霊食主義者の調理人 | ナノ


既に学校側には話が通っている為、伊調と羽美子はすんなりと校内に通された。

案内をしてくれたのは、件の教室を受け持つ担任の教師。今回の一件で、相当胃を痛めているのだろう。眼鏡の下には、疲労の色にどっぷり染まった生気のない眼が窺える。
おまけに、今日は土曜日。貴重な休みだというのに、わざわざ引っ張り出されては、眼の一つ二つ死ぬ。休日出勤の苦しみは痛い程分かるので、伊調は心底担任教師に同情した。

そう大きな学校でもないのだし、地図でもくれればよかったものを……と伊調は「これで休日手当とか出るのか」と見当違いな心配をしつつ、教室までの道すがら、平穏にして平凡な教室で起きた事件の詳細を聞いた。


「最初の異変は、三日前の朝。私が教室を開けた時に発覚しました」


一昨々日。いつものように教室の鍵を開けに来た教師は、ドア窓から見えた光景と異臭に思わず声を上げた。

教室の中は、まるで閉じ込められた動物が暴れたような荒れ模様。机と椅子は倒れ、ロッカーは半分近く戸が開き、中身が散乱。それだけなら、不審者か、誰かのイタズラで片付けられたが、問題は、四方八方、壁や天井にまで残された獣の足跡だった。
それはまるで血だまりからやってきたかのように、赤黒い足跡を無数に残し、一部にはへばりついた体毛も見られた。

とても人の仕業とは思えぬ、異常な光景。だが、一体何が此処で暴れ回ったのかなど分かる訳もなく、学校側は警察を呼んで調査を依頼した。

平和と凡庸を絵に描いたような学校で、警察が立ち入るような大騒ぎ。しかもそれが、人間の所業とは思えぬ怪奇現象となれば、生徒達は必然大盛り上がり。一目でも教室を見ようと、隣のクラスから他学年の生徒まで、携帯片手に押し寄せ、教師達は彼等を鎮める為に四苦八苦したという。


「当初は警察も、非常に手の込んだイタズラではないかと判断していたのですが……。一通り調査が終わり、教室の片付けを……となったところで、獣の鳴き声と共に、散らばっていた物が突如浮き上り、宙を飛び交う事態になったとのことで。これは流石に、人の範疇を越えた何かの仕業だと、警察が退魔師教会に依頼を」

「まぁ……目の前でそんなもん見ちまったら、霊的現象と認めざるを得ないわな」

「ところで、こっくりさんをした生徒達というのは」

「警察が来てすぐに、私のところに……。こうなったのは、自分達が放課後にこっくりさんをしたせいだ、と」


曰く、此度の元凶は事件が起きたクラスに所属する女子生徒四名。彼女達は事が発覚する前日の放課後、教室でこっくりさんを行い、良からぬものを呼び出してしまったことを自覚しているらしい。

面白半分、半信半疑で行った占いが、とんでもない騒ぎになったので、酷く憔悴していたという。


「何でも……前の日にこっくりさんをした際に、すでに異変は起きていたとのことで。その時は、異常なまでの獣臭さがして、動物の鳴き声が聴こえたくらいだったそうですが……恐ろしくなってそのまま逃げ出したそうです。荒れ果てた教室を見て、まさかこんなことになるなんて、と酷く取り乱した様子でした」


簡単に用意出来る道具で出来るオカルト占い。身近にいる人間の、一人は必ずやったことがあると言っても過言ではないポピュラーな儀式。
降霊術の一つでありながら、こっくりさんが今日まで広く世に知られているのは、その手軽さと、実際に動物霊の呼び出せる者がそうそういないことにあるだろう。

こっくりさんは、その知名度に反し、動物霊の呼び出しに成功したケースは非常に稀有だ。儀式自体は非常に簡素。故に、何の力もない素人にも行えるのがこれの利点だが、だからこそ、成功する例が極端に少ないのだ。
たまたま、儀式に参加した人間が、霊に関する力か縁を持ち合わせていたか。或いは、動物霊側が気まぐれを起こして介入してくるか。そんな奇跡的な確率でしか、あるべきこっくりさんは成立しない。

だから、こっくりさんはただの遊びとして普及してきたのだ。本当に霊を呼んでしまったらという危機感が働かないのも、こっくりさんは所詮遊び、という観念が、儀式の手法と共に広まっている為。四人の少女達も、そうだ。まさか自分達が本当に霊を呼んでしまうことになるとは、想像すらしていなかっただろう。

運がいいんだか悪いんだか……いや、確実に後者だろうがと、伊調は少女達に同情した。


「今日は彼女達も来ていますので、詳しくは当人達に……。何か、事件解決の足掛かりになるかと」

「事件解決……ね」


学校側からしたらこれは事件で、自分達はそれを解決してくれる存在なのだろうが。実体は、偏食にして悪食のお嬢様の食事だ。その為に、消沈しているところ引っ張り出された少女達を想うと、申し訳ないったらないなと、伊調は後頭部を掻く。

そうこうしている内に、件の教室がある校舎二階に到着し、同時に廊下で悄然と待機していた少女達が視認出来た。


「彼女達です。あの四人が、教室でこっくりさんを行った生徒です」
 



揃いも揃って暗い顔をしている少女達は、何処にでもいるようなごく普通の女子高生達であった。

如何にも好奇心旺盛で、占いで好きな人との相性を確めたいと思いそうな。そんな、何処にでもありふれた少女達。それが、何の因果か動物霊を呼び出してしまうとは。

此方を見て、力無く頭を下げる少女達を眺めつつ、伊調は適当に会釈した。


「あー……どうも。今回担当になったモンです」

「ご機嫌よう」


この不測の事態を解決してくれる頼みの綱が、光のない眼をした胡散臭い男と、人形のような少女なので、四人は依然、意気阻喪としている。
もっと、絵に描いたような除霊師スタイルであったなら、まだ明るい反応も出来たろうが、今日も今日とて伊調はだらけたリクルートスーツ、羽美子はフリルがあしらわれたクラシックなドレス姿だ。二人が業界屈指の退魔師であると、一般人の眼には分かるまい。多分、此方側の人間でもそうそう信じてはくれないと思われる。

伊調は、この先もこんなリアクションが返されるんだろうなと思いつつ、仕事に取り掛かることにした。


「君らもあんま此処にはいたくないだろうから単刀直入に聞くけど……この中で、何か視えた子はいるか?」


瞬間、びくりと少女達は肩を跳ねさせた。怯えている、ということは、思い当たる節があるのだろう。

こっくりさんを行った際、彼女達に実害は無かったようだが、それでも相当恐ろしい想いをしたことには違いない。その恐怖を穿り返すようで気が咎めるが、根源を断つには必要なことなので勘弁してくれと、伊調は尋ねる。


「はっきりとじゃなくてもいい、一瞬でもいい。”それ”が四足歩行か、尻尾が何本あったか、耳は立っていたか……何でもいい。何も視えてなくても、聴こえてきた何かの声がどんなものかとか教えてくれ。今回、君達が呼び出してしまったのは動物霊には違いないが、何の動物なのかが割と問題だ。モノによっては装備を整え直したり、応援を呼んだりする必要がある。退治する前に、見当をつけておきたいんだ」


万が一に備え、装備は最低限万全の状態にしてきた。だがもし、相手が三尾以上の狐や、動物の姿をした自然霊の類であったら、少し考え直す必要がある。

高位の霊は、《霊装》を用いて自らの力を低く見せる術を持ち合わせている。資料から得た情報や、感ぜられる気配だけで判断し、惨事を招く前に、予想を可能な限り確かなものにしなければ。


至極真剣な眼差しで問う伊調に、女子生徒達は戸惑いの色を見せ、暫し黙りこくっていた。

それを呼び出してしまった時、観察などとてもしていられなかったので、自分の視たもの、感じたものが定かなのかも分からない。懸命に思い出そうとしても、記憶は恐怖に彩られてしまい、正確に回顧出来ているのかさえ危うい。
だが、そんな不確かなものでも、伊調達の助力になるのなら。この怪異に幕を引く一打になるのなら――。


「……足は、多分四つ」


ややあって、一人の少女が恐る恐る、青白くなった唇を開いた。ここで黙っていても埒が明かないし、伊調らを一層煩わせるだけだ。ならば、混迷した記憶の中でも、限りなく明瞭に覚えていることを話すべきだと、少女は続ける。


「最初にアイツが出てきた時……こっくりさんの紙に、四つ足跡がついたの。だから、多分……」

「……他には、何か」

「何の鳴き声だったかはよく分からない……。すごく低い声で唸ってて、口の中に水か何か入ってるのか、ゴポゴポって音がした」

「あと……多分そんなに大きくはないと思う。足跡の位置とか、机の上に乗れたのとかからするに……」


最初に口を開いた少女をきっかけに、他の面々も自分が感じたことを、身振り手振りを交えつつ話してくれた。

伊調が具体的な話をしてくれたことで、”それ”が退治され事件が解決するビジョンが見え、幾らか安堵出来たのだろう。
決して誇張表現はしないよう、見たまま聞いたままに、言葉を尽くして、少女達は”それ”がどんなものかを説く。

お陰で、伊調は自分の勘繰りが杞憂に終わるだろうことを確信出来た。


「……成る程。何となく予想はしてたが、ほぼ間違いないだろうな」

「分かったの、伊調」

「あぁ。お嬢的には残念だろうが、俺としては幸い、今回の相手は狐じゃねぇ」


結崎に渡された資料を見た時から何となく予想はしていたが、どうやらそれが的中していたようで、伊調は一先ずどうにかなりそうだと息を吐いた。

相手が念願の狐ではなかったと聞いて、羽美子は膨れているが、調理する側としては、食材は容易に扱えるものに越したことはない。主の不満は、調理法でどうにか上手いこと解消出来るよう努めよう。

伊調は、そうと決まればさくっと調理に向かおうと一歩踏み出し――すぐに足を止めた。


「あー……俺達二人でも相手に出来るモンだと分かったから、言っておくな」


このまま教室に向い、中に潜むものを退治すれば、それで全て終わる。

そう、終わってしまう。それが問題だった。


「今回呼び出しちまったモンに心当たりがある子……この中にいるんじゃないか?」


伊調の言葉に、少女達は僅かにどよめいた。

偶発的に呼び出してしまった、正体不明の悪霊。何が来たのか分からないからこそ、あれだけ怖い想いをしたというのに、心当たりなど。


眼を見開き、恐る恐る互いの顔を見遣る少女達に、伊調は少し申し訳なさそうにしながら続けた。


「責任を問うつもりとかじゃあないから、名乗り出なくていい。ただ……今回呼び出されたモンは、こっくりさんという儀式と、アンタとの因果を経て、此処に現れたってことを知ってほしいんだ。”そいつ”は、生前いつもアンタとそうしていたように遊びたかっただけで……危害を加えたり、怖がらせたりする気は無かった。今暴れ回っているのも、儀式を介したことで自制が効かないモンになっちまっただけのことで……別に、アンタのことを恨んでるとか、そういうんじゃない」


霊的な力を持たない、一般人の少女達が、何故降霊術に成功し、動物霊を呼び寄せてしまったのか。その答えは、単純。参加者の中に、今回呼び出された動物霊と縁を持った者がいたからだ。


恐らくそれは、生前世話を焼いてくれた少女と今一度触れ合いたい。ただそれだけの願いを未練に、この世を彷徨い続けていた。

そんなことを知る由もなく、少女が友人達とこっくりさんを行ったが為に、それは少女の前に姿を現す絶好の機会だと、降霊術に応じてしまった。自らが、既にこの世の理を外れた存在に成り果ててしまっているとも知らず。


だから、それは恨みや憎しみで姿を現したのではないと、伊調は説く。お節介かもしれないが、勘違いしたまま終わってしまうのは、双方あんまりだと、そう思ったのだ。


「これから退治するモンが、本当に悪いもんじゃないなんて言うのは、ある意味酷かもしれないが……まぁ、今回は色々と巡り合わせが悪かっただけのことだ。あまり気にしないようにしてくれ」


誰も、悪くはない。好奇心で降霊術を行った少女達も、応じた霊も。強いて何かが悪かったというのなら、運と巡り合わせだ。罪悪感を抱いたり、要らぬ後悔をしたりする必要はない。

それだけ伝えたところで、伊調は再び前へ踏み出した。


「そんじゃ、行くか、お嬢」

「ランチタイムの前にお願いね、伊調」
 

prev next

back









×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -