと、愛は増々やる気を出している。

そんなことも露知らず、感心感心と言いたげな面持ちで挨拶してきた徳倉は、ソファからよっこらせと腰を上げた。


「もう慈島から聞いてるか?」

「あ、えっと……今日は皆さん、殆ど事務所にいないんですよね」

「そうそう。慈島は本部であれこれ、俺らと、後から来る篠塚は外で巡回。
芥花と太刀川は遅番だから、もし通報が来たら『すぐに能力者を派遣する』って言って、フクショチョー伝手に連絡してくれ。一番現場に近い奴が行くからよ。
本部や他の支部からだったら、慈島か俺に直接電話してくれって言っておいてくれ」

「分かりました」


近頃、愛は事務所の電話番を任されるようになった。

FREAK OUT支部は、各担当地区に潜伏するフリークスに早期対応する為に設けられている。
市内を巡回で人間に擬態しているフリークスを牽制したり、潜伏していると思わしき場所を調査することで正体を突き止めたり、突発的に暴れ出したフリークスを即座に討伐したり、と。フリークスによる被害を未然に防ぐこと、最小限に止めることが、支部の役目である。

その為に、FREAK OUT各支部は、一般市民用の相談窓口を用意している。
そこで、フリークス、擬態と疑わしい人物、死体、苗床などを見付けた市民達の通報を受け、出動するのだが。人手不足のFREAK OUTの中でも特に人が少ない慈島事務所では、電話番さえいないことも多々ある。

年がら年中、ひっきりなしに通報が来ている訳でもないし、フリークスが出た時などは慈島やフクショチョーがすぐに見付け、近くの誰かが討伐するので、今のところ、後からかけ直して対応する、というスタンスでも、然したる問題はない。

しかし、フリークスの脅威に対して無力も同然の市民達からすれば、いつ自分が襲われるかも分からない恐怖の中で待たされるのは堪ったものではなく。
凡そ電話をかけ直した後は、一体何をしていたのかと文句を言われる。

市民の気持ちや、対応が遅れる度に頭を下げる虚しさ、今は問題なくとも、いつか大事に成り得るかもしれない可能性を考慮すれば、電話番はいた方が俄然いい。


そんな訳で、愛がある程度FREAK OUTの業務に慣れてきた頃、慈島は彼女に電話対応を任せた。
フリークス絡みのことなので、市民達も捲し立ててきたり、怒鳴ったりしてくるかもしれないし、イタズラ電話も多いので、可能なら避けたかったのだが。
自分が出来ることなら何でもやらせてほしいと、愛が熱心に言ってきたので、慈島は「嫌になったらすぐ言って」と、電話番をさせるようになった。

それから、愛が電話を取ったのは、未だ両の手で足りる数程度だ。
内、二件が近隣住人がフリークスかもしれない、一件は子供がフリークスを見たという相談。一件は本部からで、これはすぐ、近くにいた慈島に代わった。
あとの数件は、間違い電話やらイタズラ電話やらだったので、まともに対応したものとなると、実に少ない。
これも、早く慣れて、慈島達の負担を軽減出来るようにならねばと、愛はしゃんと背筋を伸ばした。


「うっし、そんじゃ行くぜ嵐垣」

「へーい。じゃあな、お嬢様。また噛みまくって『はい!こちら、いちゅくしまじむちょです!』とか言うなよ」

「もうそれやめてくださいって言いましたよね!いってらっしゃい!!」


ケタケタ笑っていく嵐垣と、またこいつはと溜め息を吐く徳倉を見送り、愛はまず頼まれていた書類整理を始めた。

慈島が家を出る前に、今日の業務内容はあらかた聞いている。
いつもしている事務仕事と、フクショチョーの小屋掃除、消耗品チェック、エトセトラ。
もう習慣の一部と言える程度には慣れてきた業務を淡々と片付けていきながら、愛はふと、書類を束ねた自分の手の平を見つめた。


「……一人、かぁ」


誰もいない今なら、少し能力コントロールのトレーニングをしてもいいんじゃないか。
任された仕事は量が多い訳でもないし、きっちり終わった後で――。

暫し、静寂の中で考え込んだ後、愛はいけないいけない、と首を横に振った。

トレーニング方法を教わった際、カオルに言われた筈だ。
万が一能力が暴走した場合を考慮して、周囲に人がいない場所で行うように、と。

今現在誰もいないとはいえ、此処は事務所だ。巻き込む人間はいないが、もし破壊するようなことがあっては、慈島達に合せる顔がない。
それに、何かしらの用件で誰かが戻ってくることも有り得るのだ。軽率な行動は控えよう。あくまで今は、手伝いとはいえ仕事中なのだしと、愛はテーブルで書類を均した。

雑務をこなすことに、不満があるのではない。些細なことでも、今後自分が能力者として戦っていく力になるし、慈島の助けにもなるのだ。
自分から言い出したことだし、掃除でもお茶汲みでも、任された以上はしっかりやろうと思える。
それでも、歯痒さはあるのだ。

自分がこうしている間も、フリークス達は陰に潜み、人を食わらんとしている。
目に見えない何処かで、誰かが化け物の脅威に曝され、そして――。


「…………集中、しなきゃ」


愛は自分を戒めるように、額を拳で軽く打った。

これだから、能力の再発に苦戦するのだ。今考えるべきではないことに気を取られて、迷って悩んで気落ちしているようでは、いつまでも戦えるようになれない。
まず何事でも、目の前のことに神経を注ぐことから始めた方が良さそうだ。

愛は、未だ薄れぬあの日の絶望を嚥下して、次の仕事に取り掛かろうとファイルに手を伸ばしたその時。
PRRRと閑寂を破ったコール音に、愛はビクッと盛大に、飛び跳ねるようにして驚いた。

まさかこのタイミングで電話が来るとは。一度落ち着かせてほしい気持ちはあるが、仕事なので急いで応対しなければと、愛は大慌てで受話器を取った。


「は、はい!此方、FREAK OUT第四支部、慈島事務所です!」

<お忙しいところ失礼いたします。私、北登勢第一アパートの管理人、畔上(こがみ)と申します>


電話をかけてきたのは、声からするに初老の男性だった。
これまで愛が取ってきた電話の中では珍しく、落ち着いた調子の声だったが、それとなく焦りや不安が窺えるようにも聞こえる。

愛は、一体何の相談だろうかと一抹の不安を覚えながら、電話の横に置かれているメモ帳とボールペンで、相手の名前と身分を書き記した。


「北登勢第一アパートの、畔上様、ですね。本日は、どのようなご相談で?」


手伝い以外の時間…食事の準備をしている時や、通学中にも、電話番のイメージトレーニングをしていたので、上手いこと言葉が出てきてくれた。

あれだけ狼狽していたのに、出だしで噛まなかったことだし、今回はきちっと応対できるのではないかと、用件を窺った愛だが。
電話相手――畔上が口にした言葉が、再び彼女を思考の渦に叩き落とした。


<実は……ある一室から最近異臭がしまして……。住人とも、ここ二ヶ月連絡が取れない状態で、もしやフリークスが……と思いまして>

「…………」


過る、忌まわしき記憶。家の中に満ちた甘い匂いと、変わり果てた友人の姿。それを目の前で潰された、あの日の惨状。

間の悪いことに、先刻もそのことを思い出して、心臓を握り潰されるような想いをしていた中、更にそれを彷彿とされる話が舞い込んできたもので、愛は沈黙してしまった。

あれは、忘れてはならないことだ。しかし、無闇に触れて、あの時の絶望感に浸ってしまうのもよくないと、呑み下して、胸にしまい込もうとしていたのに。


<確実にフリークスがいる、とは言えないのですが、住人の皆さんも不安を感じておりますので……何卒、調査に来てはいただけないでしょうか>


黄色く蕩けた肉が、膨らんだ腹と蠢く種が、蜜の匂いを垂れ流すぽっかり空いた眼と口が、フラッシュバックして、胸を穿つ。

眩暈がする。吐き気がする。動悸がする。堪らなく気分が悪い。いや、悪いのは、あの時何も出来なかった自分だ。
彼女が処分されるのを見ているだけだった。無力で、愚かだった。だから、あんな結末を許してしまったのだ。


<……あのー、もしもし?>


込み上げる自責の念、色褪せぬ恐怖と絶望が、言葉を奪う。
何か言わなければ、きちんと対応しなければと思っても、感情の嵐に横殴りにされて、まともに思考出来やしない。

その焦りも加わって、愛がただただ狼狽して、受話器を握る手を緩めてしまった時だった。


「はーっい、了解でーす。今すぐ向いますので、少々お待ちくださいねーっ」


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