FREAK OUT | ナノ


能力コントロールは、まず覚醒したことで目覚めた力を、己のものであることを認知することから始まる。


能力は、セフィロトの花粉によって呼び覚まされたものである。
誰に与えられた訳でもない。新たに加えられた訳でもない。元よりこれは自身の一部だ。
それを自覚し、力の本質を知り、オンオフを自分の意思で出来るようになる。

これが、覚醒した能力者が、その力を自在に使いこなせるようになる為に必要な、最初のプロセスだ。


(眼を閉じて、深呼吸して……肩の力を抜いて、リラックス。そうしたら、自分の頭の中で、最初に力が発動した時の感覚を、ひたすらイメージして)


カオルの言葉を反芻しながら、目蓋を下ろし、息を深く吸って、浅く吐き出していく。

酸素を取り込み、体に流し込んでいくように、ゆっくりと呼吸を繰り返し、辺りの音が聴こえなくなってきた頃。目蓋の裏、薄い暗闇に、かつての自分を描くようにして、回顧する。


あの日、あの時、あの一瞬。全身を穿つ雨のような痛みを、閉じ込められていた力が晴らした刹那を。

その前後の記憶を寄り合せながら、より鮮明に、より確然に。石を彫像にしていくように、己の脳に探りを入れながら、思い出していく。


(あの激痛が終わった瞬間……まさに貴方が目覚めたその時、痛みとは違う、別の何かを感じた筈よ。
その感覚を辿って、自分の力がどんなものかを、徐々にはっきりさせていく。それが、最初のトレーニング)


彼女の言う通り。愛は、気が狂いそうな激痛が急にぶつりと途絶えてから、眼が覚めるまでの間に、言い知れぬ何かを感じていた。

そこだけ切り抜かれてしまったかのようにぽっかりと記憶から消えていて、何があったのか、自分がどうしていたのか、さっぱり分からないのだが。
それでも、確かにあったのだ。

初めて力を使った時、自分の体の中で、何かが駆け抜けたような、湧き上がったような、弾けたような。今現在、影も形も分からぬ感覚が。


(ほんの刹那でも、記憶に残っていなくても、貴方は確かに能力を使えた。そして、その感覚は、貴方の体に刻み込まれている。
だから、強く強くイメージして、もう一度、あの時と同じような感覚を得ることが出来たなら……再び能力を発動させられる筈だわ)


思い出せ。意識を失ってから、気を戻すまでの空白を。打ち破られた殻の中から飛び出してきた力が、研究室の壁を抉った時のことを。

音でも、匂いでも、感触でも、感情でも、何でも――と、強く念じたところで、しまったと、愛は目を開いた。

慈島事務所の屋上から見える嘉賀崎市の光景は、快晴の青に染まっている。
その眩しさに眼を細めた後、ポケットから取り出した携帯が示す時間を見て、愛は軽く顔を顰めた。


(コツとしては、力まないこと。能力が発動しろ、って思ってしまうのが、一番ダメよ。発動しようと思って発動した、なんてことないんだから)


そう言われても、どうしても力が入ってしまうのだ。

いち早くこの力をものにしたいという焦りで念じて、体を強張らせて、歯を食い縛って。そうして暫くして、ハッとなって、やり直しになる。
これを何度繰り返しても学習出来ない自分に溜め息を吐きながら、愛はそろそろ行かなければ、と屋上を後にした。


今日もまた、無力なままに終わっていくのではないか。

そんな歯痒さを抱えたまま扉を閉じると共に、貯水タンクの上で羽を休めていたカラスが羽ばたいていった。

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