FREAK OUT | ナノ


それから、第四から第七班までの実習が行われた。

蘭原班に圧倒され、思うように動けなかった班。他に影響されることはないと、普段通り堅実にミッションをこなした班。
その何れもが、蘭原達には遠く及ばない結果に落ち着いた中、いよいよ愛と彩葉の番が回ってきた。


「さて、いよいよ”英雄”の娘の番か」


選択出来るスタート地点は三つ。最も安定した行動が取れる路上、見晴らしの良いビルの上、その中間を取った瓦礫の山で、何れも目標との距離は殆ど変らない。

班員は同一のスタート地点から出発する、という決まりは無く、各々の能力や役割に最も適したスタート地点を選ぶことが、今回の実習では許可されている。


自身に有利な地形を選ぶというのは、戦場に於いて重要だ。
接近戦に特化した能力者なら、地上から真っ直ぐに驀進。遠方からの狙撃や援護を役目とした能力者なら、高い所から周囲を見渡し、味方をサポート。
中距離を得意とする能力者、或いは、別行動を担う能力者なら、状況を把握し易い位置から己の役割を全うするのがベスト。
そうした自己認識を高める為に設けられたスタート地点選択だが、愛はビル、彩葉は路上と、別地点からのスタートを選んだようだ。

愛の能力は高い殲滅力を持つ。ビルを選んだのは、高所から疑似フリークスを探し、より多く点を稼ぎながらターゲットを目指すルートを見極めるのが狙いだろう。
その点は教官達の予想通りであったが、戦闘手段を持たないも同然の彩葉を一人路上から出立させるのは意外であった。


「事の発端を考えるなら、綾野井を何かしらの形で活躍されるだろうが……さて、彼女の能力をどう使うのか」

「と言っても、綾野井の能力は正直使い道が無いですからね……。身体能力に関しても、ダントツのドベですし……ぶっちゃけ、真峰愛一人の方が勝ち目があるのでは」


酷な意見のようだが、彩葉の実力を見ればそれも致し方なかった。

彩葉の能力は、誰の眼から見ても非力で、使い道に難儀する。戦闘は勿論のことだが、サポートでさえ難しいレベルだ。
そうした能力を持っていても、肉弾戦に特化していればある程度は戦っていけるものなのだが、彩葉は此方の才能も無かった。

覚醒の際、幾らか身体能力は向上したものの、元より運動音痴である為、彩葉は基礎訓練でさえ満足のいく結果を出せた試しが無い。
筋力、持久力、瞬発力――どれを取っても、彩葉は最低レベル。座学の方はそこそこ優秀であるが、所詮、そこそこ止まり。
彼女がRAISEに来て、彼是四年が経つが、教官も訓練生達も、何より当人が、彼女はFREAK OUTでまともにやっていけないと見切りを付けてしまっていた。


そんな彩葉でも、足手纏いと邪見にされる理由はないのだと愛は啖呵を切り、彼女と班実習に臨んだ。
よって、今回の実習は、愛のワンマンでは意味がない。彩葉が立派に行動し、ミッションクリアに貢献して、初めて愛は蘭原に勝てるのだ。

しかし、先の蘭原班の結果もあり、真峰班が勝利するビジョンが全く見えてこないと教官達が口々に愛の無謀さを嘆く中、指村は不安げな面持ちで流瀬を見遣る。


「うぅ……愛ちゃん、大丈夫ですかね、流瀬教官」


愛は、彩葉が虐げられていることを許しておけないと、蘭原に食ってかかった。

そんな彼女が、此処で敗北し、大口を叩いたところでこの程度かと後ろ指を指されることになると。そう考えただけで心臓が痛むと胸元を握る指村であったが、流瀬の方は淡々としている。


「さぁな」

「さぁなって、そんな」

「此処で蘭原に負けたところで折れる奴ではないだろう、真峰は。あれだけ大勢の前で大見栄切った分、恥をかくことにはなるだろうが……それは自業自得だ」

「で、でも、愛ちゃんは綾野井さんの為に!」

「誰の為であろうと、動機がどれだけ高潔であろうと関係ない。自分達の力量を見誤ったこと、それ自体が業だ」


流瀬の言うことは、正しい。

勝負を挑んだ時点で、愛は敗北のリスクを被らなければならなかったのだ。負ける可能性が高いなら、彼女はもっと慎重になって然るべきであった。
大衆の面前で高らかに宣言するのなら、確実に勝てる勝負を選ぶべきだった。彩葉と二人で挑むことを絶対条件とするのなら、陰で持ちかければよかった。
もしこれで痛い目を見ることになったのなら、それは調子に乗った罰に他ならないだろう。

勝てる見込みが無いのなら、尊大に振る舞うべきではない。負けたことで甚大な汚点を付けられるのが分かっているのなら、そもそも勝負を仕掛けるべきではない。
格好付けるのは大いに結構。しかし、それで返り討ちに遭っては、美談に成りえないことを理解すべし。ゆめゆめ忘れる勿れ。勝者とは、勝って初めて、正しく在れるのだ。

よって、本件については愛に同情する余地なしと断言する流瀬に、諌大路は思わず苦笑した。


「手厳しいな、流瀬」

「手抜かりなどしていられますまい」


此処で、指村は気が付いた。

一見、酷く冷淡にも思える物言いをしてみせた流瀬だが、彼女は愛が負けるとは口にしていないし、顔にも出していない。

蘭原班が高得点を叩き出した時でさえ、流瀬は愛を疑りはしなかった。まるで、こんな逆境、乗り越えられずして何が”英雄”かと言うように。流瀬は不敵に笑う。


「何せ彼女は……”新たな英雄”になる者ですから」




<ミッション、スタート>


号令と共にビルから飛び降りた愛は、地上で蠢く疑似フリークス目掛けて滑空せんと、翼を広げた。


英雄活劇(ヒロイズム)は、あらゆるものを消滅させる能力だが、着目すべきはそれを可能にする凄まじいエネルギーにもある。
黒光の翼は意図して羽ばたかせることでジェットエンジンさながらの推進力を生み出し、消滅の能力で重力を緩和することで、愛は空を飛ぶことが出来る。

地上からでも飛び立つことは可能だが、飛行より滑空の方が消費するエネルギーが少なくて済む。
スタート地点選択が出来たことは大きかったと、愛は路上をうろつく疑似フリークスへと瞬く間に距離を詰め――。


「英雄活劇」


自身を翼で包み込み、弾丸の如く疑似フリークスへと突っ込んでいった愛は、滑空の勢いを利用し、疑似フリークスの集団を瞬く間に葬った。

そのスピードに乗ったまま更に前へ前へと驀進し、道を削り、時に障害物さえも抉り取っていきながら、愛は辺りを徘徊する疑似フリークスを次々に殲滅していく。


「な……なんだよアレ!」

「あの野郎、猪かよ!殆ど轢き逃げじゃねぇか!!」


まさに猪突猛進。触れるもの全てを消し去る愛の疾走を止める者は無く、疑似フリークスは次々に斃れ、討伐ポイントカウンターがみるみる上昇していく。
実際に愛の能力を目にしたのは初めてである訓練生達は、その凄まじさに唖然とし、流瀬から話を聞いていた教官達も、これ程まではと思わず苦笑した。


「成る程。移動にかける時間を極限まで短縮し、その分を疑似フリークスの討伐に費やす作戦か」

「触れれば即消滅。その特性故に、捨て身で突っ込んでいっても問題無い訳だな」

「しかし、あれでは消費するエネルギーも大きいでしょう。常時能力を行使していれば、確かに真峰愛は無敵だが……凄まじい負担になる。あのままだと、すぐにバッテリー切れを起こすのでは」

「ええ。ですが、その辺りの計算を真峰は欠かしていないでしょう」


苦言を呈する教官に、流瀬はしれっと言い放った。
その言葉に合せるかのように、疑似フリークスを粗方削り尽くした愛は、地面にスライディングするように着地した。


「降りたぞ」

「空中戦の次は、地上戦か。しかし、いい場所で降りたものだな。この先は疑似フリークス大量発生地。おまけに、目標の家屋も近い」


愛が着地した場所から少し移動すれば、トラップの一環として用意された、疑似フリークス大量発生地がある。
ビルの上から辺りを見渡していた時に目敏く見付けていたのか。愛は道中に蠢く疑似フリークス達も、黒光の羽根を飛ばして討伐しながら、全力疾走で其方へと向かう。


大量発生地は、あまりに疑似フリークスの数が密集している為、クリアタイムを重視するのであれば此処は走り抜けるか、迂回することが推奨される。

更に、此処には統率者として≪蕾≫ランクの疑似フリークスが用意されている。
腕に自信のある者であれば、これを狙い、≪蕾≫討伐と同時に離脱することで高得点が望めるが、下手に手出しすると時間を食われる難敵だ。

愛の実力であれば≪蕾≫の疑似フリークスを短時間で倒すことも出来るだろうが、恐らく彼女は群がる疑似フリークス全てを討伐する気なのだろうと、教官達は全員察していた。


「あくまで真峰は討伐ポイント狙いか。まぁ、綾野井が討伐ポイントを稼げない以上は仕方ないが……」

「しかし、討伐に夢中になっているとミッションクリアまでに時間がかかるぞ。此処まで凄まじいスピードで来たとはいえ、地上に降りて戦い、救助へ向かうとなると……」


彩葉には疑似フリークスを倒すことが期待出来ない。≪種≫程度であれば、流石に勝てるだろうが、逐一相手にさせている時間が勿体ないだろう。

ならば、愛一人で疑似フリークス討伐に集中することで点を稼ぐのが妥当ではあるが、戦闘に感け過ぎるとクリアタイムが疎かになる。
幾ら愛が火力と機動力に富んでいても、ゴールまで体力を上手く使っていくことを踏まえ、彩葉の分も討伐ポイントを稼ぐとなると、そう時間は掛けていられまい。

さてどのような采配で蘭原班に挑む心算なのかと教官達が食いいるようにモニターを注視する中、愛は襲い来る疑似フリークスを半分程倒したところで、再度空中に飛び上がった。


「おっ、再び浮上したな」

「討伐に見切りを付けた、ということか?」

「…………いや」


空に浮かび上がった愛は、あろうことか背中の翼を巨大化させ、その場でぐるりと回転した。
そのバレリーナさながらの動きに合せ、膨れ上がった翼はバチバチと耳を劈くような音を立てながら辺りに拡散し、周囲に槍のような羽根の豪雨を降らせた。


「ギィイイイイイイイイイイイイイイ!!!」


疑似フリークスの断末魔、巻き込まれた瓦礫が崩れる音までも消し去っていく無慈悲な光の雨は、瞬く間に周囲を更地へと変えた。

ご丁寧に、物陰に隠れた疑似フリークスまでも貫き、≪蕾≫も見せ場無く沈黙。
一瞬にして綺麗に均されてしまった地面の上に、トンと降り立つ愛を見ながら、教官達は苦笑しながら冷や汗を流した。

この、やり過ぎなまでの圧倒的掃射。今回の実習では、近辺に民間人はいないということにしていたが――それにしても、思い切り過ぎている。


「……なんつー派手な技を」

「まさに必殺技、だな」

「感心してる場合ですか。あれはどう見ても、焦って無駄なエネルギーを消費した悪手でしょう」


しかし、愛のこの行動は評価としてはマイナスであった。

討伐ポイントこそ稼げたが、あんな大技を使っては、体力が持つまい。
未だ、救助対象の元にさえ向っていないというのに。高速クリアを目指すなら、此処は≪蕾≫だけ仕留めて進むべきであったと、教官数名は眉を顰める。


「広範囲の疑似フリークスは討伐出来ましたが、ペース配分がなってない。あれでは、救助に向かって救護テントに向かうまでに倒れてしま……」


が、そんな彼等の心中など知る由もないと言わんばかりに、愛は更にとんでもない行動に出る。


「嘘だろ、オイ!真峰のやつ、何やってんだ?!」

「まだ救助に入ってもいねぇのに、何処行こうってんだよ!!」


呆けていた訓練生達は一斉にどよめき、逆に教官達が言葉を失った。あろうことか、愛は、ほぼ目前となった家屋と反対方向へと走り出していったのだ。

そろそろ救護に向かわなければ、クリアタイムポイントが渋くなる。蘭原班に勝つのであれば、討伐に見切りを付け、対象の救護に向かうのが得策だ。
だというのに、愛は尚も貪欲に、片っ端から疑似フリークス達を潰していく。

もう蘭原には叶わないと諦めたのか。討伐ポイントで圧倒的な差をつけて、自分の力を誇示するつもりなのか。何にせよ興醒めと言わんばかりに、教官達は愛の行動に落胆した。


「彼女、まさかミッションを放棄して疑似フリークスを狩り尽くすつもりじゃあないでしょうな」

「それはそれで、ある意味伝説になるが……だとしたら、”英雄”の娘もたかが知れたな」

「自分の実力をアピールするのはいいが、それで本分を見失うようじゃ、能力者としてあまりに未熟だ」

「実習の何たるか……それを学ばせてから参加させるべきでしたね」


口々に愛の選択を批難する教官達に、指村は眉を吊り上げた。

RAISEに来てから、訓練も座学も死にもの狂いで打ち込み、今回の実習も必死に作戦を考えていた彼女の努力を知っている故に、指村は愛には何か考えがあるのだと声を上げようとした。

だが、指村が声を出すよりも早く、彼女の激情を宥めるように流瀬がポンと肩を叩いてきた。


「お前までもがどうしてそんな顔をする、指村」

「な、流瀬教官……」


言われて、自分も不安な面持ちをしていたのだなと、指村は少し俯いた。

愛が考えてきた作戦について、指村は何も知らない。本番まで秘密にしておかなければ印象が薄くなってしまうだろう、と愛が黙っていたのだ。
故に、指村も愛が何故、目標から離れて行ったのかが分からない。教官達の言うように、自棄になったりしてしまったのではないかと、心の中で疑ってしまったのは、事実だ。

それを看破され、後ろ暗い想いに項垂れる指村に、流瀬は揺るぎ無く、強い言葉を掛ける。疑うことなどない。お前の中にいるあいつを信じればいいと言うように。


「言っただろう。あいつは”新たな英雄”になると。それが、”英雄”としての本質を見失う訳がないだろう」


彼女が目指すは、”新たな英雄”。
父親のような人々に希望と救いを齎す存在になることを志してきた。そんな彼女が、此処で”英雄”としての箔が落ちるような真似をする訳がない。

流瀬はモニターの中で縦横無尽に駆け回り、次から次へと疑似フリークスを倒しては溜め息を吐かれる愛を見ながら、回顧した。


(これだけ緻密なコントロールが可能になったなら、他の生徒達と混じって訓練を受けてもいいんじゃないかしら)

(他の生徒達と、ですか)


あの時から――いや。それよりもずっと前から、愛は虎視眈々と待っていたのだろう。
たった一人で血反吐を吐きながら培ってきた力を披露する時を、人々に”英雄”が再び現れたことを知らしめる機会を。

そして彼女は、その一瞬に、より大きな衝撃を齎さんとしている。一見、愚行とも取れるこの行動も――と、流瀬は隅のモニターに映し出された映像に目を遣り、ニタリと笑った。


「まぁ、及第点と言ったところだな」


指村がその言葉の意味を尋ねるより早く、鳴り響くブザー音が一同の度胆を抜いた。


<ミッションクリア。第八班、クリアタイムは九分四十八秒。討伐ポイント、九十三点>


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