僕は宇宙人系男子 | ナノ


事件が起きたのは、それから三日後のことでした。


「どうしたんですか、月峯さん。未だかつてなく顔を青くされていますが……」

「ああ、それが……なんつーか、すっげぇ面倒なことになった」


いつものように出勤し、ロッカールームに入った僕を待ち受けていたのは、未だかつてなく重々しい空気を纏いながら、総司令ポーズで机に向かう顔面蒼白の月峯さんと、非常に面倒臭そうな面持ちで佇む火之迫さんでした。


月峯さんは基本的にネガティブなので、物事を深刻に捉え、落ち込まれたりすることは多々ありますが、今日の彼は消沈しているというより、危機感を覚えている、といった様子です。

火之迫さんの言う通り、何かすごく面倒なことになったようですが、さて一体何が起きたのか。
さっぱり理解出来ず往生する僕に、月峯さんは重い口を開き、これまで聞いたことのない、唸るような声で語り掛けてきました。


「友よ……非常に由々しき事態だ」

「ど、どうされました……月峯さん」


まるで世界の破滅を予見したかのような月峯さんのオーラに圧され、僕は思わず固唾を飲みました。

既に何が起きたのか耳にしている火之迫さんは呆れ返った様子ですが、月峯さんにとっては世界滅亡にも等しい出来事があったのでしょう。
皆目見当も付きませんが、月峯さんをここまで追い詰めるような由々しき事態とは一体――……。


緊張の瞬間。月峯さんが告げたのは、余りにも意外過ぎる出来事でした。


「…………水澄女史が、討霊師教会の照合印を会得していた」

「………………はい?」


聞き間違いでしょうか。そう問いかける僕の視線に、火之迫さんは「だから言っただろ」と言うような顔で返されました。


討霊師教会の照合印とは、KYOYA本編で使われるハンドシグナルのようなものです。

響夜達討霊師が集う討霊師教会には、関係者のみが立ち入り出来るよう、出入口に結界が張られています。その結界を解除する為、教会関係者であることを証明する印というのが討霊師教会の照合印で、これは教会の結界解除以外にも様々な場面で使われます。
例えば、一般人に紛れて行動している討霊師同士が、互いが教会所属の討霊師であることを確認しあうシーン。教会支部のセキュリティを通り抜けるシーンなど。

このように本編で度々活用されていることから、照合印はKYOYAファンの間でも多用されているそうで。月峯さんも「KYOYAクラスタは己がKYOYAクラスタであることを証明する時にこれを用いるのだ……」と、僕に正しい照合印のやり方を伝授してくださいました。


しかし、それを水澄さんが会得されているとは……。というか、どういう状況でそれを知ったのかと呆けている僕に、月峯さんは依然深刻な面持ちで続けます。


「先日、退勤ま……帰還前にバックルー……待機室で出会った時。俺がいつも友にしているように、さりげなく、且つ淀みなく、水澄女史が照合印の動作をしてみせたのだ」


さりげなく、且つ淀みなくやってみせたということは、わざわざご自宅で練習されたのでしょうか。

照合印の動きは中々に複雑で、KYOYAファンでも間違えて記憶する人が多いと聞きます。月峯さんがそこを指摘していないということは、水澄さんの照合印は完璧だったのでしょう。
真面目な彼女のことです。例え漫画のネタでも、やるからには全力。そして完璧にと臨んだのでしょう。もし練習している姿を家族に見られたら、という想いもあったでしょうに。なんと涙ぐましい。

ですが、そんな水澄さんの努力は、月峯さんの心を別の意味で震わせる結果になっています。


「嗚呼、なんということだ……!! いつの間にか、水澄女史もKYOYAクラスタになっていたとは!! それとも、元々KYOYAクラスタであった彼女が、何処からか俺の尻尾を掴んだのか……。何れにせよ、これは非常事態……エマージェンシーだ!!」

「なんで言い直したんだよ」


身近にKYOYAファンがいたとなれば、僕の時のように喜ぶと思われたのですが、今回の月峯さんは何故か戦々恐々とされています。

幾ら相手が苦手意識を持っている水澄さんとはいえ、月峯さんなら「まさか彼女も同胞であったとは……。やはり我らは神の導きによって引き合う運命にあるのだな」と言いそうなものですが。

一体、月峯さんは何をそんなに恐れているというのでしょう。恐らくそれが、火之迫さんが呆れている理由だと思われるのですが……。


「その……何故、水澄さんがKYOYAを読まれていることが、非常事態になるのですか?」


月峯さんの為にコンビニコミックス版KYOYAを購入し、KYOYAファンの作法まで身に付けてきた水澄さん。
そんな彼女の努力が水泡に帰するどころか、月峯さんとの間に決定的な亀裂を作ってしまい兼ねない気がして、僕は何がそんなに大変なことなのかと月峯さんの真意を尋ねました。

果たして、何が彼を恐怖させているのか――。


その答えは、余りにも意外なものでした。


「…………KYOYAを読む女と俺は、相容れぬ運命なのだ」

「…………はい?」


火之迫さんが、深い深い溜め息を吐かれる声が、大きく響く程の静寂。

その静けさの中で唖然と口を開く僕に、月峯さんはご自身の内に封じた「悍ましく忌まわしい過去の記憶」について語ってくださいました。


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