FREAK OUT | ナノ


「”新たな英雄”真峰愛、快進撃。吾丹場市内に出現した≪芽≫を二体同時撃破!……だってさぁ」


FREAK OUT広報部が出す会報紙。その一面を飾る記事に目を通した芥花は、実に感慨深いものだと頷きながら、マグカップに注いだコーヒーに口を付けた。


「すんごいねぇ、めーちゃん。大活躍じゃん」

「ケッ。たかが≪芽≫を倒したくらいで大袈裟なんだよ。俺なんか初日で≪蕾≫と戦ったってーの」

「お前が戦ったのは分身で、直接仕留めたのは慈島だけどな」

「うるせぇ!とにかく、”英雄”の娘だからって、いちいち騒ぎ過ぎだっつーことには変わりねぇだろうがよ!」


愛がRAISEを卒業し、第五支部・栄枝事務所に配属されてから早二週間。
その間、配属初日の様子から、吾丹場での活躍が度々記事にされている辺り、上層部が彼女に掛ける期待値の高さが窺えるというものだ。

嵐垣の言う通り、”英雄”の娘だからと騒ぎ立てている節は否めないが、これで天狗になっている愛ではないだろう。


「まぁ、確かに過剰評価なとこはあるかもだが……けど、嬢なら近い内に、それに見合うだけの働きをしてみせるだろうよ」


彼女が此処を巣立ったのは、”英雄”の名を継ぐのではなく、自らを”新たな英雄”として叩き上げる為だ。
褒めそやされることを良しとせず、慢心することなく爪を研ぎ、父親の七光りと言われぬよう、吾丹場で懸命に戦っているに違いない。

嵐垣もそれを分かってはいるようだが、どうにも面白くないらしい。
ストローを挿した紙パックのオレンジジュースに息を吹き込み、ブクブクと音を立てながら、膨れっ面をしている。

芥花と徳倉は顔を見合わせ、これはいつもの発作だなと、肩を軽く竦めた。その時だ。


「徳倉さんの言う通りですわ」

「げっ……寿木永久子」

「そろそろ気軽に、お名前で呼んでくださってもよろしくてよ?嵐垣さん」


ひょこっと顔を覗かせ、会報紙を見遣る永久子に、嵐垣は露骨に顔を顰めてみせた。


思えば、彼女が此処に来て一ヶ月が過ぎるが、事務所内の空気は初日からまるで和らいでいない。

連続殺人を起こした能力犯罪者という経歴に加え、愛が襲われた件もあって、所長たる慈島が彼女を嫌忌しているので、当然といえば当然なのだが。永久子自身はそれを一切気に掛けることなく、飄々と過ごしている。

普通はなら、自分のせいで場の空気が悪くなったと気にするだろうに――いや。そもそも彼女は普通じゃないんだったと、芥花達が永久子の豪胆さに呆れを通り越して感心する中。
恍惚と会報紙を眺めていた永久子は、吾丹場で活躍する愛の写真を眺め、今にも蕩けそうな吐息を漏らした。


「はあん……愛さんったら、どれ程お強くなられたのかしら。わたくし、今戦ったら一瞬でボロ雑巾にされてしまうかもしれませんわね」

「勝手にされてろ、サイコ女。気持ち悪いからこっち来んな」

「まぁまぁ、ガッキー。トワちゃんは一応、俺達の仲間なんだから」

「仲間ぁ?正気かよ芥花。こいつは、女専門の連続殺人鬼だぞ?まさか、てめぇも金で買われたクチか?」

「んな訳ないでしょ。……まぁ、確かに眼を瞑り切れない点はあるけどさ。それでもトワちゃんはうちの所員で、貴重な戦力なんだから。無理に仲良くしろとは言わないけど、最低限連携が取れる間柄にはなっておこうよって話」


今、第四支部は、永久子に対し明確な敵対意識を持つ者と、そうでない者に二分されている。
慈島、嵐垣、咲は、殺人鬼に背中を預けることなど出来ないと彼女を忌避しているが、芥花、徳倉、賛夏は、割と普通に永久子に接している。

無論、彼等も永久子のことを信頼出来てはいないし、殺人鬼であることに目を瞑りきれてもいない。
それでも永久子を第四支部の仲間として扱っているのは、彼女が一能力者として優秀であり、フリークスを相手取るに辺り、貴重な戦力であるからだ。


彼女の能力は、単騎では火力に乏しいが、サポートに於いては非常に有能だ。
追跡、捕縛、妨害工作、エトセトラ。永久子の力は、万年人員不足の第四支部にとって、この上なく有り難いものである。

故に芥花は、彼女と上手く付き合っていくことは、結果的に自分達にとってプラスになるのだと説いているのだが、嵐垣は聞く耳を持たなかった。


「こないだも、トワちゃんの能力に助けてもらったでしょ?彼女の能力、かなり強力なんだし、ここは……」

「いらねぇよ。こいつの手助けなんか」


そう吐き捨てると、嵐垣は、輪から外れるように、何処なりと歩いて行った。

これ以上は不毛と判断したのか。はたまた、自分と同じく永久子を受け入れていない二人が、奇しくも揃って外に出払っているのに堪え兼ねたのか。
何れにせよ、もう構ってくれるなと言うように、嵐垣は空になった紙パックを握り潰し、それを乱暴にゴミ箱へと放り込むと、事務所の扉へと手を掛けた。


「俺は、一人でも戦える。殺人鬼の手なんか借りるまでもねぇ。こないだだって、こいつがいなくたって問題なかったしよ」

「まーた強がって……」

「強がってねぇよ。事実だボケクソ眼鏡。レンズ割れろ」


いつも以上に苛烈な言葉でそう捲し立てると、嵐垣は躊躇なく事務所を出て行った。

流石の芥花も、そこまで言うことないだろうという顔をしていたが、すぐに致し方ないことかと眉間の皺と伸ばし、溜め息を吐く。
そんな光景をソファに寝そべって悠々と眺めていた賛夏は、おやつのチョコレートプレッツェルを齧りながら見送った嵐垣の様子が、普段の三割増しでカリカリしていたことについて触れた。


「嵐垣さん、いつもより荒れてますねぇー」

「嬢が活躍してるの聞いて、疼いてんだろ。アイツ、嬢にだけは負けたくねぇ病だからなぁ」

「嵐垣さん、愛さんと何かありましたの?」

「まぁ、色々な。詮索すっとバチバチされっから気ぃ付けろよ、とわ公」


分かり易いくらい眼を光らせ、食い付いてきた永久子に注意を促しつつ、徳倉はすっかりぬるくなったコーヒーを啜った。

年頃の男子というのは、複雑なものだ。まさに一発触発。下手に手を伸ばせば、焼かれてしまうぞと徳倉が警告したにも関わらず、永久子には諦めの色が一切窺えなかった。


「あら、それは困りましたわ。わたくし、蓋をされたものの匂いを嗅ぎ分けたくなる性分ですの。その封が厳重であればある程……うふふ、燃えてしまいますわぁ」

「……成る程。慈島が匙を投げたくなる訳だ。とわ公、お前すげぇよ」

「ふふ。お褒めに与かり、光栄ですわ」

「ジョーさん、褒めてないと思うけど……って、そんなこと分かってるか」


永久子は利発な女だ。人の言葉に含まれた棘や毒が見抜けない質ではない。
こういう言い方をする時は、決まってわざと。確信犯だ。

本当に強かな子だなと芥花が感嘆の息をコーヒーと一緒に嚥下すると、永久子の金眼が、此方を映して光った。


「そういう芥花さんこそ……何かに蓋をされてませんこと?」

「……俺ぇ?」

「えぇ。わたくし、以前より芥花さんから、とても素敵な匂いがするのを感じてますの」


背筋に指を這わせるような声だった。

誰も触れることのないところをなぞり、皮膚の下、胸の奥に押し込めてきたものを暴き立てるような。そんな永久子の言葉を、芥花は敢えて茶化して返した。


「俺はいつでも、いい匂いしてるよ?お菓子とか、香水とか……あ、最近洗剤変えたから、その匂いもするかもね」


それは、言葉に含まれた意趣を理解出来る彼女に宛てた恐嚇だ。

自分が何かを隠し立てしていることが分かっているのなら。それを笑って誤魔化す意味も分かるだろう。
ならば、これ以上分け入ることも踏み込むこともせず、この流れに乗って洗い落とすべきだと眼を細めてみせた芥花だったが――。


「そんな言い訳をしなくても、よろしくてよ。わたくし、貴方のその秘密は、当分手を付けないつもりですから」


彼にだけ聞こえるようにと囁かれた言葉は、依然、喜悦に満ちていた。

永久子は、芥花が何を隠しているのかまでは見えていないだろう。
それでも、彼が自らの面の皮を剥いでまで包み込んでいるものの形くらいは捉えているのか。永久子はにっこりと口角を上げながら、彼の心臓に人差し指を当てた。


「勝手に暴き立ててしまったら、バチバチじゃ済まされなそうですもの」


どうして、よりにもよって其処を指してくれたのか。

芥花は、彼女の手によって”英雄”に仕立て上げられた少女の姿に苛まれてしまわぬよう、握り潰しかけた会報紙をテーブルに置いて、崩し損ねた笑みを浮かべた。


(彼女は、”英雄”になりたいと願った。私は、その手伝いをした。ただそれだけよ、想平)


それがあまりに罪深い色をしていたので、永久子も、徳倉も、賛夏も。誰もそれ以上を口にすることなく、話はそこで打ち止められた。


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