FREAK OUT | ナノ


ぱっと受話器を奪われたかと思えば、溌剌とした声が事務所に響いた。

暫し愛は、何が起きたのかと呆然としていたが、畔上と話しながら此方を嘲るような笑みを見せてきた彼の姿を見て、把握した。

何時の間にか事務所に、賛夏がやってきていて、自分に代わって電話に出たのだ、と。


「はい、住所は北登勢の……はーい、分かりました。あ、現場はそのままの状態でキープして、他の住人の方にもご連絡しておいてくださーい。ではでは、また後程ー。失礼しまーす」


畔上に、アパートに向かう旨と諸注意を伝えると、賛夏は電話をすぐに切った。

受話器をぽんぽんと軽く投げて手遊む様は、これくらいも出来ないのか、という嘲笑を如実に現していて。
間もなく吐きかけられた声も、愛に対する厭味と毒気を多分に含んでいた。


「ダメじゃないですかぁ、仕事中にぼーっとしちゃぁ。ボクが来なかったらどうしてたんですかぁ?」

「ご……ごめんなさい」

「全くぅ。そんなんじゃ、あの日となぁんにも変わらないですよぉ?あっ、いっけなぁい。これ言っちゃダメなやつでしたねぇ」


わざと棘を生やした言葉を傷口に塗り込んで、賛夏はクスクスと笑う。
子供特有の、無邪気な邪気。年上を扱き下ろすことで生じる優越感に染まった声に、愛は返す言葉もなく、手渡された受話器を元の場所に置いた。

賛夏の言うことは、至極尤もであった。
此処でFREAK OUTの業務を手伝っても、フリークスについての知識をつけても、覚醒しても。
あの日の自分が抱えていた弱さに足を引かれたままでは、何の意味もない。彼の言う通りだ。抗う理由も、権利もない。


「それじゃボク、電話先に行ってきますねぇ。やー、巡回する手間が省けてラッキーです。日頃の行いがいいボクへのご褒美ですねぇ」


ぎりっと歯噛みして、再度沈黙した愛を、賛夏は依然嘲りの色を湛えた眼で一瞥して、ひらりと踵を返した。

蜻蛉返りだが、元より長く此処にいることはなかったので、気にした様子はなく。寧ろ、あちこち歩き回る時間が潰れて嬉しそうだ。

フリークスが関わっているか否かは不明瞭。しかし、それでも業務は業務。
市内を歩くのも、調査に向かうのも、仕事であればどちらでも咎められることはない。

ならば、選ぶべきは後者だと、賛夏は他の誰かに取られぬようにと、さっさと現場に向かおうとした。

その歩みを止めたのは、くっと袖を引いてきた、愛だった。


「…………待って、賛夏くん」


思いがけない接触に、賛夏は丸くした眼を向けて愛を見た。

先程打ちのめされたばかりだというのに、すっかり萎びていた筈の愛の顔は、痛ましいくらいに凛と、覚悟を決めたような面持ちをしている。

一体何だ、と賛夏が訝しむのも刹那。喰らい付くように彼の袖を握った愛は、真っ直ぐ過ぎる眼で彼を見つめながら、口を動かした。


「あの時は、私……何も知らない部外者だった。でも、今は違う……。まだ戦えないし、FREAK OUTでもないけど……それでも、私……あの時とは違う」

「……だから、連れていけって言うんです?」


何を言うのかと思えば、そんなことかと賛夏は呆れた。

愛は、実野里の一件を受けてから、自分は変わったと思っているらしい。
確かに、変わり果てた友人の姿と、それを目の前で叩き潰される絶望から立ち直ったことで、フリークスが関わっているかもしれない場所に踏み込む、ということに対する意識は、以前とまるで変わっているだろう。

だが、賛夏からすれば、愛はまるで変わっていない。
相変らず戦う術も持たず、世界の深淵も知らず。血の池の浅瀬で足を浸しているだけの、愚かな女だ。

その立場がまだ分かっていないのかと、賛夏は溜め息を吐いてやった。しかし。


「今の私は、慈島事務所のお手伝いだし……今回は怒られる理由、ないんじゃない?」


それに対する愛の言葉や眼差しが、余りに力強さを帯びていたものだから、賛夏は思わず、小さく息を呑み込んだ。


あの日、慈島に同行を嘆願し、嵐垣が悪意を漲らせて差し出した手さえも縋るように取った彼女とは、確かに違っている。

今の愛には、牙がある。噛み付く意志がある。そして、一度歯を立てたら離さないだろうという気迫もある。

賛夏は、生意気だと言いたげに眉を顰めて、袖を掴む愛の手を払い――無意識に急くようにして、もう掴まれまいと、腕を組んだ。


「ボクが貴方を同行させるメリットは、何か?」

「同行させないと生じるデメリットなら、いくらでもある……って言っておく」

「こんな幼気な子供相手に脅しですかぁ。そもそも、お嬢様は留守番を任されてるんでしょう?仕事だってまだ残ってるし」

「そんなに長くは付き添わないから。一緒に行って、現場を見て、賛夏くんがどうするのか……それを見たら、すぐ此処に戻るよ」


これは厄介だと、賛夏は肩を落とした。

意固地になった人間というのは、押しても引いても聞きやしない。特に今の愛のように、一度痛い目に遭っていて、妙に肝が据わってしまった相手は、簡単に折れてくれない。

からかってやったのが、ここで徒になってしまった。賛夏に対する敵対心も相俟って、今の愛は非常に面倒な強固さを持って、此方に牙を剥いている。


まさかこんなことになってしまうとは。

賛夏は、思いがけずしぶとい愛に、改めて呆れながら、不承不承と頷いた。


「分かりました。いいですよ、同行。認めます」

「……! ホントに?!」

「ただし、現場ではボクの指示に従ってください。そして、何が起ころうとも自己責任で、ボクは何も悪くないってことを頭に入れておいてください」


こういう手合いと消耗しあっていても仕方がない。
愛の言う通り、彼女は今は慈島事務所の手伝いという名目だし、今回も彼女から同行を願ったのだから、自分が叱られる理由はない。

慈島はそこまで分からず屋でもないし、何かあっても自分に降りかかる火の粉は身を焼く程にはならないだろう。
それに、フリークスが関わっているかどうかも確かではないのだし。


せめて何事もなく済んでくれればいいのだがと、賛夏は半ば昂揚したような顔の愛に、また息を吐いた。

馬鹿の相手は疲れる。
そう言われているようなものだとも知らず、愛はフクショチョーに「すぐ戻るから、よろしくね」と代打を頼み、事務所の扉に鍵を掛けた。


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