FREAK OUT | ナノ
「パパが……貴方の師匠」
「……今から二十年前、俺が七歳の頃だ」
唖然とする愛の隣に腰掛けた雪待は、二十年経った今も尚、色褪せることない記憶を浮かべながら語る。
真峰徹雄という”英雄”との出会いと、雪待尋という”帝京最強の男”の起源を。
「当時の俺は、自らの能力を制御出来ず、その力を危険視した上層部の決定により、隔離施設のシェルターに収容されていた。能力コントロールを身に付けるまで、決して外に出すなと……まるで化け物のように扱われていた。そんな俺を救ってくれたのが、徹雄さんだ」
其処は、最早凶悪と称するまでに強い能力を持ちながら、それを制御出来ない者や、戦いの中で正気を失った者、更生プログラムを受ける能力犯罪者、実験動物として捕えられたフリークス等が収容される監獄だった。
管轄部の管理下に置かれたその施設では、収容者は皆、自由も尊厳も無く。四六時中の監視、薬物を用いたセラピー、生体実験を強いられ、彼等はモルモットも同然であった。
それは当時、七歳という幼さで収容された雪待も同じで。
自分の力を恐れ、自らFREAK OUTに通報した両親に見捨てられた精神的ショックから立ち直れず。その影響によって暴走する能力で、シェルター内を氷漬けにしていた彼は、自分は此処から出るべきではないとさえ考えていた。
施設職員の制止を振り払い、シェルターに悠々と踏み込んできた彼が、手を差し伸べてくるまでは。
「あの人は、まだたった七歳の子供がこんな所に閉じ込められるのは可哀想だと……ただそれだけの理由で、俺に手を差し伸べてくれた。任務の合間を縫って施設に来ては、能力コントロールの手ほどきをして……時間があれば、家族や仕事の話をしてくれたり、遊びに付き合ってくれたり……。本当に、感謝してもしきれない程に世話になった」
手に負えるものではないと打ち捨てられ、危険物として隔離され、誰かに助けを求めることさえ諦めた。そんな雪待の孤独に寄り添ってくれた唯一の人物が、徹雄だった。
当時既に”英雄”として名を馳せ、脚光を浴び、多忙な日々を送っていながら、彼は度々施設に顔を出し、雪待の師として教えを施すのみならず。
気分転換にと持ち込んできたボールで遊んだり、本や菓子を差し入れたり、愛する妻や二歳になる息子、RAISEにいる一番弟子の話をしたりと、傷付いた雪待の心を癒してくれた。
それが、どれだけ嬉しかったことかと、雪待は痛切なまでに穏やかな笑みを浮かべる。
「俺が施設を出て、RAISEに移ってからも、FREAK OUTに入隊してからも、ジーニアスに配属されてからも……徹雄さんは俺を二番弟子として可愛がってくれていた。
家にも何度か招いてもらっていたし、お前が生まれた日も病院に呼ばれたから、俺はお前のことも知っているが……俺が真峰家に顔を出していた頃のお前は幼かったし、慈島に夢中だったからな。俺のことを覚えていなくても無理はない」
「ゆ、雪待さんもですか……」
いつか慈島に聞かされた、自分が生まれた時の話を思い返しつつ、愛は眉を下げた。
徹雄は人間関係が非常に広く、家には彼を慕う者がしょっちゅう尋ねてきていたので、幼い頃、数回顔を合わせていた程度の雪待を覚えていないことは致し方ない。とはいえ、父親の二番弟子であり、生まれた時から自分を知っている人物を殆ど覚えていないことが、申し訳なかったのだ。
幾ら雪待よりずっと頻繁に顔を出していたとはいえ、慈島のことはしっかりと覚えていたというのに。
尤も、その記憶さえ、自分は消してしまっていたのだが――と、愛が自己嫌悪に陥り始めたところで、雪待はそれを見透かしたように話を押し流した。
「まぁ、お前が俺を覚えていようがいまいが、どちらでもいい。俺はただ……あの人との約束を果たすだけだ」
「…………約束って」
俯きかけた愛が、僅かに上を向く。その、父親によく似た双眸を暫し見詰めた後、雪待は自らの手に視線を落とした。
幾度となく銃把を握り、故に、多くの物を取り零してきた。その無力な手を戒めるように力無く拳を握ると、雪待はかつての誓いを再び自身に突き立てるように口を開く。
「…………俺は、”英雄”にはなれなかった男だ」
数多の戦場を越え、無数のフリークスを屠り、幾つもの武勲を打ち立てて尚、雪待は”英雄”になれなかった。
彼のように在りたいと、ただそれだけを願い続け、戦って、戦って、戦って――その果てに全てを失って、雪待は痛感した。
”英雄”とは、如何なる絶望にも屈することなく、誰かの希望として戦い続けることが出来る者。だが、その為に必要な強さが、自分には欠落していた。”帝京最強の男”と言われながら、だ。
「”帝京最強”などと謳われながら、全てに背を向けた恥知らずの俺は……あの人のようになれない」
これ以上の皮肉があろうかと自嘲しながらも、雪待の眼は淀んでいない。
己の弱さを嘆くより、犯した過ちを悔いるより、打ち立てた誓いと使命を果たすべきだと、成すべき事を見据えた瞳は、真っ直ぐに愛を映す。
「だが、愛。お前は違う。徹雄さんの血を引いているからじゃない。強い能力に目覚めたからでもない。お前は……何度打ちのめされようと、それでも”英雄”でありたいと願い、”英雄”であろうと奮起した。それこそが、”英雄”に何よりも必要なものであるからこそ、俺はお前に全てを託すと決めた」
自分は、”英雄”になれない。だからこそ、この全てを”新たな英雄”の為に使おうと、雪待は心に決めた。
どれだけ傷付くことになろうとも、誰よりも何よりも強く在りたいと願い続け、本当の”英雄”を志す彼女に、全てを捧げる価値があると。そう確信したからこそ、雪待はFREAK OUTに戻ったのだ。
「この命も、この体も、俺という全て使い果たせ、愛。お前が真の”英雄”になる為に」
「………………はい」
それを受け入れるべきではないと思いながら、愛は頷いた。
自分が真の”英雄”になる為に、雪待が犠牲になるなど、あってはならないことだ。彼が、その全てを懸けるだけの価値が自分にあるとも思えない。
それでも、彼の想いを無下にしてはならないと思った。自ら礎になることを選んだその覚悟を、受け止めなければならないと思った。
彼が望む”英雄”とは、自分が目指す”英雄”とは、きっとそういうものだと、愛の眼は強い意志に燃える。その色を懐かしむように眼を細めながら、雪待は愛の頭を撫でた。かつて師が、自分にしたように。
「良い子だ」
”英雄”への道程の険しさは既に、彼女の骨身に染みているだろう。それでも頷き、共に歩んでいくことを決意してくれた愛を賞し、気恥ずかしそうにするその横顔を暫し見詰めていた雪待であったが。
「……で、お前は何時まで其処にいる心算だ」
「失礼致しました。大事なお話をされているご様子でしたので、お邪魔にならないようにと……」