FREAK OUT | ナノ


スーツの胸ポケットから取り出した煙草を咥え、唐丸はライターやマッチの代わりに、指を先へと宛がった。すかさず、シュボッと火が点いた音と共に煙が上がる。唐丸は深く紫煙を吸い込むと、返す言葉を失った栄枝に意地の悪い笑みを返した。


「俺達人間が、奴らにとって餌であり繁殖のツールである以上、絶滅させに来るこたねぇだろう。だから十怪クラスの化け物も、お忍びで人間を喰って、苗床作っていく程度で、帰還してくださる訳だが……それを邪魔する奴が出た場合、奴らは数えきれない程の人間をかっ喰らって蓄えたエネルギーをフル活用して、俺達を殺しにかかるだろうぜ。そうなった時、どれだけ民間人が犠牲になるか……習っただろ?」

「お前の言う通り、早期解決に越したことはないんだがな」


溜め息混じりの声でそう言うと、潔水はパチンと指を鳴らすと、ジュッと煙草の火が消えた。何しやがると、唐丸から不服と苛立ちを込めた視線を送られたが、潔水は此処は禁煙だろうがと無言で返し、話を続けた。


「それでも、奴らが大人しく俺らを飼い慣らしてくれている内は、手を出すべきじゃあないんだ。俺達が奴らと交戦するとしたら、戦わなければならない状況が来るか……或いは、確実に市民を守り抜ける環境と、勝利に必要な戦力を得た時か。その、どちらかだ」

「後者は、存外そう近い内に来るかもしれないがな」


思いがけない在津からの横槍に、潔水も唐丸も、揃って眼を軽く見開いた。二人に論破され、不承不承ながらに黙りこくっていた栄枝も、それはどういう事かと食い付くように在津を見遣った。くつくつと喉を鳴らす彼から眼を逸らしているのは、この場で一人だけだった。


「小耳に挟んだ話だが……”怪物”が、”英雄”の娘を誑かしたそうじゃないか。たった一人で十怪討伐という、馬鹿げた偉業を成し遂げた唯一の能力者……真峰徹雄の娘を、なぁ」


何処でそんな話を聞いたのかと、慈島は息を吐いた。

愛が事務所の手伝いをするようになったことは、統轄部に報告していた。何の断りもなしに、一般人である彼女を業務に携わらせるのも憚られたし、あちらも愛のことを気にかけていた為だ。”英雄二世”として期待され、覚醒を望まれていた愛だが、彼女自身がそうなる事を求めているのなら、向こうも催促して来ないだろうと考え、慈島は全てを話した。それ以外の場所では一切、愛の事を口にしていない。妙な噂が立ったり、愛に干渉しようとしてくる者が出て来る事を防止する為だ。だのに、この男は。

驚くよりもいっそ呆れる。何という陰湿さ、何という地獄耳だと、慈島は辟易した。その周到さを、フリークス探索の方に使ったらどうか。そう言ってやろうかと、慈島が口を開きかけた瞬間。


「実野里仁奈は、彼女の……真峰愛の友人だったそうじゃないか。その死に付け込んで、上手く引き込んだのだろう?己の管轄下で苗床を作らせてしまった責任を取る為にしても、酷な真似をするじゃないか。なぁ、慈島」


慈島の双眸が、獰猛な光を帯びた。その獣めいた眼で在津を見据えると、まんまと挑発に乗せられた慈島を嘲るように、彼は鶏のような喉を鳴らして嗤った。


「そうだ。対抗策の一つとして、今からでも彼女をRAISE(レイズ)に入れのはどうだ?覚醒を促し、即戦力として導入する為にも……」


刹那。黒い影が円卓の上を過ったかと思えば、在津の体が床に叩き付けられ、それに続くように椅子が二つ。派手な音を上げて倒れた。一つは、椅子を蹴り飛ばして円卓を跳び越えた慈島の物。もう一つは、彼に胸倉を掴まれた在津の物だ。


「オ……オイ、慈島!!」

「やめてください、慈島さん!」

「黙れ!!」


会議室が震える程の怒号に、彼を制そうと腰を上げた潔水と栄枝の動きが止まる。そんな中、唐丸は依然悠々と椅子に腰かけたままヒュウと口笛を鳴らし、在津は一切臆すことなく、慈島を小馬鹿にしたような顔で嗤っている。

こうなる事は、在津自身が一番分かっていただろうに。何故、慈島の激情を煽るような真似をしたのか。分からない、が、一先ず慈島を止め、冷静になってもらわなければと腕を伸ばした栄枝達であったが、その手は何を掴むことも許されず。二人が往生している間に、慈島は髪が逆立つような激昂を湛え、在津に牙を剥く。


「あの子は……自ら、友達を救えなかった罪を背負い、惨劇を繰り返さない為に、戦う事を望んだんだ…。政府の馬鹿共のご機嫌取りの為じゃない……!」


か細い糸一つ程に残った理性で、慈島は拳を止めている。在津の言葉に憤った所で、どうしようもない。奴の思う壺だと言い聞かせ、慈島は懸命に堪えている。その様を鼻で嗤うと、在津は慈島が必死に守り抜こうとしているものを踏み躙る言葉を敢えて選んで、吐き捨てた。


「あぁ、そうだろう。父親と同じ轍を踏むことなど、御免蒙るだろうよ」

「――ッ!!」

「慈島!!」


潔水らが制するより先に、慈島の腕が”怪物”のそれへと変容し、在津が纏う空気が、文字通り変わった。が、其処で慈島と在津を始め、五人の支部長全ての動きが止まった。狼狽する補佐官二人もまた、眼の前の出来事を処理しきれず硬直していたが、彼等の強張りと、慈島達のそれは異なる。


「……いい加減にしろ、貴様ら」


支部長五人は皆、捕縛されていた。喉笛を掴む、不可視の手――司令官の能力によって。


「私は、カイツールと戦うべきか否か、何時が奴を討伐すべき時なのか、”英雄”の娘が戦力になるのか……そんな事は聞いてはいない。何の為にわざわざお前らを集め、会議を開いたのか……分かっているだろう」


気道が圧迫され、呼吸が阻まれる。その苦しみよりも、司令官から放たれる殺意が、五人の動きを止めていた。これに抗い、暴れようものなら、その場で首をへし折られる。そんな確信を抱き、潔水や栄枝も沈黙している。

司令官は、誰の意見も正当性も求めてはいない。それはこの会議が始まった時から変わらない事であり、それを承知の上で話を此処まで逸らしてきた者もいるが――もうこれ以上、司令官の機嫌を損ねる訳にはいかない。此処は引き下がれと潔水達に視線で宥められ、慈島は遣り切れない顔をしながらも腕を元に戻し、在津も口を閉ざした。こうして五人は見えざる拘束から解放されたが、司令官は未だ、ぴりぴりと気を張り詰めている。


「今すぐカイツール討伐への対策を出せ。現場の事など何一つ理解出来ていない融通聞かずのバカ共を黙らせるだけの案を、この場で考え、実行しろ。それ以外の発言は不要だ」

「おーおー、随分無茶言ってくださんなぁ司令官殿よぉ」


この期に及んでも未だ軽口の出る唐丸を、何人か咎めるように見遣る。余計な言動を控えなければ、司令官はいよいよ怒髪天を衝く。殺される事は無いが、痛い目に遭うのは確実だ。それでも文字通り口が減らないのは、彼が無策のまま物を言う程、愚昧ではないが故で、司令官に睥睨されながら、唐丸は乾いた声で笑ってみせた。


「ま、よーするに政府のお偉いさんに納得してもらえりゃいいんだろ。なら、各自巡回の強化と、対カイツール想定疑似訓練やって、奴さんが撤退するまで食い繋いでおけばイイんじゃねぇの?」


現状、カイツールに手を出すべきではないというのは、司令官がよく分かっている。分かっていながら、無茶な注文を押し付けたのは、保身に躍起になっている非能力者が喚き立てるからだ。

戦う力も戦う気もなく、現場を知らないくせに、金と権威を持っている人間。それがFREAK OUTの実質的支配者である以上、暗愚としか言いようのない要望にも応えなければならない。国家組織の、公務員の宿命だと嘆く事すら飽きるほど散々に、滅茶苦茶な注文をつけられてきた。それを逐一、懇切丁寧に請け負い、完璧に成し遂げようとすれば、必ずしくじるという教訓も、身に染みている。

だから、適当にそれらしい事をしておけばいいのだろうと、唐丸はつらつらと、予め用意していた結論を述べた。「皆まで言わなくていいぜ」と言った通り、彼は此処に集められた理由は読めていたし、自分達が成すべき事もとうに理解していたのだ。成すべきことは、決まっている。後は、何処まで妥協させるかの勝負だ。唐丸に便乗するように、潔水達も思いつく限りの策を司令官に提示した。


「探索は、下手に嗅ぎ回ると察知される可能性がでかいしな。これは慈島、お前に任せても大丈夫か」

「あぁ。奴は俺の担当だったし……そうじゃなくても、これは俺が適任だ」

「それと栄枝。お前ンとこは普段から相談窓口設けて、市民からのタレコミ、全部レポートに起こしてんだったよな。其処からカイツールに繋がりそうなもんがないか探して、各支部にFAXしてくれ。あと、今後も引っ掛かるもんもあったら頼む」

「はい!」


一つ決まれば後から後から、拍子抜けする程順調に案が出て、形になっていく。

気付けば此処まで身を強張らせたままでいた補佐官二人が、これまでの悶着はなんだったのかと、ひたすら瞬きを繰り返す横で、司令官は酷く疲れた顔をしながら頬杖を突き、オーダー通りに会議を進める五人を傍観していた。

各自、何かしら欠点・難点を抱えてこそいるが、優秀にして有能である事には違いない。扱い難い武器ほど強力とは、よく言ったものだ。どうしてか、優れた能力者はその実力に比例して癖が強い。恐らく己も人の事は言えないのだろうが――と、疲労で重みを増す目蓋を下ろした司令官は、久方ぶりに行使した自分の能力が、存外衰えていない事を自嘲した。戦線を退いて随分経つが、未だ体はこの力の使い方を覚えているらしい。


「さて……一先ずこれで如何でしょうか?司令官殿」

「……各自、通常業務報告に、対カイツール活動報告を加えて提出しろ。それと、仮想出現地に応じての戦略、隣接地区の担当支部との連携、市民の避難経路、フリーク・ハザードの予防策……。政府の連中の首を縦に振らせるレベルの物を今日中に提出しろ」


それだけ告げると、補佐官二人に場を任せ、司令官は会議室を出た。未だ政府から押し付けられた仕事が、山のようにある。片付きそうな問題は部下に任せ、他の業務に取り掛かろう。自分の執務室へ戻るべく廊下を急き気味に歩きながら、司令官は携帯電話を取り出した。


「もしもし……あぁ、私だ。五日市だ」

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