FREAK OUT | ナノ


七年前、嘉賀崎市に新設されたその支部の悪名を知らぬ者は、FREAK OUTにもRAISEにもいないだろう。


「おい聞いたか?嵐垣の……」

「あぁ、聞いた聞いた。あいつ、島流しが決まったらしいな」


実力がありながら、様々な問題を抱えた能力者達が集められた掃き溜め。最低限の人数で構成された零細事務所。

それが、FREAK OUT第四支部――通称、慈島事務所だ。


「当然の配属だな。あんな問題児が、まともにやってける場所なんてねぇだろうし」

「あいつと同じ配属にだけはならなそうで安心したぜ。島流しなんて、よっぽどのことがねぇと食らわないらしいしよ」

「そのよっぽどをやらかしてきたんだ。ざまぁないぜ、嵐垣の奴」


所長は、かつてジーニアスに在籍していた、慈島志郎。故に、慈島事務所。

其処に配属されることを、誰が最初に言ったのかは知らないが、島流しとは、中々上手いことを言うと嵐垣は思った。


「今日は、随分大人しいな、嵐垣」


擦れ違い様に聞こえてくる陰口に食い掛ることも無く、いやに殊勝な様子でいる嵐垣に、流瀬は訝るような面持ちで尋ねた。

流石の彼も、かの悪名高き慈島事務所への配属に、消沈しているのか。
そんならしくもない、と思いながらも流瀬が問うと、嵐垣はわざとらしく肩を竦めて返答した。


「直にお迎えが来るからよ。第一印象くれぇはよくしておくべきだと思ってな」

「お前がそんなことを気にするタマだとは思えんが」

「シシシ、バレたか」


概ね流瀬の予想通り。嵐垣は別に島流しにあったことに沈痛し、牙を失っている訳ではなく、第一印象を大事にしようとしているのでもない。
嵐垣が大人しくしているのは、彼にとって最早此処が、どうでもよくなっているからだ。

いや、最初から彼にとって、RAISEなんてどうでもいい場所だった。

仮初の家。化け物殺しの力を研磨する学び舎。同じ不運を辿った者が集う鉢植え。
能力者として覚醒してしまい、日常を形成する全てを奪われた彼が、無理矢理根を張らされただけに過ぎない。そんな場所に、愛着も何も抱く筈もなかったのだ。
寧ろ、今日晴れて此処を出ることが出来て、清々するくらいだとさえ、嵐垣は思っている。

きっともう、二度と此処に戻ることはないだろう。
業務上、何かしらの用でも出来ない限り。嵐垣は自ら、RAISEを訪れたりしない。
淀んだ空気と、陰鬱さが渦巻くこんな場所など、誰が好んで来るものか。
そういう感情があるからこそ、嵐垣は無駄に暴れることもなく、神妙に玄関口で、迎えを待っていた。

最早、彼にとって、この場所は切り離した過去でしかない。
そんなつまらないものに構っているより、事務所でぶちかます挨拶のことを考えている方が、余程楽しい。

”悪童”そのものの笑みを浮かべ、さてどんな風にして事務所デビューを飾ろうかと、嵐垣が思案して数分。


「……来たようだな」


黒塗りの車が一台、二人の前に停まった。
指定された時間ぴったり。間違いない、あれがそうだろうと、流瀬はあれこれ思考を廻らせる嵐垣の肩を軽く叩いた。迎えが来た、向うぞ、という合図だ。

そこで嵐垣は、ようやっと車に気付いたらしく、傍らに置いていた荷物を持って、流瀬と共に車の方へ近付いた。


「よう、流瀬。久し振りだな」


二人が着くより先に、車から出てきた迎えの男は、まず流瀬の方に挨拶をしてきた。
旧知の仲なのか。「お久し振りです」と、嵐垣は聞き慣れない流瀬の敬語に小さく口元を歪めつつ、男を見遣った。

自分より、縦にも横にも一回り二回り大柄な、口元と顎に髭を蓄えた壮年の男。
その口振りや表情から、明朗快活で、闊達な人となりをしているように感ぜられる。
鍛え上げられた巨躯を除けば、何処にでもいそうな気質のオッサンだと、嵐垣は流瀬と話す男を凝望していた。

男が、流瀬との話を切って、此方に目を向けてきたのは、存外すぐのことだった。


「おっ、お前かぁ、例の”悪童”は。ハッハ、成る程。流瀬でも手ぇ焼きそうなツラしてやがんなぁ」

「……アンタは?」

「あぁ、そういや自己紹介がまだだったな」


嵐垣は、車から出てきた男の姿を見たその時から、彼が来るものだと想定していた人物とは異なることを。事前に耳にしていたイメージとの相違や直感で、きっとこいつではないだろうと、察していた。

その予感は、的中していたらしい。分厚い手を差し出してきた男が口にした名は、やはり、此処に来る筈であったものとは異なっていた。


「俺は徳倉譲。今日からお前が働く慈島事務所の所員だ」


一向に差し出されぬままの嵐垣の手を引っ掴み、適当に握手をすると、徳倉は軽く肩を竦めた。
此方を見る嵐垣の眼が、何を言いたいのか、読めてしまったのだ。

ちくちくと刺さるような視線を向けられながら、徳倉は浅い溜め息を吐くと、現状の弁明をした。


「悪いな。普通はこういう時、所長が迎えに行くもんなんだが、さっき仕事が入っちまってな」


出立が決まると同時に、嵐垣は今日、配属先の所長――慈島が迎えに来ると聞かされていた。

他人の事を逐一調べたり、そういう噂や与太話をするような相手もいない嵐垣では、風聞で聞く程度。
しかし、それで十分過ぎるくらいに、慈島という男は悪い方面で有名であった。


かの”英雄”真峰徹雄の一番弟子。かつては精鋭部隊ジーニアスにも在籍していた凄腕能力者。
だが数年前。ある出来事を機に、その身が半人半フリークスであることが発覚し、新設の第四支部に、幾人かの厄介者達とまとめて左遷を食らった”怪物”。

人でありながら人ではなく。化け物を食らうことで化け物に近付いていく。
そんな、深過ぎる闇を背負った男。それが慈島志郎なのだと、嵐垣は第四支部に配属が決まるより随分前から、把捉していた。

何となく耳にした俗言でも、一度話を聞いたなら、忘れられる筈もない。
この世にただ一人。唯一存在する、半人半フリークス。哀しき”怪物”、慈島志郎。
ついに今日まで顔を拝むことさえなかったが、話に聞いていた彼のイメージと、徳倉はまるで一致しなかった。

性別は同じ。年齢もそう離れてはいないし、どちらも長身で、立派な体躯をしているのは合致する。されど、徳倉はまず初見からして、違っていたのだ。

”怪物”というレッテルを貼られ、追いやられるようにして第四支部なんて檻にぶち込まれた男が、こんな様子である筈がないと、嵐垣は一目で感じ。
同時に、所長自らの出迎えの筈が、帳消しになったことに対し、嵐垣は小さな不満を覚えていた。


「仕事、ねぇ。所長自ら出払うたぁ、よっぽどの仕事なんだろうなぁ」

「嵐垣、」


自分が期待のルーキーなんてものではないことくらい、嵐垣とて分かっている。

第四支部に務めている面々から見れば、また自分達のような、哀れな弾かれ者が増えたか。新たな厄介者がやって来た、くらいにしか思っていないだろう。
だとしても、所長が来る筈の場面で、ただのヒラが来た、というのは、嵐垣にとっては屈辱であった。


初日から、ナメられている。

自己を軽んじられることを何より嫌う、この年頃の心の在り様に、徳倉は苦笑を浮かべた。
嵐垣の言いたいことも分かる。だが、此方にも相応の事情があるのだ。

徳倉は暫し沈思した後、踵を返して、停めっぱなしにしていた車のドアに手を掛けた。


「そうだな、正直俺が此処に来るのも憚られる程度にはとんでもねぇ事態だ」


言いながら、ドアを開いて運転席へと乗り込んだ徳倉は、片眉を上げた嵐垣を見て、ニッと笑った。

それは、大人が子供をからかう時に見せる、やや意地悪いものであった。


「折角だ。見学がてら、行ってみるか?」


ガチャ、と後部ドアのロックが外れる音がした。
乗れ、ということなのだろう。

挑発するような物言いに顔を顰める嵐垣に、徳倉は大層愉しそうな声色で言った。


「現場がどういうモンか、俺達が戦う相手がどんなモンか。最初に知っておくのも悪くねぇだろ?」


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