FREAK OUT | ナノ


「精神的ショックでゲロったんだと。言われるまでもないだろうけど」


医務室に運ばれた彩葉の症状を簡潔に伝え、猫吉は中庭のベンチに腰掛ける蘭原の隣に座った。

普段こんな場所に赴くことなどないのに、逃げるように木陰の下に座り込んでいる彼の姿に、猫吉は肩を竦めた。


彩葉の取り乱し様が、余程堪えたのだろう。彼女をああしたのは、他ならぬ自分自身だというのに――否、だからこそ、蘭原は落ち込んでいるのだろう。

蘭原が思っていた以上に、彩葉の傷は深かった。愛の存在があって立ち直ることこそ出来たが、その心は未だ満身創痍で、彼女は今も、理不尽な暴力に怯えている。
それを痛感させられて、どうしたらいいのか分からなくて、こんな所に逃げ込んだのだろう。


あの蘭原琢也が、なんてザマだ。そう笑い飛ばせれば良かったのだが、事態は深刻だ。蘭原の人生に於いて、最大の危機と呼べる程に。

ある意味、これまでの帳尻合わせが来ているのかもしれない。そう思いながら、猫吉は廊下で拾った会報誌を見せる。


「原因、コレだろ」

「……持ってくるな、そんなもん」

「施設中に貼られてる。嫌でも目に入るぜ」


それでも見たくない、と言うように蘭原が俯く。


彼が目にしたくないのは、愛が偉業を成し遂げたことではなく、己の過ちだろう。

彩葉が愛の活躍に胸を躍らせることに堪え兼ね、彼女に暴力を揮い、酷く傷付けた。その幼稚さ、自らの器の小ささ、過去の行いを、蘭原は初めて悔いていた。


愛に敗れ、彩葉への謝罪を求められた時。彼は己の非こそ認めてはいたが、過ちを認めてはいなかった。弱い者が虐げられるのは必然。自分は自然の摂理に倣っていたまで。悪いのは、弱者で在り続けた彩葉である、と。

そんな蘭原が、彩葉への仕打ちを心から悔いているのは、彼女に想いを寄せているからに他ならない。


らしくもない。その一言に尽きる有り様であったが、猫吉は敢えて素知らぬ振りをすることにした。


「ま、今回は真峰のことで頭いっぱいで、お前にキレられることを考えられてなかったアイツの不注意だな。舞い上がって、いつも以上に気が抜けてたんだろう」

「……いつも以上?」

「前の綾野井は、俺らが近くにいるだけで警戒しまくって、こっちの気に障らないようにって気ぃ張って、ビクビクしてただろ。でも最近のアイツは、お前相手でも普通に話せるようになってるし、笑うようにもなってる」


蘭原は気付いていないようだが、彩葉は自分達の前でも気を抜けるようになっていた。
自分の意見を口にしたり、可笑しなことがあれば控えめならがに笑い、あちらから話し掛けてくることも多くなった。此方に害されることが無くなったのもあるが、彩葉が蘭原に対しある程度の信頼を寄せたからこそ、彼女は普通に振る舞うことが出来ていたと猫吉は思う。

彩葉なりに過去を乗り越えようと努力し、蘭原が彼女に対し誠実で在ろうとした結果、二人は被害者と加害者の境界線を越えた。

脈が無いのは確かだ。だが、償う余地は残されている。そう思えるからこそ、猫吉は遠回しに蘭原の背を押した。


「お前が絶対的な恐怖の対象であることには変わりないだろうけど、それでも、お前の前ではしゃげる程度には心を開いてたんじゃねーかな。まぁ、お前には関係ないことだろうけど」


彼は、蘭原琢也だ。傲慢で、不遜で、性悪で、強く、気高く、潔い。

後悔なんてらしくない。落ち込んでいる暇があるなら前へ進めと、彼の神経を逆撫でないよう言葉を選んで鼓舞した猫吉であったが。


「…………琢也?」


蘭原は無言のままに立ち上がり、猫吉を置き去りに走り出し、真っ直ぐに中庭を突っ切っていった。

余りに迷いの無いその足取りに呆気に取られ、反応が遅れた猫吉は、慌ててベンチから腰を上げ、彼の背中を追いかけていく。


「ちょ、何処に……琢也?!おい、ちょっと待てって!」

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