FREAK OUT | ナノ



「全く……これ程の同時多発侵攻を予知出来ないとは……”先見の巫女”は何をしている」

「事前に分かっていればもっと早く避難出来ていたものを……神室め。いよいよでかい顔をしていられんぞ」


窮地の中に在る時は、まるで子羊のように狼狽えていたというのに、安全圏で高みの見物を決め込めるとなったらこれだ。

上等な酒のボトルまで開けだして。危機感というものをこうも容易に落とせるとは、逆に畏れ入る。


フリークスの大規模侵攻に狂騒とする戦線から逃れ、化け物の手が及ばぬところまで戦々恐々としながら避難する過程で、危険意識やら恥やら、色んなものを置き去りにしてきたのではないか。彼等が見捨ててきた人、共々。

男は、厳重な警備システムと、必要以上に配置された警衛によって守られた高層ビルの上階で、金と権力で安全を掻き集めた者達を睥睨しながら、紫煙を吐き出した。


「しかし、君との契約期間中で助かった。やはり雇うべきは、FREAK OUTなぞより融通の効くフリーランスに限るな」

「…………」


返す言葉は不要と見做し、男は黙って煙草を燻らせる。


無愛想な奴だと睨まれようと、どうだってよかった。

愛想良く媚び諂うのは、何かを補いたい者のすることだ。人が人を持ち上げる時、其処にあるのは凡そ尊信や瞻仰ではなく、不足だ。
その穴埋めをする為に必要なものを相手が持ち合わせているから、人は頭を下げたり、相手を持て囃したりする訳だが。この男が、彼等のような金持ちのお偉いを相手にするのに、足りないものなど無かった。

故に、男は呑気にブランデーを啜り始めたクライアント達を、温度の無い眼差しで見遣りながら、一人壁に凭れるようにして佇んでいるのだが。
それに眉を顰めるものはいれど、彼の態度を咎める者は無く。男達は豪奢なソファに身を委ね、携帯端末で現場状況を眺めた。


「御田、嘉賀崎、如月……そして吾丹場か。これだけ一気に襲撃されるとは……損失は馬鹿にならんな」

「だが、同じ数のフリークスが一ヶ所に攻め込むより、被害は比較的軽くなったのではないか。徹底して御田を潰されるより、嘉賀崎や如月に幾らか痛手を負ってもらった方がマシとも言える」

「確かに。その観点でいけば、十怪が吾丹場に現れたのも、不幸中の幸いと言えるな」


今回の侵攻に於けるフリークスの総数は、かつて超大型フリークス・ラジネスの襲撃時にも勝る。が、今回フリークス達は、各地を同時に侵略している為、一ヶ所に於けるフリークスの数は、手の打ちようがある程度に抑えられている。

これにより、民間への被害は軽減され、戦地となった市街への損失も緩和されているのだ。此度の襲撃が同時多発であったことは、勿怪の幸いと言えよう。


しかし、相手の戦力が分散されていることで、一ヶ所に兵を集められず、人手不足による能力者への負担は大きい。万年人手が足りていない嘉賀崎など、今頃大惨事となっていることだろう。

尤も、それでくたばるような連中とは思えないが――と、男は他人事のように聞き耳を立てながら、窓の向こうを眺めていた。


「吾丹場は栄枝美郷の管轄だろう。”聖女”は確かに優秀な人材だが……支部長になってから日も浅く、未だ十怪と対峙したことはないのだろう。果たして彼女に、十怪を止めることが出来るのか?」

「今、吾丹場には、かの”英雄”の娘がいるとのことだ。かつて単騎で十怪を倒した真峰徹雄の血を引く期待の超大型新人……確か、愛といったか。栄枝では今一つ頼りないが……”英雄”の娘がいれば、もしかするかもしれんな」


この時。呑気に談笑を交わす男達は、誰も気付けなかった。

サングラスの下に隠されたエメラルドグリーンの瞳が見せた揺らぎにも。纏う空気の変化も。

彼が何も言わず、躊躇の無い足取りで部屋を出ようとするまで。誰も、彼変調を察することが出来なかった。


「おい、何処へ行く」

「……外だ」


ハンガーラックから、季節外れも甚だしいコートを持ち出した男は、ざわめくクライアントに一瞥もくれることなく、この場を後にするのに必要最低限の言葉を吐き出す。


――此処で徒に時間を浪費していても、構わないと考えていた。

事が治まるまで、金持ち共のお守り役として佇んでいれば、それでよかったのだから。命令が下されるまでは、自ら戦場に赴いて、事態の鎮静化に努めようなどとは思っていなかった。


だが、男は傍観者でいられなくなった。


「俺の仕事は、あんた達の護衛だ。あんた達を脅かす要因を片付けること……それこそが本分だろう。高い金を貰っているんだ……成すべきことは成す。それが客への礼節だ」


らしくもなく、如何にもな言葉を並べて、自ら背を向けた戦場に赴かんとする男に、クライアント達は狼狽した。


此処は侵攻を受けた都市部からはそれなりに距離があるのだ。取り零されたフリークスがいたとしても、こんな所までわざわざやってくる可能性は低いだろう。
外とビルティング内には警備員に加え、フリーランス能力者が十数名、配置されている。もしもの事があっても、対処してくれる筈だ。

であれば、可及的速やかに事態を収束化する為にも、万が一の事が起こらないようにする為にも、彼の言う通り、自分達を脅かす不安要素の排除に向ってもらうのがベターと言えよう。

それでも、彼を手放すことに対し、クライアント達は抵抗感を持っていた。


「じゅ……十怪と対峙する気か?」

「幾ら”帝京最強の男”と言えど、一人で十怪討伐など……」


敵は、天災級の化け物・十怪だ。
その脅威を目の当たりにしたことがない彼等でも、今日まで十怪と呼ばれるフリークスの齎した被害の規模から、それが如何に恐ろしいものであるかは心得ている。

故に、彼等は”帝京最強の男”が、十怪の手によって屠られる事態を恐れた。


かのフリークスは今、”聖女”と”新たな英雄”が相手取っているので、実際に彼一人で十回の相手をするということにはならないだろう。

彼が現場に到着するまでに戦いが終結している可能性もあり得るし、彼女達が十怪を弱らせてくれている分、討伐の成功率は上がっているに違いない。

だとしても。相手が数多の人と能力者の屍の上に立つ、超級の化け物・十怪である以上、希望的観測は出来ない。


もし此処で、”帝京最強”の名を冠する彼を失えば、フリークスの撃滅、人類の勝利は更に遠退くことになるだろう。

彼が生きれいれば倒せた筈の敵、救われた筈の人民、被ることのなかった損失のことを思えば、今回わざわざ首を突っ込ませることはないだろうと、男達は彼の申し出を快諾出来ずにいた――だが。


「”帝京最強”が、RAISEを出たばかりの新人に劣ると?」


放たれた絶対零度の視線と声に、彼等はそれ以上、男を引き止めることは出来なかった。


これ以上此処に留めておくというのなら、今この場で全員葬り去ることも辞さないというような気迫。恐ろしく研ぎ澄まされた鋭利な決意。

それはクライアント達を腹の底から畏怖させると同時に、敵対者を前に刃物を握っている時のような歪んだ安堵感を与えた。


「……そうだな。かの”英雄”のいた時代に最強の名を冠した君だ。”英雄”の成し得た、単騎十怪討伐も……君に出来ない道理はない」


彼は、真峰徹雄のいる時分に最強の称号を得た男。”英雄”に勝る力を有し、”英雄”を越える強さを有し、全ての能力者の頂点に君臨した存在。
十怪が化け物の中の化け物であるのなら、彼は能力者の中の能力者。

元FREAK OUT・ジーニアス所属。超低温の世界を統べる冷気使い。彼が、彼こそが”帝京最強の男”――。


「行ってこい、雪待尋。帝京が誇る最強の能力者よ」


コートの裾を凍てつく風に靡かせながら、彼は発つ。

その双眸に、かつて置き去りにしてきたもの達を見据えながら。最強にして最悪の男は、戦地へと向かう。


「お前こそが、真の”英雄”だ」


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