FREAK OUT | ナノ


嵐垣出雲が覚醒したのは、八歳の頃。

野球好きであった父親の影響で始めた少年野球の練習中。ピッチャーの暴投により顔に直撃しかけたボールを消し炭にしてしまったことで、彼は人として生きる道を閉ざされた。


「出雲、気を付けるのよ」

「離れていても、俺達はいつもお前のことを想っているからな」


嵐垣出雲は、何処にでもよくいる、やんちゃが過ぎる程度に元気のいい少年であった。

サラリーマンの父と専業主婦の母の間に生まれ、勝気な姉と時に取っ組み合いの喧嘩をしながらも仲良く過ごし。
よくある、有り触れた、ごく普通の日常の中にいた。ただの少年であった。

それがある日。迫る危険に対し、反射的に身を固めた瞬間。体から高圧の電流が奔り、野球ボールを焼き払ったことで、彼の全ては変わってしまった。


「ようこそ、嵐垣出雲。此処が能力者養成機関――RAISEだ」




ごつん、と鈍い音が、眠りの底に沈んでいた意識を、引っ張り上げてきた。

一体何事かと目蓋を開ければ、天井と、丸だしになった自分の腹。
ああ、そういうことかと、自分の現状を把握したところで、けたたましく鳴り響いてきた目覚まし時計のアラーム音に、少年は眉を顰めた。

ベッドから落下し、床に打ち付けた頭に、この大音量は非常に響く。
少年は、緩慢な動きで体を起こすと、乱暴な力加減で目覚まし時計を止めた。

時刻は早朝の五時半。この、あまりにも健全過ぎるこの起床時刻にはほとほと呆れる、と少年は大きな欠伸をした。


「……顔、洗ってくっかぁ」


ずるずる、爬行するように洗面所に向い、締まりのない顔を洗う。
しがみついてくる眠気をバシャバシャと水で流して、タオルで肌を拭い、さっぱりとした顔を上げると、鏡の中の自分と眼が合った。

昨日は、あまりよく眠れなかった。

そのせいか、幾らか疲れたような顔をしているが――それより少年が気になったのは、寝癖のついた黒髪だった。


「…………うっし」




「全くお前は、最後の最後まで悉くナメた真似をしてくれるものだ、嵐垣」


染色した髪を見て盛大に顔を顰める女に、少年――嵐垣出雲は、キシシと笑った。

市販の染髪料を使ってみたのだが、随分綺麗な金髪になってくれた。おまけに、女のこの、心底呆れ返ったような反応。
やはり今日髪を染めて大正解だったと、嵐垣はご満悦であった。


「いいじゃねぇかよ。どうせもうすぐ、俺ぁこっから出てくんだからよ」

「お前……その頭を理由で卒業取り消しになったらどうするつもりだったんだ?」

「此処の連中は俺を追っ払いたくて仕方ねぇし、向こうは人手不足と来てるんだ。髪染めたくれぇでそりゃあねぇだろ、流瀬(ながせ)教官」


周囲から疎ましく思われていることを自覚しているのなら、少しは素行を正せばいいものを。どうしてこう、自ら更に”悪童”に磨きを掛けていくのか。
此方を見遣る、悪ガキそのものの笑みに、拳骨の一つでも食らわせてやりたい気さえ、失せる。

教官と呼ばれた女――流瀬みすゞが重い溜め息を吐くと、嵐垣は更に口角を吊り上げた。


「で、どうなったんだ、俺の配属先。今更、進路指導室に呼び出してくれたのは、風紀の為の頭髪チェック、なんかじゃねぇだろ?」


此処は、FREAK OUT直下能力者養成機関RAISE。その、進路指導室である。


RAISEで訓練を積み、力をつけた能力者は、実戦投入可能なレベルに達すると、FREAK OUT正式入隊となる。

皮張りのソファにふんぞり返るこの”悪童”も、彼の言うように、問題児をいち早く追い出したいという周囲の声もあってのことだが、何より、正隊員として申し分ない実力があると判断され、先日晴れて養成所卒業となった。


正式入隊が決まった訓練生は、その能力、RAISEでの成績、性格などを勘考し、管轄部が配属先を決定する。

選考の結果を既に聞いていた流瀬は、先日管轄部から送られてきた封筒を、ニカニカと笑う嵐垣の前に差し出した。
その中には、彼の配属を記した文書と、FREAK OUT正式入隊に必要な書類が入っている。


「……戦闘訓練、実技試験での成績はトップクラス。実力だけなら、ジーニアス入隊も検討されていたが……それだけで入れる程、精鋭部隊は甘くない」


乱雑に封筒を破いた嵐垣は、らしくもなく神妙になって、書面に目を通していた。

この結果を、普段の彼を知る者が見れば、誰もが納得するだろう。嵐垣自身ですら、予想していてもおかしくはない。

適材適所。まさにその通りの配属を、流瀬は重々しく告げた。


「筆記、素行、精神鑑定……戦闘技術以外の問題が、お前はあまりに多過ぎる。よって、お前は……島流しだ」


嵐垣出雲。この時、十五歳。

覚醒から七年の月日を過ごした養成機関RAISEから吐き出された彼は、FREAK OUT第四支部・慈島事務所配属が決定した。


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