霊食主義者の調理人 | ナノ


「「おはようございます、伊調様」」

「……あー、どうも。おはようございます」


食堂の入口前には、自分を待ち構えていたらしい、瓜二つのメイドがいた。
昨晩、夕食時に会っているのでもう驚くことはないが、一夜明けて改めて見ても、本当にそっくりだと、伊調は双子の神秘を噛み締めた。

クラシカルなエプロンドレスに身を包む鏡合せのような若い女性は、この屋敷に仕えるハウスメイド。前髪が左分けの方が姉、和島閑花(あえじま・のどか)。右分けの方が妹、和島静花(あえじま・しずか)である。
どちらも共通して、烏の濡れ羽色の髪をまとめ上げ、凛然と取り澄ましたような顔をしているのが特徴。羽美子とはまた違う意味で人形らしいと言える、そんな姉妹だ。


「朝食のご用意が出来ております」

「冷めない内にお召し上がりくださいませ」

「……すんません」


寝坊を窘められているのだなと、伊調は軽く頭を下げつつ、席に着いた。

朝食の時間、というのは羽美子のではなく、伊調のものだ。流石に朝から悪霊求め外に出て、調理するというのは酷だということで、羽美子はブランチで妥協してくれた。
よって、主人より先に朝食をいただくのが常となった訳だが。


「……そう見られると食べ難いんだが、お嬢」


朝は和食派か洋食派か、というのは昨日の内に聞かれていたので、テーブルの上には白米、味噌汁、焼き魚、卵焼きに漬物と、伊調好みのラインナップが並べられている。

こうも見事な朝食を用意されると、ますます寝坊したのが申し訳ないなと、ほうれん草と油揚げの味噌汁を飲んでいた時だった。食事をするでもないのに隣に腰掛けて来た羽美子の視線が気になり始めたのは。


「あんたも食べたいのか?」

「いいえ。ただ、貴方が食事しているのを眺めていたいだけ」

「なんでまたそんな」


人が食事をしている様など、眺めていてそう面白いものではないだろう。目を瞠るような大食漢や、食べているだけで絵になる美丈夫であればまだ納得出来るが。


「私ばかり見られているのはズルいじゃない?」

「…………」


可笑しな理屈だと思いながらも、伊調はそれ以上を言うのは止めた。

霊を喰らうという、あまりに常軌を逸した彼女の所作を、凝視してしまっていたのは確かだ。先にしでかしていたのが自分なら、仕返しされても文句は言えまい。
尤も、羽美子は霊餐をまじまじと見られていたことを、気にしている訳ではなさそうなのだが。

取り敢えず、これ以上朝食が冷めるのも避けたいし、さっさと食べてしまおうと、伊調は皮までよく焼けた鮭の切り身を白米と頬張った。程よく利いた塩味が、起き抜けの体に染みた。




 
「ご馳走様でした」


食後に、と淹れられた熱い緑茶を飲み終えたところで、両手を合わせ、恭しく頭を下げると、すぐさま皿が片付けられた。
食べたら皿は自分で片付けろ、が家訓の家に育った伊調としては、この至れり尽くせりの待遇はどうにも落ち着かないというか、こんなに良くしてもらって申し訳ないくらいであったが、それ相応の働きをしなければならないのだ、ということをすぐに思い出した。


「お食事は如何でしたかな、伊調様」


皿を下げて行った閑花と静花に代わって、伊調の前に現れたのは、執事というものを絵に描いたような老人だった。

ぴっしりと整えられたオールバックの白髪、皺一つない黒い燕尾服、理知的な銀縁眼鏡。彼は、結崎宗次郎(ゆいさき・そうじろう)。羽美子の祖母の代からこの家に仕えている執事だ。


「おはようございます、結崎さん。なんか、朝からこんなしっかりしたものいただいちゃって、すみませんね」

「いえいえ。伊調様にはしかと精をつけていただくようにと、お嬢様からの仰せ付けでございます故」


ニコニコと温和な笑みを浮かべる結崎から、終始此方の食事を見ていた羽美子へ視線を移し、伊調は「そういうことか」と苦笑した。

自分の衣食住の全てが手厚いのは、この屋敷の主たる羽美子の為に直結するからだ。これより、霊食主義者である彼女の日々の食事は、悪霊調理人である自分の腕にかかっている。コンディションは万全に、と朝から手の込んだ食事を出されるのも納得である。

伊調は、これを主からの手ほどきと素直に喜ぶべきか、この代償に自分がどれだけ働くことになるのかと嘆くべきかと、口元を引き攣らせた。

それを優艶な眼差しで見ながら、羽美子がふくふくと笑う中。結崎は改めて畏まりながら、メニューブックのようなものを伊調の前に差し出した。


「さて、お食事を終えたばかりで申し訳ございませんが……伊調様、此方が本日のお仕事でございます」


革製のカバーを開いてみれば、中には書類と数枚の写真が綴じられていた。


――メニューブックのようというのは、存外、間違ってはいなかったか。

そんなことを思いながら、伊調は眉を顰めつつ、ファイルの中身に目を通した。


「場所は、市内にあります市立鯨馬(くじらば)高等学校。四日前、学生四人が校内でこっくりさんを行って以降、教室で怪奇現象が頻出するようになったとのことでございます」

「今の学生もやるんだな、こっくりさん。現代っ子も意外にアナクロなんだな」


呑気な意見を口にしながらも、伊調は退魔師教会の先見調査資料をつぶさに眺める。


市立鯨馬高校。明るく自由な校風がウリという実にありふれた、此処から駅四つ程先の距離にある学校だ。
部活動はそれなりに盛んだが、特に何かの強豪ということもなく、学力も平均的。校舎や立地も特に変わったとこはなく、生徒も教師も軒並み普通で治安良好。強いて特徴を挙げるなら、学食のレベルが高い。

そんな平々凡々を絵に描いたような学校で、怪奇現象とは。生徒達はさぞ刺激を受けているのでは、と書類を捲った伊調は、そこで思わず顔を顰めた。


「アレルギー持ちの生徒には地獄だな、これは」

「現在、件の教室は閉鎖し、生徒達は多目的教室で授業を受けているとのことです」


女性生徒四人がこっくりさんを行ったという教室は、写真で見るだけでも相当な惨事であった。


床に壁に天井にと、縦横無尽についた獣の足跡のような血痕と、散乱した動物の毛。更に、ロッカーや窓際に並べられた、雀やトカゲ、鼠の死体。見ているだけで噎せ返るような――そんな凄惨な光景に成り果てた教室が、其処にはあった。


「十中八九動物霊の仕業でしょうが、相手が狐か狸か、はたまた狗かは、未だ判明しておりません」

「狐だけは勘弁してもらいたいところだな。一度実習で二尾を調理したが、本当に面倒だった」

「まぁ、狐を調理したことがあるのね!」


悪霊調理の履修中、動物霊の中でも最高位に位置する狐を相手にした時のことを思い出し辟易する伊調に対し、羽美子の方は眼を輝かせていた。


「私、まだ狐は食べたことがないの。お母様は、尻尾が多いほど食べごたえがあると話していたけれど……いいわねぇ。いつか一から九まで食べてみたいわ」

「九尾なんて伝説級の大妖怪に出くわすこと、まずねぇだろうがなぁ……」


狐は尾が増えるごとに格が上がり、尾の数が一つ違えば別物になる。一尾、二尾はまだ人の手に負える範囲だが、九尾など、退治すること自体烏滸がましい存在だ。
幾ら神をも喰らった一族の末裔でも、そんなものまで腹に納めようなど考えないでくれと伊調は顔を顰めるが、羽美子の方はこれから口にする動物霊が、未だ食したことのない狐であったらと想いを馳せ、すっかり上機嫌であった。


「楽しみねぇ。ブランチでジビエが食べられるなんて」

「ジビエ、ね……物は言い様だな」


普通、ジビエでも狐は食べないだろうと、伊調は嘆息した。狸は、確か狸汁なんてものがあるらしいが、そう美味いものではないと聞く。

何にせよ、そう期待出来るものでもないと思うが、羽美子の眼の煌めきは一層増すばかりでえ。


「さぁ、善は急げというし、行きましょう伊調」

「ワンワン!」

「へいへい……」


浮足立つ羽美子に手を引かれ、伊調は重い腰を上げた。

どうか今回の相手が狐だけではありませんようにと、また一つ増えた祈りを携えて。


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