FREAK OUT | ナノ


空は、人の心などお構いなしに青く澄み渡ろうとしている。この厚い雲も、明日には跡形もなく消えているだろう。


――自分もそんな風に、消えてしまえば良かった。あの人の代わりに。


何も無い空を見つめながら、雪待は自暴自棄そのものの声で、五年間隠し続けてきた己の罪を晒す。


「お前の言う通りだ……慈島。俺は全て知っていて……それを黙って……愛を、次の”英雄”に仕立て上げようとした」

「…………ッ!」

「あの日……眼の前で徹雄さんがフリークスになるのを見て……俺は逃げた。あの人がフリークスになってしまったという事実から、あの人をフリークスにさせてしまったという罪業から、あの人を殺さなければならないという責務から……俺は……逃げ出したんだ」


もしあの時、自分が引き鉄を引いていれば、こんなことにはならなかった。

脆弱な心に生じた迷いが、惑いが、躊躇いが、この惨劇を作った。


(あの時と同じねぇ。五年前のように、アンタはまた”英雄”を見殺しにするんだわ)

(ねぇ、あのことちゃんと二世には話してあげてるの?五年前、どうして父親が侵略区域に消えたのか!)

(何なら、私があの子に教えてあげるわよ?言い難いでしょう、自分のせいで”英雄”が消えたなんて!)


そう、アクゼリュスの言う通り――彼が魔物になったのは、自分のせいだ。

自分が幻に惑わされ、引き鉄に掛けた指を止めたが為に、彼は命を落とした。それなのに。否、だからこそ、雪待はフリークスと化した彼から逃げ出した。


「俺には出来なかった……。あの人を止めることも、あの人を殺すことも……俺には…………」


殆ど力の入らない腕を持ち上げて、顔の上に落とす。

こんなにも弱く、こんなにも愚かで醜い自分にまで降り注ぐ光を遮るように目元を覆う雪待の傍らに、愛は力無く膝行る。


「…………師匠」

「……俺は、そんな風に呼ばれていい男じゃなかった」


心底嫌になる。自分は、彼女の中に”英雄”の素質を見出した時から、この時を待っていたのだ。

ずっと前から彼女を裏切り続けていたくせに、その手で引き鉄を引いてもらう為だけに彼女を騙し、その想いを利用した。


(全面的に自信持ってくださいよ。貴方は”帝京最強の男”で、この私、”新たな英雄”真峰愛の師匠なんですから)


彼女は、そう言ってくれたのに。


「すまなかった、愛…………すまなかった…………」


頬に、手の平に温かな雫が落ちてくる。間も無く、自分の胸の上に崩れ落ちた彼女の泣き咽ぶ声が聴こえた。

銃は其処にある。だのに、彼女はそれに一瞥もくれずに、地面に投げだしたままの自分の手を握っている。


「あぁあああ……ああああああああ」


心臓を切り付けられるような痛みを以て、己の罪深さを思い知らされる。

自分の裏切りを知りながら、それでも師と呼んでくれた。自分の罪業を知りながら、それでもこの手を取ってくれた。


そんな彼女を、こんなにも傷付けた。


交わる涙の温度に咎められ、雪待が歯を食い縛る中、愛と入れ替わるように立ち退いた慈島は、無言のまま足を進めた。

胸の内側から湧き上がり、この身を呑み込まんとする感情の奔流。荒れ狂うその見えざる獣の足跡を追うように、慈島は歩く。

其処に佇むものに成り果てることすら、今は、どうでも良かった。

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