FREAK OUT | ナノ


突如後方から聞こえてきた声に振り向くより先に、玖我山はガラティアを動かした。

直後、金属のぶつかり合う鋭い音が、街路に響く。その残響が消えるよりも早く身を翻し、玖我山はガラティアと刃を交える少女――永久子から距離を取った。


「あらら……まさか、もう既にいたとは」

「その体たらく……油断しましたわね、所長」


指示は出されなかった。が、見過ごしていられる事態でもないだろうと、自発的に影を飛び出してきた永久子は、ガラティアを弾くようにしながら後ろへ跳び退き、慈島の前へと着地した。

枝のような細い肢体の何処から力が出ているのか。体格差も物ともせず、此方とほぼ対等に切り合ってきた人形を見据えながら、永久子は小さく溜め息を吐いた。


――かつて自分を一撃で伸した腕が、ああもあっさりと切断されるとは。


能力犯罪者などあの程度と思い過ごしているのなら、それは遺憾なことだ。
あの時は、愛の力に気を取られていただけのこと。初めから、一対一で対峙していたのなら、ああはならなかったのだと、永久子は包丁を両手に構えながら、慈島に進言する。


「パンピーと侮る勿れ、ですわよ。私達、実戦経験は劣れども、貴方達と同じ、覚醒を経て力を手に入れた能力者でしてよ」

「……誰に物を言っている」


だが、慈島とて油断しきっていた訳ではない。玖我山を、所詮は野良能力者と見くびっていた訳でもない。
警戒はしていた。相手の出方もつぶさに窺ってはいた。それでも初撃を受けたのは、片腕一つ落とされるくらいならば、ダメージの内に入らないからだ。

低く息をすると、慈島は切り飛ばされた腕に力を込め――切断面から新たな骨肉を引き摺り出すようにして、新しい腕を生やした。


「思っていたより鋭い一撃だった。……だが、次はない」

「……流石、”怪物”。腕を落したくらいじゃダメージの内になりませんか」


瞬く間に再生した片腕を伸ばし、慈島は僅かに顔を引き攣らせた玖我山を指と指の間から見遣る。

相手の能力は、これで完全に見極めた。後は、真っ向から叩き潰すのみと言うようなその眼に半歩退きながらも、玖我山は未だ、笑みを崩さない。


「ですが、まだまだ。恐るるに足らずですよ!」


状況は、限りなく此方が劣勢と見えるだろう。だが、絶体絶命からは程遠いのだと知らしめるように、玖我山は両手を高々と広げてみせた。

宛ら、オーケストラを率いる指揮者の如く高らかに。天を仰ぐようにして玖我山が両の腕を広げると同時に、彼の指先から伸びる糸が環状線を描き――瞬く間に、九体の人形が姿を現した。


「まぁ……これはこれは」

「あっはははは!どうです!?すごいでしょう!僕のガラティアは、一体だけじゃあないんですよ!!」


一つの指に、一つの人形。計十体のガラティアは、それぞれ異なるドレスを纏い、異なる武器を手にしている。
しかし、皆一様に髪と瞳の色、顔の造形は同じで。成る程、同一の名を冠しているのも頷けると、慈島は感心したように息を吐く。

そうこうしている内に、ガラティアは慈島と永久子の周囲を取り囲み、無機質なガラスの目玉で視線の檻を作り上げた。

その、悪夢めいた光景に辟易するよりも早く、玖我山の恍惚とした声が、緊迫した空気を震わせる。


「全てのガラティアは平等です。どれも僕が一つ一つ、丹精込めて作った魂の器……だから、力も、速さも、美しさも!みんなみんな、平等なんですよ!!」


永久子は、さてどうしたものかと頬を伝う冷や汗を、包丁を握ったままの拳で拭った。

一体だけでも、慈島の腕を切り落とす程の殺傷力を持つ人形が十体。
それぞれ所持している武器が違う為、異なる射程を気にしながら、一体一体的確に捌いていかなければ、痛撃を喰らうことになるだろう。

足を取られれば、其処から瞬く間に突き崩される。感覚を研ぎ澄まし、攻撃を見極め、一体ずつ確実に潰して、どうにか本体の玖我山を押さえれば――。


短い間にあれこれと思案しながら、この窮地をどう潜り抜けるか考えていた永久子であったが、頭の中で積み立てたものは全て、杞憂に終わった。


「……寿木永久子、今すぐ影に潜れ」


ただその一言だけ。短く、端的にそう言い放つと、此方に一瞥もくれず、慈島が前へ一歩踏み出す。
ズシンと、地を揺るがすような重い足取り。同時に鼻を掠めてきた予感に駆られるように、永久子は返事もしないまま、影の中へと潜り込んだ。

それは、直感。本能が打ち鳴らす警鐘のままに取った、反射的行動。
慈島の意図など、分からない。それでも、あのまま突っ立っていれば我が身に危険が及ぶこと。ただそれだけを悟った永久子は、瞬時に身を潜めることを選択した。


永久子の行動を見て玖我山は、彼女を逃がし、増援を呼ばせる気なのかと考えた。

数では圧倒的にあちらが劣る。その上、更に一人戦線から離脱させるとなれば、理由はそれしかないだろう。
影の中に潜む相手を攻撃する手段は無い。しかし、たった一人で此処に残る慈島なら、ガラティア達で甚振れる。応援が来るより先に彼を討ち、逃走すれば、この状況を切り抜けられるだろう。

永久子が残っている方が余程厄介だったと、玖我山がほくそ笑んでいられたのも束の間だった。


「オォオオオオオオオオオオオオオオ!!!」


耳を劈くような獣の咆哮。その声量に威圧されると同時に、熱を帯びた衝撃波にガラティア達が吹き飛ばされた。

まるで突風に曝された木の葉のように。未だ糸で繋がっている筈の人形達は、ガラガラと音を立てながら不様に地面に転がって。
玖我山は、これ以上となく大きく開いた眼で、ガラクタのように横たわる人形を見遣りながら、息を飲んだ。


「な……何、が」


心臓が、不穏な音を立てて逸る。急げ、急げ。一刻も早く、脚を動かせと急かすように。鼓動が警告する。

――逃げろ。お前はアレには勝てない、と。


此処に来て、初めて恐れを覚えた玖我山の頭上で、雲が切れ間を見せた。

射し込む月明かり。照らされる街路に、伸びる黒い影。
その異様な形に、恐る恐る顔を上げた玖我山は、目の前に佇むそれに恐怖した。


「何だよ……お前…………ッ!何なんだよ!!その姿はぁ!!」


脚が震える。喉がひくつく。体のどこもかしこも、まともに機能しなくなって、思考さえも覚束ない。

なのに、目の前の光景は嫌に鮮明で、明瞭で。


「……今更、聞いてくれるなよ」


尾を揺らしながら牙を剥く黒い獣が、静かに口角を上げる様は、玖我山の恐怖をより一層強く煽り立てた。


「俺は、”怪物”だ」


prev next

back









×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -