FREAK OUT | ナノ


そして迎えた、班実習当日。

何度も何度も練り直し、作り上げたプランは、確実にして完璧だ。
班員の能力をフルに発揮し、討伐ポイントもクリアタイムも最大限獲得出来る、最速最善の攻略法。これで負ける訳が無いと思いながらも、胸の奥に靄が掛かったような一抹の不安が残って止まない。

そんな班員達を引き連れて、蘭原は仮想フィールドに降り立った。


<班実習ケースF・仮想戦地に於ける民間人救出ミッション。Aクラス第三班、出動まで五、四、三、二、一……ミッション、スタート>


号令と共に速やかに、繰り返しシュミレーションした通りに動き出す。

一分一秒無駄にすることなく、可及的に、合理的にポイントを稼がんと、蘭原班は淀みなく、放たれた矢の如く突き進む。


「いつになくいい動きだ。蘭原め、真峰という天敵を得たことで一皮剥けたな」


モニタールームに集まった教官達も、普段の訓練では殆ど見られない本気の蘭原の姿に、感心していた。

正式なお披露目前に、”英雄”の娘が早々に騒ぎを起こし、同期一の実力者と激突。二人は班実習にて決着を付けることに――という一連の流れは、訓練生間のみならず、教官達の間でも広がっていた。

よって、モニタールームには時間の都合がついた教官達が押し寄せ、どっちが勝つか負けるかといった賭けまで始めている始末で。
しかし、まさか諌大路所長まで来るとは――と、いつになく賑わうモニタールームで、流瀬は低く息を吐いた。


冷やかしのつもりではなく、単に、次世代を担うエース的存在たる二人の実力を見たいのだと、諌大路は今回、わざわざ時間を作ってきたと言う。
真峰愛が勝つだの、いいや蘭原琢也だろうと賭けを始めている教官達とは動機も心構えも違うにしても、溜め息が出る。


あの時、自分が共に食堂に向かっていたのなら、こんなことにはならなかっただろう。
そう考えた傍から、遅かれ早かれこうなっていたという思考に押し流され、肺がどっと重くなる。

愛が父親から”英雄”の気質を、蘭原が両親から優れたる力を受け継いだ。この二つの事象が存在する以上、愛と蘭原の衝突は避けられない運命だったのだ。
そう思わされるから、全く頭が痛くなる。

流瀬は、ヒヤヒヤと蘭原班の卓越した動きを見遣る指村の横で、こればかりは二人を止められなかった彼女を責めても致し方あるまいと、何度めかの溜め息を零した。


「あいつは同期の中でも飛び抜けて優秀だ。故に、これまで何事に関しても本気で取り組むということが無かったが……ふむ、いい傾向だ」

「あんなに真剣な蘭原くん、見た事ありません」

「余程、”英雄”の娘に負けたくないようだな。……これも、血なんだろうか」

「……血、と言いますと?」


諌大路の意味深な呟きに、教官達の殆どが揃って彼に顔を向けた。


蘭原の両親については、彼等も知っている。それくらい、彼の親は有名で、有能な能力者だ。
母親も勿論だが、父親は特に名の知れた、腕利きの能力者で、知名度は”英雄”にこそ劣るが、それでもFREAK OUT内で聞いたことのない者はいないだろう程の人物だ。

それでも、教官達にはどうにも、諌大路の言うことがピンと来なかった。

愛に負けまいと蘭原が必死で励む所以が、血にあるとは、どういうことなのか、と。揃って小首を傾げる教官達に、諌大路は蘭原琢也のルーツを語った。


「蘭原の父親……蘭原統(らんばら・すべる)は、”英雄”・真峰徹雄の同期だ。RAISE時代から、彼をライバル視していて……真峰徹雄がジーニアスの総隊長に任命された時、『奴の部下となるくらいなら、≪種≫相手に負けたがマシだ』と言って、自らジーニアスを離れたくらいだ」


蘭原統――RAISE時代から頭角を現していた実力派能力者で、かつてジーニアスに所属し、戦線で多くの武功を打ち立てながら、”英雄”真峰徹雄の総隊長就任と同時に、ジーニアスを離籍。
執行部隊に異動した後、能力者を圧倒する能力者の育成に励み、数多の”執行者”を鍛え上げ、自身もまた、多くの違反者や能力犯罪者を摘発し、”処刑人”の二つ名を冠した。

自らが強者であることに絶対的な自信と誇りを持つ、高潔にして尊大。故に、誰よりも負けず嫌いで、冷血に見えてその実、熱血漢とも言える性分の男。それが、蘭原の父親。現執行部隊隊長、蘭原統であった。


「それでも真峰徹雄の方は、彼のことを良きライバルだと思っていたようだし、蘭原統も、彼を蛇蝎視していた訳ではない。蘭原統は真峰徹雄を眼の上のたんこぶと言いながら、心の底ではその実力を誰より認め、憧れていた。それでも噛み付いていたのは、性格の問題だろう」


彼の実力は、間違いなく本物であった。もし蘭原統が別の世代に生まれていたのなら、その世代で最も優れたる能力者として名を上げていたことだろう。
だが、奇しくも彼は、”英雄”真峰徹雄と時を同じくして、能力者として目覚めてしまった。

人々を惹き付ける圧倒的な力。誰もが背中を託したいと羨望する器と人格。それらを持ち合わせた、あまりに鮮烈であまりに眩い存在に、蘭原統は霞んでしまった。
光が、より強い光に打ち消されるかのように。蘭原統ほどの実力者でさえも、徹雄の前では影も同然であった。


それでも、蘭原統は決して屈することは無く、常に徹雄に噛み付き続けた。

負けてはいられない。彼の光に飲まれた時、自分は其処で、完全に消えてしまうのだとでも言うように。蘭原統は、どんな些細なことでも徹雄に食って掛かり、彼より勝ろうと躍起になっていた。

どれだけ敗北を重ねようと、あくまで自分達は対等であり、拮抗しているのだと頑なに譲らない蘭原統を、徹雄は互いを高め合える良きライバルとして認め。蘭原統の方も、徹雄は自分がより強くなる為に、強く在り続ける為に必要不可欠な存在として、彼のことを誰よりも評価していた。

それを知っているが故に、諌大路は蘭原の必死さを、血と称したのだ。


「蘭原統の性格からして、息子にそのことを話したことは無かっただろうが……子供の方は、父親よりも名声を受けている”英雄”を意識していただろう。彼は、父親のことを一級の能力者だと敬愛しているし……その血を引く自分が”英雄”を越えてみせるのだと、此処に来たばかりの頃、よく口にしていたと聞いている」

「そういえば……」

「では、蘭原くんがいつになくやる気なのは……」

「”英雄”の娘に負けられない、というのもあるだろうが……例の、食堂での騒ぎも一因だろうな」


髭を蓄えた顎を撫でながら、諌大路はモニターの中で、本当の命のやり取りをしているかの如く疾駆する蘭原を見遣る。


「これまで負け知らずだった蘭原が、あの時初めて、取って食われるかもしれない恐怖を知った。真峰愛に味わされたその感覚を、蘭原は払拭したくて堪らないんだろう。だから、遮二無二に、我武者羅に戦っている訳だ」


生まれながらに、蘭原は強者だった。

優秀な能力者の両親を持ち、能力者として、戦士として高い素質を持ち、熱心な母親の教育もあって、その才能は幼い頃から開花された。
勉学にしても、運動全般にしても、彼はその気になれば何だって出来てしまった。

そうして、五歳にもなる頃には、蘭原は自分が生まれつき絶対的強者であることを悟り、自身の所属するコミュニティに於いて、己が思う儘に振る舞い、力による圧制を敷いた。

皮肉なことに、彼は両親が持ち合わせていなかった支配者としての素質をも有しており、手駒を作ること、弱者を弄ぶことに長けていた。


その才覚は歳を重ねるごとに顕著なものとなり、十三歳のある日、能力に目覚め、RAISEに迎え入れられることになってから、彼の悪逆っぷりは更に磨きをかけられた。

親の眼が届かなくなったことと、何より、覚醒した彼が手に入れた能力が、凄まじいものであったことが、蘭原を有頂天にまで持ち上げてしまったのである。


「――胡蝶の夢(バタフライエフェクト)」


体から、金色に光る極小の、粉末にも等しい粒子を放出し、爆発を起こす。それが蘭原の能力、胡蝶の夢だ。

粒子の放出はノーモーション。放出量の調整、爆発のタイミング、更には起爆のオート・マニュアルの切り替えまでも行える。
粒子の量は多ければ多いほど爆発の威力が膨れ上がり、高層ビルを容易に吹き飛ばす威力から、小さな音を立てる程度にまで調節出来る。
火力、多様性、攻撃範囲。どれを取ってもあまりに優秀な能力で、蘭原は瞬く間に鉢植えの支配者として君臨した。

少し早くRAISEに来ていた同期生も、卒業間近となった訓練生達も、彼の敵では無かったし、蘭原自身、自分より優れた者が現れる訳がないとまで考えていた。

自分は、蘭原統の息子。何れ、彼が挑み続けた”英雄”さえも越える器なのだと。そう信じて止まずにいた彼が、今になって初めて知ったのが、恐怖だ。


(お前みたいなのが……私のお父さんとお母さんを語るな)


疑似フリークスとの戦闘でさえ鼻で笑い飛ばしたというのに。蘭原は、自分よりずっと小さな少女を相手に、体の底から竦み上がってしまった。


――殺されると思った。


もし指村が止めなければ、と。そう考えただけで今でも震えが走る程の殺意を、愛はその眼に宿らせ、蘭原は、今尚網膜に張り付いて離れない双眸に怯えた。

あんな眼、”英雄”の血を引く者がしていいものではない。あれは、容赦なく獲物の喉を食い破る獣の眼差しそのものだ。
思い出すだけで吐き気を催す程、蘭原は恐怖した。だが、彼はそれでも、愛に屈服することが出来ずにいた。


(何が何でも、何をしてでも、”新たな英雄”真峰愛の伝説に、クソ野郎共の鼻っ柱を木端微塵に叩き折ったエピソードを入れてやる。アンタらは、後世にまで語り継がれる私の活躍の中で、顔も名前も知らない人達に笑い物にされることに怯えてろ)


――ふざけるな。蘭原琢也ともあろうものが、お前のような奴の影に埋もれてなるものか。
称賛と喝采を受けるのも、伝説の人物として名を馳せるのも、お前などではない。この、俺だ。


生まれて初めて、絶対的な敗北を知った蘭原は、そのプライド故に、自ら折れることを許さなかった。

此処で力に屈しては、蘭原の名折れ。何れ”英雄”を越えるのだと豪語しておきながら、その娘に敗れるなど、あってはならない。
それまで、ただの慢心でしかなかった蘭原の誇りは、一度突き崩されたことで意地へと昇華し、彼の体を、未だかつてない熱意によって突き動かす。


「蘭原琢也……彼は、もっと強くなるだろう」


ミッション終了のブザーが鳴り響く。

他の訓練生が圧倒され、教官達も思わず感嘆の息を零す程に鮮やかに、蘭原班はミッションを終えた。

班実習では、緊急時の対応力を見る為、事前に知らされないトラップが幾つか設けられている。それらはパターンこそ決まっているが、全てランダムに発動する為、前の班を見ていても参考にならない。
だが、蘭原班は不測の事態に対しても取り乱すことなく、蘭原指示のもと適切且つ適確な行動を取り、殆どタイムロスも無く、終始動きを止めることは無かった。

誰の眼から見ても、見事としか言いようのない蘭原班の成果。その結果は――。


<ミッションクリア。第三班、クリアタイムは十分八秒。討伐ポイントは……八十八点>

「じゅ、十分代って……」

「一班、二班より十分以上早く終わらせやがったぞ、蘭原班!」

「しかも、討伐ポイントも他の班の倍以上稼いでやがる!」

「やっぱり、蘭原はすげぇよ……」


班実習ケースFの初回平均クリアタイムは二十分前後。平均討伐ポイントは三十点程度。

今回の蘭原班の成績は、FREAK OUT正規戦闘員レベル。実戦でも十分に通じることだろう。


「流石、蘭原統の息子……いや、流石、蘭原琢也と言うべきですね、今回は」

「他の班員も、蘭原の指示でいつも以上のパフォーマンスを発揮していました。一戦士としても、指揮官としても優秀だと前々から評価されていましたが……更に一皮剥けたように思えます」


適当にやっていても、真剣に取り組んでいる他の訓練生より良い結果が出せるが為に、蘭原の本気は発揮されることが無かった。
しかし、愛という大敵の出現により、彼は初めて全力で、己の持てるもの全てを使って、実習に取り組んだ。

常に真面目にやっていれば、一層腕に磨きがかかるだろうに勿体ないと、常日頃嘆いていた教官達が明るい顔をする中。ミッションを終え仮想フィールドから退室した蘭原班は、大いに賑わっていた。


「やりましたね、蘭原さん!」

「あともうちょいで十分切れるとこでしたけど……でも、練習の時より速かったし、討伐ポイントも稼げてますよ!」

「あそこで蘭原さんが指示くれたお陰ですよ!」

「これで負ける訳がないですって!」


取り巻き達もまた、蘭原に適当に従って点を稼いできた為、彼に尻を蹴られるようにして働いた成果が、想像以上に良かったことに歓喜した。

当の蘭原は、殆ど何も言わず、久方ぶりに掻いた汗をタオルで拭っているが、本気と努力に相応した結果に、内心充足感を覚えている。


共に戦った取り巻き達は確かな手応えに昂揚しているし、経過を見ていた訓練生達も、口々に蘭原を改めて評価している。

それでも、愛の表情に焦りの色が見受けられないことがどうにも引っかかって、蘭原は圧倒的な結果を得ても尚、勝利したという感覚を掴めずにいた。


「おい、てめぇら。蘭原さんに謝んなら今の内だぜ」

「あんたらこそ、原稿用紙云十枚分の謝罪文、私達の番が来るまでに考えておきなさいよ」


勝ち誇る取り巻き達に対し、愛は寧ろ俄然やる気が出てきたと言うように、腕をぐっと伸ばした。

あの結果を目の当たりにしても、彼女の戦意や自信は消えていない。それどころか、こうでなくてはと一層燃え盛っている様子さえ窺える。
さも、真の”英雄”は窮地でこそ笑うものだと語るかのように。愛は不敵な笑みを浮かべながら、隣に佇む彩葉の肩を引き寄せる。


「私達の番が来たら、あっという間に終わっちゃうから」


愛だけが負けを認めていないのなら、取り巻き達もまだ口を開けた。

だが、あの彩葉までもが敗北を認めていないような顔をしているのが、どうにも底気味悪く、取り巻き達は舌打ちを残し、二人から距離を取った。


「……負け惜しみだろ」

「ああ。たった二人で十分以内にミッションクリア出来る訳がねぇ」

「仮に出来たとしても、討伐ポイント不足は必須。俺達に追いつける訳がねぇ。ね、蘭原さん」

「…………」


蘭原の無言は、否定的でもなければ肯定的でも無かった。

正直、蘭原は今でも、”彩葉と組んだ愛”に負ける気はしていない。
一対一ならばいざ知らず、これは班実習だ。頭数でも、総合的な力でも、愛と彩葉は此方に劣っている。

取り巻き達は非常に良く動いてくれたし、結果もあの通り。あらゆる面で、愛達に負ける要素が見当たらない。だのに、どうしてこうも得体の知れない不穏に憑りつかれるのかと、蘭原は口を噤みながら、椅子の上に腰を下ろした。


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