FREAK OUT | ナノ


数年世話になった教官に、おざなりな別れを告げ、嵐垣は荷物を引っ提げ、後部座席へと乗り込んだ。

車は、RAISEのある多渡市から、第四支部のある嘉賀崎へと走る。


「そういや、お前の成績、見せてもらったぜ」


依然、不機嫌そうな面持ちでふんぞり返る嵐垣に、徳倉は適当に声をかけた。

嘉賀崎に着くまで手持無沙汰だったのと、彼のことを聞いてから気になっていたのと。
そんな理由で、徳倉はそこはかとなく尋ねるように。且つ、嵐垣の曲がったヘソを少しでも直すように。
徳倉は、子供の機嫌を取れる言葉を選びながら、その影に疑問を潜め、投じた。


「いやぁ、大したもんだな。真面目にやってりゃ、ジーニアスにだって入れただろうに。筆記なんて、名前すら書かなかったそうじゃねぇか」

「……真面目にやらなきゃ入れねぇってんなら、こっちからお断わりだ」


尖らせた唇をそのままに、嵐垣は答えた。

彼は元から、勉強が好きでは無かった。というか、嫌いだった。
姉の出来が良く、反面、自分は要領が悪く、理解するのが遅かったこともあるだろう。
年々、日増しに根強いものとなっていった勉強嫌いは、能力に目覚め、RAISEに送られてからも更に拗れに拗れ。ついに嵐垣は、講義に耳を傾けるどころか、鉛筆を握ることさえしなくなった。

それでも嵐垣は、能力者として、化け物殺しを生業としていく身として、最低限、身に付けて然るべき情報は、ちゃんと覚えている。
生きる為に、死なない為に必要だと思ったからだ。

しかし、必要以上の知識――例えば、過去に実施された侵略区域奪還作戦のこととか――は、とても馬鹿らしくて、耳に入れる気にさえなれなかった。


「ようは、俺らの仕事はフリークスをぶっ殺すことだろ?だってのに、なんでごく普通の学生サマみてぇなことやらなきゃなんねぇんだよ」


親元から引き剥がされ、RAISEに送り込まれたその日から、彼等は化け物殺しの兵士だ。

国の為、民の為、大義の為。そんなものの為に、自分達は日常から引き剥がされ、フリークスを殺す道へと放り込まれた。

だのに。もう二度と戻ることさえ出来ない当たり前の、普通の子供のような真似をさせられて。
それで大人しく机に向かっていられる方がどうかしていると、嵐垣は眉を顰めた。


「テストで幾つ満点取ろうが、戦線に立ったら関係ねぇだろ。結局、生き残るのは満点取った奴じゃなくて、強い奴なんだからよ」

「ははーん……成る程、そういう口か」


辟易とした顔の嵐垣をバックミラー越しに一瞥し、徳倉は苦笑した。

彼もまた、これまで出くわしてきた大人達のように、自分の反抗心に立腹するか、呆れるかしてくるだろうと、嵐垣は思っていた。
誰も彼もが、自分の思想を屁理屈で片付けて来た。だからなんだと、目くじらを立てたり鼻で笑ったりして、机に向かわせて教科書とにらめっこさせようとしてきた。
そしていつしか、面倒だ、もうどうにでもなれと匙を投げて、距離を置いてきた。

ところが、徳倉は「そうかそうか」と、妙に穏やかな声で頷いていて。嵐垣は、こいつは何を考えているのかと怪訝に思った。

だからだろう。徳倉が投げかけてきた言葉が、目を大きく見開かせてくれたのは。


「なんつーかお前、実にテンプレート的な反抗期男子だな。うちに来るくらいだから、よっぽどの規格外かと思ったが、安心したぜ」

「はぁ?」

「まぁ、俺の言いたいことも、直に分かるさ」

どういうことだと尋ねる間もなく、車がギィッと音を立て、止まった。

いつの間にか、目的地に到着していたらしい。
運転席から降りた徳倉を、慌てて追いかけるように車から出て――そこで、嵐垣は唖然とした。


「先に言っとくが、気ぃ緩めんなよ、嵐垣」


外は、驚く程に、寒かった。

季節は初夏だというのに、空気が凍てつき、肌を刺してくるかのように寒い。
頭上には、燦々と太陽が輝いているというのに。ちらちらと、白く淡い粉雪が降っていて。
一体、何が起きているのかと、丸くなった目で恐る恐る辺りを見回せば、街中にある筈もない、あって良い訳がない物が、幾つも点在し、冷気を放っていた。


「お前が今日、今此処から立つのは、生きるか死ぬかの戦場だ。油断してもしなくても、死ぬ時は死ぬが……それでも、用心はしておけ」


途轍もなく巨大な氷の柱。その中に閉じ込められた、見るも無惨なフリークスの死体。
血の一滴さえ逃さぬように凍り付いたその数は、視認出来るだけで十を越えている。

何故こんなものがこんなところに、など、聞くのも野暮なことだった。


「この先は、敵も味方も、とんでもなく規格外だ」


遠くから、轟音と、言葉にし難い悲鳴のような声が響いてきた。
その方角へ徳倉が足を進めていくのを、嵐垣は、少し縺れそうになる足取りで追っていった。


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