FREAK OUT | ナノ


不粋な真似をと咎めるような声が投げられた先に眼をやると、仕切り用カーテンの間から見知らぬ男が現れた。


端的に現すと、男は雪待とは真逆の印象を受ける出で立ちをしていた。
綺麗な七三分けにセットされた真っ黒な髪に、ノンフレームの眼鏡、きっちりと着こなしたスーツ。素朴な顔立ちに愛想の良い笑みを浮かべるその様は、営業マンを絵に描いたようだ。
へこへことして腰が低いが、背丈は殆ど雪待と変わらないだろう。ついでに、歳もそう違わないように窺える。


――彼は、一体誰なのだろう。


突然の来訪者に戸惑う愛の前に来た男は、胸ポケットから名刺を取り出すや、深々とお辞儀をしながら、恭しく挨拶をしてきた。


「初めまして、真峰愛様。私、雪待様の秘書をしております、貫田橋利正(かんだばし・りせい)と申します。以後、お見知りおきを」

「……秘書?」


手渡された名刺を受け取って見れば、其処には男――貫田橋の名前と連絡先に加え、雪待警衛事務所と記されていた。


FREAK OUTを離れた後、彼がフリーランスの能力者として活躍しているとは聞いていたが、事務所があって、秘書がいたとは。

意外だと驚いた様子の愛の傍らで、雪待が顔を顰める中、貫田橋は溌剌と自己紹介を続ける。


「はい!フリーランスとして活躍されております雪待様のスケジュール管理や、依頼人との交渉、送り迎えから、愛犬カマンベール様のお世話まで」

「愛犬……」

「ハウスキーパーの戯言だ、気にするな」

「ハ、ハウスキーパー?!ゆゆゆ、雪待様、なんてことを仰るんですか?!!」

「俺はお前を秘書として雇った覚えも、事務所なんてものを持った覚えもないと言っている」


余計なことを言うなと貫田橋を睥睨しながら、雪待は愛の手から名刺を取り上げ、あろうことかそれを容赦なく破いた。


恐らく、雪待の言っていることも貫田橋が言っていることも真実だ。

雪待は貫田橋をハウスキーパーとして雇い、家と仕事の雑事を任せ、貫田橋はそれを秘書の業務として請け負い、良かれと思って警衛事務所を作った。そんなところだろう。


それより気になるのは、愛犬カマンベール――もあるが、まずは彼が此処に来た目的だと、愛は混迷する頭を傾げながら尋ねた。


「えっと……。それで、貫田橋さんはその……何の為に此処に?」


雪待は、何時まで其処にいる心算だと言った。ということは、彼が貫田橋を呼んだと見て間違いないだろう。

だが、その理由が分からないと愛が疑問符を浮かべる中。ベッドから腰を上げた雪待が、その問い掛けに答えた。


「これから吾丹場に向かう。寮にあるお前の荷物を取る為にな。貫田橋はその為に呼んだ。勝手に踏み込んで、箪笥の中まで引っくり返す訳にもいかんだろう。荷運びはしてやるから、荷作りはお前がやれ」


今後、ジーニアスとして活動するのであれば、生活拠点は本部のある御田周辺になる。第五支部所員寮の部屋を引き払い、必要な物は此方に持って来た方がいいだろうと、雪待は吾丹場までの送迎に貫田橋を呼んだらしい。

眼を覚ましてから随分忙しなく事が運んでいるが、彼は自分が此処に運ばれてからずっと待っていたのだ。わざわざ此処まで来てくれた貫田橋にも申し訳ないし、雪待の言う通り、男性に箪笥を開けられるのは困る。非常に困る。

二週間程度しか住んでいないので大した物もないが、逆に言えば、あそこにあるのは凡そ必要不可欠な物ばかり。
早めに回収するに越したことはないかと、雪待に続いて腰を上げた愛であったが、此処で新たな疑問が浮上してきた。


「ところで私、次は何処に住めばいいんでしょうか……」


RAISEや第五支部では、寮が用意されていたので其処に住んでいたが、現在の愛は、何処にも所属していない状態だ。ジーニアス入隊も未だ正式に決定した訳ではないし、となると、御田近辺で家を探すことになるのか。

一応、実家の方は今も残っている。慈島が、徹雄が戻ってきた時の為にと管理してくれているとのことだ。
自室の家財は殆ど慈島の家に運んでしまったが、住めなくはないだろうし、どうしても必要な物があれば買い足せばいいか。と、一人で思案していた愛は、雪待から返された予期せぬ答えに眼を瞠った。


「正式にジーニアス入隊となれば、隊舎に部屋が設けられる。それまでは家にいろ」

「ゆ、雪待さんの家にですか」

「ああ。空き部屋が一つあるから、其処を使え」


雪待にその気が無いのは明白だが、一人暮らし――もとい、一人と一匹暮らしの男性の家に上がり込むというのは如何なものかと愛は悩んだ。

ジーニアスの隊舎に部屋が与えられるまでの間とはいえ、彼に其処まで世話になるのも申し訳ないし、短期間なら実家で過ごしていても支障は無い。最悪ビジネスホテルでも、と申し出ようとした愛であったが、雪待が有無を言わさぬ顔をしていたので、止めた。


「暫くは自宅待機だ。その間、家でも出来るトレーニングから、戦術学習、基礎の見直し……やれることをやれるだけやるから、覚悟しておけ」


未だ本調子ではない為、激しい訓練は出来ないが、時間は有効活用するに越したことない。
体を休めつつ、ジーニアス入隊に備え必要な技術や知識を叩き込むべしと、雪待は戦術顧問としてあれこれ考えているようだ。

早速、飴と鞭で言うところの後者が出てきたなと、愛は彼に蹴り飛ばされた時のことを思い出しながら、頭を下げた。


「……すみません、暫くお世話になります」

「よし。そうと決まれば行くぞ」


そう言って雪待は、再び愛を担ぎ上げようとして、運搬方法を変えてくれと言われたので、背負った。

一応、歩ける程度には回復しているが、雪待に運ばれた方が速いのは事実。それにすぐ車に乗るだろうし――と、思っていた愛は、カーテンの向こう側の光景を見て、あんぐりと口を開けた。


「こ、これは」

「僭越ながら、私の能力・虫喰みて(ワームホール)によって作り出したワープトンネルの入り口でございます」


其処にあったのは、穴だった。病室の中にぽっかりと空いた、空間の穴。ちょうど人一人が通り抜けられる程度の大きさのそれは、貫田橋が作ったものだ。

貫田橋の能力・虫喰みては、指定した座標に出入口をセットし、其処に通り抜け可能の空間領域を作る。例え出口が星の裏側であろうと、穴を通り抜ければ、すぐに目的地に到着出来る。移動に於いて至便の能力だ。


しかし、彼も能力者だったのかと愛は驚いた。
貫田橋の纏う雰囲気や態度から、本当に普通の秘書だとばかり思っていたし、雪待以外にフリーランスの能力者がいることをイメージ出来なかったのだ。


FREAK OUTに属さぬ能力者は全体の凡そ一パーセントと言われている。
この数値は、FREAK OUTに能力者であることが確認されていない者は含まれておらず、故に、能力者がFREAK OUTの外でやっていくことの苛酷さを如実に物語っている。

能力者が一般人として暮らすのは、今の社会では非常に難しい。フリークスと戦えるのは能力者だけ。その能力者が戦線を離れることを、世間は許してくれない。
人々の中にフリークスに対する恐怖心があり、絶望の象徴たるクリフォトが聳え立つ限り、能力者が普通の人間としてやっていくのは難しい。

かといって、フリーランスとしてやっていくのも容易ではない。
”帝京最強の男”という称号と、圧倒的な知名度を持つ雪待には、クライアントも惜しみなく報酬を支払うだろう。
だが、殆どのフリーランス能力者は厳しく値踏みされ、成果に見合わぬ金額で済まされることが多い。FREAK OUTの外側には、能力者の権利を守る者が存在していないからだ。


こうした厳しい問題が山積みになっているからこそ、能力者達はFREAK OUTに納まっている。

国家機関であるFREAK OUTにいる限り、能力者は様々な保障を受けられるし、安定した賃金も得られる。
だから、余程の事情や理念が無い限り、FREAK OUTの外部で、能力者としてやっていこうとする者は、まずいない。

そうした背景の元に叩き出された一パーセントが、目の前に二人もいるというのは、今尚信じ難い事実だ。
尤も、雪待の方は直にFREAK OUTに復帰することになるが――貫田橋の方はどうするのだろうかと、愛は雪待の背中越しに彼を見遣った。

雪待がフリーランスを辞めても、秘書として働くのか。それとも、共にFREAK OUTに入るのか。はたまた、本当にハウスキーパーになるのか。
と、愛が出会ったばかりの相手の将来をぼんやり案じていていることなど露知らず。貫田橋はドアマン宛らにワープトンネルの前に立ち、雪待が通り易いようにとトンネルの幅をぐにゃりと広げる。


「出口は吾丹場、第五支部所員寮前に繋がっておりますが、他にお立ち寄りされたい場所等ございましたら何なりとお申し付けを。あちらに車を用意してますので、其方でお送り致します」

「……立ち寄りたい、場所」


思えば、眼を覚ましてから吾丹場がどうなったのか、何一つ情報を耳にしていない。

所長であった栄枝を始め、多くの所員を失い、残された第五支部の面々も、生き延びた市民達も、未だ生々しい戦いの爪痕に喘いでいることだろう。

眼を閉じれば浮かぶ、惨禍の跡。その中で真っ先に過った場所を、愛は貫田橋に伝えた。


真の”英雄”として踏み出す為に、自分は知らなければならない。

己の力不足が招いた結末を。救えなかった者達の行き着く先を。そして、残された彼のことを。


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