FREAK OUT | ナノ


間の抜けた声で驚嘆しながら、目玉を動かすと、其処にある筈の腕は関節部を境に消えていた。

と思えば、その光景を映し出す視界さえも塗り潰され、刹那、意識が途切れた。


体が、大きくよろめく。

背骨よりも大事な体を失ったかのように、揺らいだ巨体。それが倒れ込むより先に、支柱代わりにと地面から生えた木々が突き刺さる。

戦意を喪失しかけていた栄枝が、持ち直したらしい。


そう。栄枝は今まさに、恐怖の楔から解放されたところだ。よって、この体の上半分を持っていったのは、彼女ではない。
では誰が、と湧き上がる肉で作り直した目玉を剥いたところで、カイツールの視界に映り込んだのは、黒い羽根のような光の矢。

それが触れた傍から、再生しかけた体が蒸発するように消えていくのを見て、カイツールはようやく理解した。


自分の上体を消し飛ばした力と、栄枝の意識を取り戻させた少女の存在を。


「……なぁんだぁ。やっぱりもう一人いたのかぁ」


再生しかけた体をまた持っていかれては困ると、分厚く肉を盛った腕を盾代わりにしながら、カイツールは目の前に降り立った少女を見遣る。


近くに栄枝以外の匂いがあったので、誰か隠れているのは察していた。
しかし、これ程までの力を持った能力者であったとは。

こうして対峙してみても、華奢な容姿からは想像もつかない。本当に彼女の能力なのか、と疑心も湧いてくる。


だが、薄い背中から吹き出る黒い光の翼が、証明する。この少女が、十怪のカイツールに死をちらつかせた張本人である、と。


「……すみません、愛さん。助かりました」

「いえ……。カイツールをあそこまで引き付けてくださり、ありがとうございます。栄枝所長」


カイツールからすれば、人間など凡そ矮小に見えるが、それは一際、小柄な女だった。

体は何処も細っこく、四肢など如何にも食べ応えが無さそうなまでに華奢。こんな体でFREAK OUTとしてやっていけるのかと、要らぬ心配をする程度に、こじんまりとした少女。
それが、自分の体半分を持って行ってくれたなどとても信じられなかったカイツールであったが、彼女――真峰愛の眼を見た瞬間、腑に落ちた。


「……あれだけ削ったら、”核”も消滅したと思うんだけど」

「へっへ。確かに今ので一個持ってかれちまったよ」


真正面から自分と対峙しても尚、愛の眼光は鋭いまま。其処に一切の曇りも、鈍りもない。
おまけに、此方の再生力に臆すどころか、不服げな色さえ顔に浮かべている始末ときている。

カイツールはその意味を考えることさえしなかったが、第五支部のトップである栄枝が先に仕掛けてきたのも、愛を前にすると、今更になって頷けた。


現状、自分を打破出来る可能性を最も有しているのは、彼女だ。
要注意人物として挙げられなかった顔だが、愛こそが第五支部の隠し玉であり、切り札と見て間違いないだろう。
現に、さっきの攻撃で”核”を一つ削ぎ落とされてしまったのだ。

カイツールは再生したばかりの頭部を傾け、首の骨をごきこぎと鳴らしながら、自嘲めいた笑みを浮かべた。


「へっへへ、まさかこんな能力持ってる奴がいるとはなぁ。油断しちまっ……」


言い切るより早く、頭が再び消し飛んだ。

今度のそれは、第一撃より小規模のものであったが為に、頭が消える程度で済んだが。触れたものを全て、無条件で消滅させる能力とは厄介だ。

続けて放たれる攻撃を、膨張する肉の壁で防ぎながら、カイツールは喜悦を溶かした息を吐いた。


「お前も、可愛い顔しておっかねぇなぁ。へっへ、けど、そういう女ほど壊す時楽しいんだよなぁ」

「……コイツ」


フリークスは、一体につき一つ”核”を有している。

ところが、≪花≫クラスのフリークスになると、彼等は蓄えた膨大なエネルギーを分割し、”核”を複数個作り出すことが可能になる。

フリークス共通の、唯一にして最大の弱点である”核”。それを分かてば、討伐されるリスクも必然低減する。


例えば先程のように、慢心しているところに思いがけぬ痛撃を受け、”核”が消滅しても、他の”核”が存在していれば再生出来る。

”核”が一つでも残っていれば、フリークスは戦える。尤も、”核”の中に蓄積したエネルギーを使い果たしてしまえば、肉体を再構築することも出来なくなるが、凡そそうなる前に決着はつく。


人間は、脆いものだ。頭蓋骨を破られれば斃れ、血を流し過ぎれば斃れ、腹が裂ければ斃れ、首の骨を折られれば斃れ。どれだけエネルギーが有り余っていようと、フリークスのように再生することは出来ない。
体力の底が見えるのも早く、十怪の蓄えたエネルギー全てを消費させるまで戦える者など、皆無だ。

だからこそ、十怪を相手に持久戦を挑もうなど考えてはいけない。
最大火力を以て、短期決戦で挑み、とにかく”核”を破壊し尽くすことに専念する。それが、十怪討伐のセオリーだ。


と言っても、そんなものは限りなく理想論に過ぎない。

相手は、化け物を極めた化け物だ。パワーもスピードも体力も、全てが比にならない領域に、彼等は存在している。
此方がどれだけ死力を尽くしても、彼等は限りなく無尽蔵に傷を癒し、一撃一撃が致命傷になる猛威を揮い、襲いかかって来るのだ。思い描いた通りになど、なってくれやしない。


それでも、自分達が十怪相手に出来ることなど、決まっている。

持てる力全て使い、ぎりぎりの死線を掻い潜りながら、蜘蛛の糸より遥かにか細い勝機を掴み取る。それしか出来ない。それしか、許されていない。


「愛さん……私が奴の動きを出来る限り抑えます。その隙に、愛さんは力を蓄えて……最大出力の攻撃を」


絶対的な絶望の中に落ちながら、愛の助力により其処から這い上がって来られた栄枝は今、自分自身でも驚くくらい、冷静さになっていた。


――この感覚を、彼女は知っている。


今日まで幾つもの戦場に立ち、数多のフリークス達を屠り、時に絶体絶命の危機に瀕しながら死線を掻い潜ってきた。その壮絶な戦いの記憶の中に、この感覚は強く存在していた。


「生半可な攻撃を続けても、奴は全く堪えません。それに……貴方の能力は長期戦に不向きです。あと二回……可能であれば三回、最初の一撃と同等の攻撃で、奴の”核”を消し去ってください。カイツールが幾つ”核”を有しているか分かりませんが……”核”が消えればそれだけ弱体化します。そうなれば、後から来るジーニアスや、私や鬼怒川さん達で、あいつを倒すことが出来る筈です」


人が死を受け入れるには、幾つかのプロセスがあるという。

死を否定し、憤り、生に縋らんと足掻き、自棄になり――やがて人は、自らの死を受け入れる。


そうして人は、何物にも脅かされることのない境地へと至る。

明確な形の無い死も、そんな漠然としたものに対する恐怖も、その領域には存在しない。其処にあるのは、ただ一つ。自己。それだけだ。


己の体、己の心、己の精神。それらは、人が生きていく上で不可欠なものでありながら、人が生きていく上で強く認識されることのないものだ。

だが、人々はそんな、常日頃曖昧にしか捉えられないものに固執し、それらを失うことを恐れる。それこそが、自分の生の証明であることを、本能的に知っているからだ。


死を受け入れるということは、それを捨て、自らを手放し、己を構成していたものの全貌を知るということだ。

近過ぎて見えなかったものが見えるように。人は死を受容した先で、初めて生を直視することが出来るのだ。


「落ち着いて、貴方が意識を保っていられる限界の手前で力を留めてください。攻撃の大きさは、万が一外した場合のリスクとイコールです。自分の体力を弾数と考えて……冷静に見定めてください。例え目の前で私が倒れても……奴を打ち倒す一撃に繋がると判断したのなら、迷わず見捨ててください。そうならないよう……私も、努力しますので」

「……所長」


カイツールという強大な敵を前に恐怖し、死の迎え仕度をしてしまった栄枝は、今まさにこの境地の中にいた。


――自分は、自分自身で思っていたよりもずっとちっぽけな存在だ。

部下達を前にあれだけ勇んでおきながら、負けられない戦いだと分かっていながら、カイツールを恐れ、立ち止まってしまった。

本当に情けない。このままでは、こんな自分を信じてくれた人々に申し訳が立たない。

彼等の期待を裏切り、守るべきものをフリークス達に脅かされるくらいなら、当たって砕けて死んだ方がマシというものだ。


そう。死ぬくらい、なんだというのだ。死ぬより余程恐ろしい未来が待っているかもしれないというのに。たかだ死ぬくらいのことに怯えて、竦んで、どうする。


そんな想いに駆り立てられ、恐怖に凍てついた体は熱を取り戻し、彼女を再び戦いへ導く。


「行きます!!FREAK OUT第五支部、栄枝事務所!!敵の首魁……十怪のカイツールを討ち倒し、勝って凱歌を上げよ!!」

「――はい!!」


戦意は、伝染する。

栄枝の喊声に鼓舞され、愛は弾かれたように跳躍し、再びカイツールへと向った。


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