FREAK OUT | ナノ


気に入らなかった。余りに使えない能力も、訓練に付いていけない弱さも、いつも教室の隅で下を向いている小さな体も、常に何かに怯えたような顔付きも、彼女の悉くが癇に障って仕方なかった。

だから虐げた。それだけのことだ。


何故彼女を嬲って遊んでいたのかと尋ねられた時に返した言葉に、偽りは無い。深い理由は無い。彼女が何をしたでも無い。ただ、その弱さが疎ましかっただけだった。

だが、彼女はその弱さを乗り越えた。


(貴方と私でやろうよ。班実習)


あの日、あの時、”新たな英雄”に手を差し伸べられてから、彩葉は変わった。

誰よりも絶望し、見限りを付けていた自分の力を引き延ばすべく研鑚し、訓練に喰らい付かんと血眼になって己を鍛えた。確かに弱かった自分を掬い上げてくれた彼女に恥じぬよう、少しでも強くなろうと懸命に努力を重ねた。

彼女が此処を経ってからも、その決意は鈍ることなく、寧ろ一層強固なものとなり、同期の訓練生のみならず、教官達からも評価されるようになってきた。


その姿に、以前のような苛立ちを覚えなくなったことは確かだ。ただ其処にいるだけで目障りだった彼女が傍にいることを不快に思うことも無い。

だのに、時折どうしようもなく腹立たしくなる。彩葉を強くしたのが、彼女であることが。その眼が、遥か彼方にいる”新たな英雄”を見つめていることが。

それは彼女への対抗心から来る焦燥だと思っていた。自分の方が優れていることを証明する為に彩葉を傍に置いているのに、彼女が今尚、愛を見ていることが気に食わないのだと。


(蘭原さんって綾野井のこと好きなんっすか?)


違う。断じて違う。彼女に対して憤りを覚えるのは、自分を見てほしいからなんて理由からではない。愛を妬んでいるからではない。

彩葉は、自分が愛より優れていることを知らしめる為の証人だ。それ以上の存在には成り得ない。心惹かれてなどいない。惹かれる理由も無い。


行く宛も無く廊下を歩きながら、蘭原は何度も否定した。そうしなければ、己の胸の内側から湧き上がってくる何かにこの身を食い破られてしまいそうで、蘭原は必死に己に言い聞かせ続ける。

綾野井彩葉に抱く想いなど無い。彼女を好きになってなどいない。取り巻き達の妄言だ。

そうして躍起になって否定している時点で、取り返しの付かない所にいることに蘭原が切歯すると、今最も耳にしたくない声が聴こえた。


「蘭原くん!」


未だかつて、そんなに明るい声色で自分の名前を呼んだことがあろうか。
振り返れば其処には、眼をこれでもかと輝かせ、昂揚を抑え切れないような顔をした彩葉がいて、蘭原は眉根を寄せた。彼女が自分の前でこんな顔をして見せる時に覚えがあるからだ。


「い……今、指村教官から聞いて…………見て、これ!」


興奮冷めやらぬ声を弾ませ、彩葉は大事に握り締めてきたのだろうFREAK OUT広報誌を広げて見せた。

その一面を華々しく飾る文面を口にしながら、蘭原は頭の中が焼き切られていくような感覚に溺れた。


「…………『”新たな英雄”真峰愛、十怪カイツール討伐。吾丹場市を救ったニューヒロインの活躍』」

「すごいよね!愛ちゃん、先月此処を卒業したばかりなのに、十怪を……しかも、カイツールを倒しちゃったんだよ!」


醜悪のカイツール。未だ代替わりしたことのないその名の陥落は、彼女が前人未踏の偉業を成し得たことを意味する。

誰にも打ち倒すことが出来なかった化け物を、RAISEを出たばかりの少女が屠った。
これ以上とない武勲。これ以上とない戦果。”新たな英雄”が人々に与えた希望は計り知れないだろう。流石、かの”英雄”の娘。彼女こそが帝京を救う次の”英雄”であると、多くの民が、能力者が、真峰愛という存在に光を見た。


彩葉が昂ぶるのも無理はない。誰よりも何よりも慕い、敬う少女が名を上げ、正真正銘の”英雄”であると認められようとしているのだ。

欣喜雀躍するだろう。はしゃいで自分が見えなくなるのも頷ける。だが、そんなことは蘭原には関係無かった。


「やっぱり愛ちゃんはすごいよ!あの子ならきっと帝京を救う本物の”英雄”になれるって、教官達も――」


衝動的に、彩葉を突き飛ばした。

その眼の輝きを奪い尽す為に。湧き上がる激情のままに、彼女の肩を押し、床に打ち捨てた。徒に暴力を揮い、彼女を傷付けてきた時のように。


「……二度とするな」


もう二度と、彼女を甚振らないと心に決めた筈だった。”新たな英雄”を超える為、誰よりも強くなる為、弱きを挫くのではなく、受け入れ、利用し、更なる高みへ導くことが必要であると。

そう自分の胸に立てた誓いを破ってでも、彼女の眼を此方に向けたかった。それが、ただただ間違っていると知りながら、蘭原は自分を止めることが出来なかった。


「俺の前で、二度と真峰の話をするな!!」


床に座り込んだままの彼女に向かって、罵声を浴びせるように怒鳴り付ける。

その怒声の残響が消え、痛ましい静寂が訪れる頃。荒れる呼吸の間に、か細い声が差し込まれた。


「ご、めんなさい……」


顔を蒼白させ、これでもかと縮めた体を震わせる。幾度となく眼にしては、嘲り笑ってきたその姿を前にして、蘭原は初めて後悔した。

自分は、取り返しの付かないことをしてしまったと。


「綾野井、」

「ごめんなさい……ごめんなさい…………本当に、ごめんなさい……っ」


壊れたように謝り続け、命乞いをするように項垂れる。手を伸ばせばそれだけ震え、怯え、どうか許してほしいと懇願される。


こんなものが欲しかった訳ではない。彼女を見つめるその眼差しを、自分にも向けてほしいだけだった。

分かっていたのに。彩葉を傷付けても何も得られるものはないと、分かっていたのに、何故――。


伸ばしかけた手を動かすことも出来ず、蘭原は、怯える彩葉の前で立ち尽す。彼を尋ねてトレーニングルームに訪れた研本に頼まれ、RAISE内を回っていた猫吉がその後ろ姿を眼にしたのは、まさにその時だった。


「ああ、いたいた。おい琢也、研本教官が呼んで――」


それが最悪のタイミングであったと、誰が理解出来ただろう。猫吉が投げかけた言葉の意味など関係無しに、彩葉は限界を迎え――その場で激しく嘔吐した。


「あ、綾野井?!」


腹の中身を全て吐き出し、胃液までぶちまけながら、彩葉は尚も謝り続ける。

その意味も分からぬまま猫吉が教官を呼びに走る中、蘭原は、足元に落ちた会報誌に目を落すことしか出来ずにた。

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