FREAK OUT | ナノ


「愛、笑穂。これから、時間あるか?」


今日も今日とて、何事もなく一日の授業を終え、生徒達が散り散りになっていく教室に、凛とした声一つ。口調は男勝りでありながら、気品を感じさせる声の主に、片や日誌に取り組み、片やそれを眺めていた二人が、揃って顔を上げた。斯くも良く通る美声の持ち主など、思い当たる人物は御田高校それなりに広しと言えど、一人しかいない。案の定、其処にいたのは整った顔立ちに快濶な笑みを浮かべて此方を見る、藤香であった。


「今日は部活が休みで、しかも久し振りに寄り道の許可が出たんだ。良かったら、買い物に付き合ってくれないか?」

「珍しいねぇ。藤香が公私共にフリーだなんて。今日はお迎え来ないの?」

「あぁ。父が気を利かせてくれたらしくてな」


藤香は演劇部に所属しており、日々練習や、舞台演出の考案に勤しんでいる。文化祭やコンクール等の行事前以外は週に二日の休みが設けられているのだが、その時間を外で過ごす事を彼女の父親が良しとしていないらしい。

曰く、彼女の父親は過保護で心配性との事で、登下校の際には運転手に車を出させ、学校にもボディガードを配置しているらしい。その為、放課後に出歩く許可も滅多に下りないらしいのだが――今日は上手い事、父の許しが出たようだ。


「いいよ。行こう、買い物。私も今日は……っていうか、今日もヒマだから」

「ありがとう笑穂。で、愛はどうだ?」


それならばと、笑穂が日誌の残った空白をさっさと埋め、藤香の申し出を受ける横で、愛は苦々しい顔をして、眉を下げていた。

久しぶりに藤香と放課後を過ごせる機会だが、彼女にはこれを快諾出来兼ねる事情があった。愛は暫し、あれやこれやと考えたが、やはり今日はと藤香に軽く頭を下げた。


「ごめん!今日は、ちょっとバイトっていうか……家の手伝いがあるから!」

「……家の?」

「この子こないだから、例の慈島さんの仕事の手伝い始めたのよ」

「あぁー、あの例の」

「ちょっ……何、その言い方ぁ……」

「いいやぁ、別にぃ」


一体何のことかと訝しんでいた藤香が、ニタニタと眼を細め、此方を見る。ふと視線を横に逸らすと、笑穂も似たような顔をしていたので、愛は堪らず顔を顰めた。直接的な言葉は掛けられていない。故にむず痒く、宛ら羽根箒の先で撫でられるような心地がして、愛の顔がみるみる赤くなっていく。その様を見て、笑穂と藤香はこれでもかと眼を細くしながら、口角を上げた。


「そうか、それなら仕方ない。邪魔しちゃ悪いからな」

「じゃ、邪魔ってどういう意味?!」

「さあねぇ〜」

「ま、色々頑張れよ愛。成果についてはまた今度、聞かせてもらうからな」

「もーっ!!」


揶揄うだけ揶揄うと、笑穂と藤香は愛に掴み掛かられる前にと退散していく。まんまと弄ばれた愛は、教室を出ていく二人の背中を睨みながら唇を尖らせていたが、やがて席を立ち、教室を出た。

藤香に言った通り、今日は慈島の手伝いをしなければならないのだ。そんな義務は何処にも無いのだが、愛自身がそう決めた以上、これはやらなければならない事だ。二人の言葉が今も胸に突っ掛って取れないが、慈島が帰って来る前には、どうにか出来るだろう。いや、どうにかなってくれなければ、困るのだ。愛は頬に溜まった熱を振り払うように首をぷるぷると横に振り、帰路についた。

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