FREAK OUT | ナノ
木漏れ日に手を透かすと、血管の奥にまで届くような強い陽射しの熱を感じる。
日を追うごとに激しくなっていった暑さも限度を迎え、猛暑日が連続するようになって幾何。
気が付けば、八月も折り返し地点まで来たものの、まるで衰える気配のない暑さに参ってしまいそうだと小さく息を吐くと、ふいに頬の横を冷気が掠めた。
「水分補給は大切ですよ、愛さん。能力者たるもの、フリークスにも暑さにも負けてはいけないのです」
「栄枝所長、」
目を其方に向ければ、子供のように悪戯っぽく笑う栄枝の顔と、ペットボトル入りのスポーツドリンクに迎えられた。
今日は朝から市内巡回で、各地を歩き回っている。
フリークスに出くわす前に、暑さに参って倒れてはいけないと、度々水分補給をしていたものの、炎天下に堪え兼ね、手持ちのタンブラーの中身は、とうに飲み干してしまっていた。
そろそろ何処かで、追加の飲み物を購入しなければと思っていた矢先の小休憩。ベンチで少し足を休めてから近くで自販機を探そうと思っていたところで施しを受けたので、愛は歓喜に目を細めながら、栄枝に頭を下げた。
「すみません、ありがとうございます」
「いえいえ。お礼でしたら、鬼怒川さんに言ってください。今日は彼のおごりですので。ね、鬼怒川さん」
そう言いながら、缶入りのアイスカフェオレを頬に当てた栄枝に、鬼怒川は無言で会釈した。
その傍らでは、意気揚々とコーラを開ける蜂球磨や、全く同じ感覚でミネラルウォーターを飲み進めていく櫓倉姉妹の姿が窺える。
彼等の分も、鬼怒川が自腹を切って支払ったのだろう。
恐らく、自分がタンブラーの中身を飲み干したことに気が付いた栄枝が、自販機で飲み物を購入しようとしたところ、此処は俺がと名乗り出て。
そこを蜂球磨に付け入られ、何だかんだで全員分の飲み物を奢らされた……ということだろう。
上機嫌でコーラを呷る蜂球磨を見る鬼怒川の眉間が、恐ろしく顰められているのは、多分そういうことだ。
愛は、何だか申し訳ないことをしたと思いながら、せっかくなので有り難く頂戴しようと、スポーツドリンクを乾いた喉に流し込んだ。
ゴクゴクと可愛げのない音を鳴らし、一気にペットボトルの半分近くまで飲んでしまったが、生命維持に必要なことだと思えば、目を瞑ってもいいだろう。
「……今日はまた、一際暑いですね」
「本当にね。熱中症で倒れている人がいないといいのだけれど」
隣で缶のプルタブを開けた栄枝は、良く冷やされたカフェオレに舌鼓を打ちつつ、木漏れ日を仰いだ。
温く吹き抜ける風に擦れ合う木の葉と同じ色をした髪は、木陰の下で、より神秘的な色合いを生む。
葉陰と重なり深みを増した深碧と、射し込む僅かな光を受けて、眩く光る若草色。それがそよぐ様など、まるで絵画の世界に入り込んだような神聖さを覚える。
「でも、いい天気です。絶好の洗濯日和ですね」
吾丹場に来て二週間が過ぎるが、未だに栄枝の持つ聖性には、息を呑む。
普段は何処か抜けている栄枝だが、ふとした時、彼女が見せる”聖女”の顔に、愛は感嘆した。
こんな風に、名前も知らない誰かの平穏を想い、睫毛を伏せる時の横顔など、額縁に入れて然るべきだと心から思ってしまう。
それ程までに清らかで、淑やかで。こんなにも美しく清廉潔白である人が、本当に存在しているのだなと、時たま夢を見ている気にさえなる。
思わず見惚れて、暫く呆けて。愛はハッと、熱くなった顔を隠すように、頬にペットボトルを宛がった。
――急冷。急冷しなくては。
照りつける太陽光を受けたのもあって、火照る頭をクールダウンせねばと愛が縮こまっている横で、栄枝はまた、あどけない笑みを浮かべる。
「今日の巡回が終わったら、皆でいつもの喫茶店にいきましょう。店長さんから、フラッペの新作が販売されたとのご連絡を受けましたので、是非是非」
「おっ、いいっすねー!ちょうど俺も、あそこのコーヒーフロート飲みたかったとこです!」
「蜂球磨ぁ。お前は先に事務所に戻って報告書だ。こないだの討伐記録、まだ出してねぇだろ」
「そ、そんなぁ!!あんまりですよキヌさん!!ねぇ、美郷さん!?」
「んー……どうしましょうかねぇ」
「美郷さぁあん!!」
「ふふふ、冗談ですよ」
常に”聖女”然としているのではなく、普段は何処か稚けないところがあるからこそ、ふとした瞬間に惹き付けられるものがあるのだろうか。
これが、所謂ギャップというやつなのか。
まるで異なる人となりの所員達に囲まれる栄枝を見ながら愛は、彼等もまた、こうして彼女に魅せられてきたのだろうと、もう一口スポーツドリンクを呷った。
「蜂球磨くんも、一緒に行きましょうね、喫茶店。ただし、帰ったらちゃんと報告書に取り掛からなきゃ、めっですよ」
「ありがとうございます!!俺、帰ったら今世紀に残るレベルの報告書出しますから!!」
「普通のレベルでいいから期限内に出せ」
「いでっ」
「さて。帰りの楽しみも出来ましたし、巡回を再開しましょうか。皆さん、あともう少し、お付き合いしてくださいね」
「ういっす!」
「「了解」」