FREAK OUT | ナノ



彼女は、花を愛していた。FREAK OUTでは、花は十怪を彷彿させる不吉なものとして忌避されていたが、それでも彼女は花を愛でていた。

巡回中、植え込みの花を見て眼を細めたり、子供のような顔で事務所の外に作った花壇の手入れをしたり、フラワーショップで買った花束を活けたりする彼女の姿は、所員達のみならず、市民達の記憶にも強く根付いていることだろう。

だからこうも、誰もが馬鹿の一つ覚えのように花を寄越してくるのだと、色とりどりの花々に囲まれた木製の十字架を前に座り込む男は、口元を歪めた。


「ようやくお目覚めですか、真峰愛」

「……彼岸崎さん」


相も変らず、皮肉めいた笑みを浮かべて振り向いた男――彼岸崎の有り様に、愛は胸を痛めた。

フリークハザードを起こした栄枝と、彼女の能力で眷属となった鬼怒川達との戦いで、彼が負傷していたのは覚えがある。だが、今の彼岸崎は、記憶に残る姿よりもずっと重傷で、腕や脚、頭部にまで包帯が巻かれている。


どうしてそんなことにと尋ねずとも、彼がそうなった理由は眼に見えていた。

今、目の前に広がるこの景色。これが答えなのだと、愛が胸の前で拳を握り締める中、緩慢な動作で腰を上げた彼岸崎は、傷だらけの顔で微笑む。あらゆる理不尽の果てに得たこの場所を慈しむように。


「酷い有り様だと思っていましたか?無理もない。あの”魔女”が生まれ、彼女の眷属達による市民の虐殺が行われた場所です。其処に”聖女”の墓など……踏み荒らされるのが道理。所員達にも、そう言われました」


此処は、嬲り殺しにされた”聖女”が”魔女”となり、フリークスに変貌した鬼怒川達が市民達を虐殺した場所だ。

雪待の能力によって作られた氷も消え、市民達の骸も片付けられ、今や荒涼とした景色だけが残る中。彼岸崎は此処に、”聖女”の墓として十字架を打ち立てた。


彼の受けた傷は、その対価であった。


愛は、切り刻まれたように痛む心臓を抱えながら、十字架の前に花束を置いた。此処に来る前、貫田橋に頼んで立ち寄った御田の花屋で買った物だ。

既に無数の献花で覆われた墓前に、花を供える。これが、彼岸崎の血によって築かれた物であることを噛み締めながら。


「栄――……サクリファイスは」

「貴方が気を失った後、到着したジーニアスが討伐を。……雪待尋は、貴方を連れて本部に行ってしまいましたので、全ての後始末はジーニアスに委ねることになりました」


アクゼリュスとケムダーが撤退した直後。気を失った愛を雪待が回収するのと入れ違うようにして、本部からの増援が到着した。

彼等は、雪待が仕留めた鬼怒川達の死体を片付け、氷漬けのまま放置されていた栄枝――もとい、サクリファイスを討伐した。


氷を砕き、解き放たれた”魔女”に総攻撃を浴びせ、最後は、その存在を抹消するかのように、死体を跡形も無く焼いてくジーニアスを、彼岸崎は、ただ見ていることしか出来ずにいた。


副所長としての責務を果たそうとか、せめて自分の手でとか、そんなことを考えられる筈もなかった。

愛した人の二度目の死を前にして、彼岸崎に出来ることといえば、彼女が最後の一欠片になるまで眼を逸らさずにいることしか無かったのだ。


「彼女が焼かれ、灰になっていく様を眺め、確信しましたよ。やはり彼女は……栄枝美郷は、”魔女”に違いないと」


此処には、墓標しかない。彼女であったものは何一つ残されていない。骨も肉も髪も、全て燃やされた。

だからこそ、彼岸崎は彼女の墓を此処に作りたいと願った。

忌まわしき”魔女”としてその生涯を終えた彼女を、”聖女”として葬る為に。彼女が人であった証を残す為に。彼岸崎は、糾弾も断罪も受け入れ、この場所を守り抜いた。それが、自分に出来る唯一の贖いだと。


「この堪え難い程の激情も、哀傷も……”魔女”が私に掛けた呪いでないのなら、説明が付かない。何物でもなかった、何処にでもいる少女を”聖女”に仕立て上げてしまった。その為に受けた呪いでなければ……一体、何だと言うのでしょう」


彼女が非業の死を遂げたのは、自分の罪だ。


あの時、自分が能力者であることを韜晦しなければ、彼女は”聖女”に祀り上げられることなど無かった。”魔女”に成り果てることも無かった。

両親の寵愛を受け、その力を隠しながら慎ましやかに生きて、フリークスとは無縁の暮らしの中で、人並みの幸せを得られていただろうに。有り得た筈の未来を、自分は粉々に轢き砕いた。

彼女を忘れられなかったのも、彼女を追ってしまったのも、彼女を愛してしまったのも、その罰だ。そうでなければならないのだと、痛ましき笑みを浮かべる彼岸崎に、愛は堪え切れず、声を上げた。


「……だから、罰を求めたんですか」


悲しかった。悔しかった。いっそ恨めしい程に。彼がこの選択をしてしまったことが、どうしても許せないと、愛は涙が溢れる眼で彼岸崎を睨めた。


「罪の所在は”魔女”にはない。此処で起きた惨劇の悉くは、自分が生み出したもの……そう言って、全ての罪を背負い、罰を受けることで貴方は……彼女に報いようとした。そうなんですよね」

「…………聞いていましたか」


此処に赴く道すがら出くわした第五支部所員に、愛は全てを聞かされていた。

彼岸崎が、アクゼリュスに唆され栄枝を殺し、鬼怒川達をも手に掛け、市民の虐殺を許したのは自分だと虚偽の申告をした、と。


あの場には、真実を見ていた市民達が何人もいる。栄枝を手に掛けながら生き延びた者など、鬼怒川達に殺された数より余程多い。それが虚言であると看破するのは容易だ。だが、FREAK OUTは真実を追求することを止めた。

FREAK OUTにとっても、吾丹場市民にとっても、第五支部所員達にとっても、彼岸崎一人が罪を被ることが最も好都合だったからだ。


所長である栄枝が、市民達によって嬲り殺しにされたこと。それによりフリークハザードを起こしたこと。”発芽”した所員達による虐殺が行われたこと。これらの不都合を抹消するのに必要な犠牲が彼岸崎一人で済むのなら、それに越したことはない。

何より、彼が自らそれを望んだのだ。断る理由はないと、FREAK OUTはこれを受諾し、彼岸崎の身柄は執行部隊パニッシャーに引き渡された後、処分が下ることが決定した。


判決は間違いなく、極刑だろう。真実を知らない者達が、彼岸崎の死による贖罪を求めるのは必定。真実を隠滅する為にも、彼岸崎は死を以て全てを清算しなければならない。

アクゼリュスに屈し、栄枝を惨たらしく殺した市民達。彼等を守らんとしたばかりに”魔女”となった栄枝。彼女の眷属として、市民達を惨殺した鬼怒川達。
彼等の罪を償う為に、”聖女”の名前を守る為には、これしかないのだと、彼岸崎は全ての咎を背負い、石と罵倒を浴びせられることを選んだ。

アクゼリュス達を取り逃がし、フリークハザードを防ぐことも出来なかった愛が、何一つ処罰を受けることが無かったのも、そういうことだったのだ。


「……これは、贖罪なんて清いものではありませんよ。言ってしまえばこれは……そう、心中です」


ぼろぼろと涙を零す愛を見て、彼岸崎は酷く穏やかに笑う。


自分が裁きを受けるのは必然だ。彼女を”聖女”の道に落し込んだ時からずっと、この体は罰を望んでいた。

何も恐れることはない。嘆くこともない。だから、貴方が泣く必要など無いのだと、彼岸崎は宥めるような声で語る。
自ら断頭台に向かう心境を。やっと眠りに就くことを許されたような、とても安らかな気持ちを。今となっては誰に咎められることもない、彼女への想いを。


「彼女を――栄枝美郷を”魔女”と呼んでいいのは、私だけ。私だけが知り得る彼女の魔性を、私は……この命と共に葬りたい。動機はそんな、くだらない独占欲ですよ、真峰愛。あとは……鬼怒川への意趣返しですかね。彼は彼女の手にかかって死にましたが……彼女の為には死ねなかった。あの世で会うことがあれば……さぞ嫉まれるでしょうね。はは、ざまあない」


”魔女”を抱き込み、その存在と共に死ぬ。そうすることで自分は、ようやく救われる。許されざる想いからも、彼女を喪った悲しみからも、犯した罪からも、その死を以て解き放たれる。

こんなにも喜ばしいことは無いと微笑む彼岸崎に、愛はこれ以上、何も言えなかった。


「……真峰愛。貴方がこれより志す道には、これまで以上の不条理が転がっていることでしょう」


彼岸崎が自ら犠牲になることを決意したのは、誰よりも何よりも、栄枝の為だ。だからこそ、彼岸崎は愛の罪さえも背負い込んだ。

愚かな程に、人々の平穏と幸福を願い、彼等にとっての希望で在りたいと戦い続けた”聖女”の想い。それは、誰かに引き継がれなければならない。
栄枝美郷という人間を風化させない為に。彼女が辿ってきた道が無価値で無意味な物に成り果てないように。

澎湃と泣きじゃくる小さな”英雄”に、託さなければならない。志半ばにして潰えた”聖女”の夢を、理想を、願いを。彼女が思い描いた未来へ繋げることが、FREAK OUT第五支部副所長として最後の仕事だと、彼岸崎は愛を喚起する。


「それでも貴方が”英雄”を目指すというのなら、覚えていてください。その身を挺し、守らんとした者達に裏切られ……それでも尚、”聖女”であり続けた……哀れで愚かな”魔女”のことを」

「彼岸崎さん、」

「……さようなら、”新たな英雄”」


世界を背負うには余りに小さなその肩を叩き、彼岸崎は”聖女”の墓を後にした。


もう、時間だ。せめて彼女と話をするまではと、執行部を待たせていたが、そろそろ行かなければならない。


彼岸崎は躊躇いのない足取りで歩み、最後に一度だけ振り向いた。

其処にいる筈のない”聖女”の加護が、彼女にあらんことをと祈りを込めて。彼岸崎は含蓄の無い満面の笑みで、別れを告げた。


「願わくば……貴方が掴み取る未来が、彼女の理想とする世界でありますように」


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