FREAK OUT | ナノ


街灯の明かりが、ジジジと音を立てながら、僅かに点滅する。
その瞬きする間。ほんの僅か訪れた闇が、再び照らされると同時に、前方から何かが暗がりを掻き分けるように姿を現した。

闇に紛れるような黒い髪、黒いスーツ。獲物を狙う獣のように光る、赤みを帯びた暗い瞳。
間もなく、電灯の下にその姿を曝した男を見て、少年は目を見開いた。

「あ、貴方は……」

「……忠告は、この間した筈だ」


自分の身を案じ、名刺を手渡して来た時とは、まるで別人――いや、別物のような顔付きをした男。

その腕は、黒い装甲に覆われ、その隙間から覗く赤い筋肉を軋らせながら、男はこれが最後の勧告だと言うように、此方を見据える。


「フリークスは、血の匂いを好む。だというのに君は……いや。お前はまた、そんなに濃い匂いを纏って…………死にたいのか?」


ああ、やはりもう。いや、あの時から嗅ぎ取られていたのか。

参ったなと肩を軽く竦めながら、少年は人気のない街路に笑い声を響かせた。


「思っていたより、早くバレちゃいましたね。流石は”怪物”、慈島志郎……噂通り鼻が利くんですね。恐れ入りました」


ズボンのポケットに手を突っ込んだまま、少年――玖我山礼治は、慈島を挑発するような慇懃無礼な物言いで、けらけらと笑う。

人知れず手に入れた力を使い、繰り返し凶行に及んでいたことを看破され、今まさに裁きの槌を振り下ろされようとしているというのに。玖我山は余裕綽々、泰然自若といった様子だ。
焦りも、恐怖も、危機感も無い。其処にあるのは、イタズラを見破られた子供のような無邪気な邪心だけ。


――こういう人を食ったような言動も、寿木永久子と類似している。


全く憎々しいものだと、慈島は眉を顰めながら、ゴキンと指を鳴らした。


「……俺のその名前を知っているなら、話は早い」


弁明もせず、現状を受けいれているということは、自分が一連の通り魔事件の犯人であることを認めているも同然。
ならば、やるべきことは一つと、慈島は”怪物”の腕に力を込め、玖我山に向って構えた。


「大人しく投降しろ。そうすれば、手荒な真似はしない」

「アッハハ。そんな凄まれても、全然怖くないですよ」


それでも、玖我山は揺るがない。
目の前にいるのが”怪物”だと分かっていても。ただそれだけのことだと笑い飛ばすように、依然ポケットに手を入れたまま、直立不動のまま。玖我山は不敵に笑む。


「フリークスが来たって、FREAK OUTが来たって……僕とガラティアの力があれば、恐れるものは何もない。だから、僕を止めようとしても無駄ですよ」

「……ガラティア?」


ほんの一瞬、不可解な言葉に虚を突かれた刹那。
視界の端で鈍く銀色の光が閃いたかと思えば、次の瞬間、凄まじい血飛沫が上がり、慈島の腕がアスファルトの上に落ちて、転がった。

鮮やかなまでに鋭利な切断面を曝しながら、切り飛ばされた腕がビクビクとのたうつ。
その動きを制するように、それは上から刃物を突き立て、刈り取った獲物の首を掲げるように、細い腕を上げた。


一体、何が起きたのか。

高く放り上げられたかと思えば、瞬く間に切り刻まれた自身の片腕を見ながら、慈島は理解した。


其処にいるのは、両手に大振りの刃物を持った人形だった。

所謂、ビスクドールというやつだろう。球体状の関節に、磁器の肌。透き通るようなガラスの眼をした、美しい少女の人形。
頭から”怪物”の血を被りながら、それは人間さながらの滑らかな動作で、刃物に付着した血肉を振り払い、くるりと華麗に一回転して、此方に向き直す。
それに合せ、人形は身に纏う濃紺のドレスを翻し、茶色い髪を靡かせて、よく出来た人形劇を見ているかのような気にさせてくる。

狂気的を越えて、幻想的。血生臭いが故に、麗しい。そんな光景に恍惚と目を細めながら、玖我山は快哉と声を上げる。


「アッハハハハハ!すごいでしょう、ガラティアは!貴方の腕だって、この通り切り落としてしまえるんですよ!」


成る程。ガラティアというのは、その人形の名前のことらしい。

また一つ、疑問が解き明かされたところで、残った片腕で切断面を押さえながら、慈島は玖我山と人形・ガラティアを交互に見遣った。


「……それがお前の能力か」

「その通り」


よく眼を凝らして見れば、ガラティアの体には透明な糸のような物が付着している。
そしてその糸は、ポケットの中から引き出された玖我山の手――その五指に繋がっていて。恐らく玖我山は、あの糸を介することで指示を出し、ガラティアを操っているのだろう。

緻密でありながら豪快で、可憐でありながら荒々しい。そんな、本来人形では決して出来ない筈の動きをも実現出来ているのは、糸を使って操っているからではなく、糸を通して操っているから、と見れる。

刃物を研ぐように擦り合わせ、金属音を立てる人形を見据えながら、慈島は喜悦に満ちた顔で自身の能力を語る玖我山から、半歩退き距離を取った。


「僕の能力は、人形を操る能力。……貴方達みたいに名前をつけるとしたら、人形喜劇(ピグマリオン)ってところですかね」


辺りに散らばった腕の破片を一つ踏み潰し、玖我山はニッコリと微笑んだ。


それは、弱者を嘲る者が見せる、嗜虐的な笑み。この世の何よりも傲り高ぶった、自らを強者と認識している者のみが浮かべる表情を色濃くしながら、玖我山は手を翳し、ガラティアを構えさせる。

次に落すのは、残った片腕か。はたまたその首かと、人差し指を揺らしながら。


「さぁ、どうしますか?ご自慢の腕はこの通りです。お仲間を呼んでも結構ですけど、そんな時間をあげる程、僕は悠長じゃ……」

「いいえ。そうしてお喋りしてるだけで、十分ですわ」


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