僕は宇宙人系男子 | ナノ


「しかし、あの月峯になぁ。事実はライトノベルばりに奇なりだな」

「……それを言うのなら、事実は小説より奇なり、では」

「月峯みてぇなのが出る小説なんて、ラノベと称して然るべきだろ」


火之迫さんも、まさかと思ったのでしょう。
あの水澄さんが月峯さんに好意を抱くことになるなんて、果たしてあり得るのかと。そう疑問に思い、探りを入れてみたようですが、確証を得られても尚、不思議で仕方ないようです。

きっと水澄さんご自身が、一番理解出来ていないのでしょうが……。ともあれ、彼女が月峯さんを好きになってしまったことは揺るぎ無い事実で。


「…………で、どうするおつもりなんですか」

「? 何が」

「私を強請るネタを掴んだんです……欲しいのはお金ですか。それとも、従順なイヌですか」

「お前の目には俺がそんな鬼畜野郎に見えてんのか!? しねぇよ、女子高生相手に強請りなんか!!」


カチカチと打ち鳴らしていたトングを、今度はナイフのように構える水澄さん。
その形相は、まるで先日見た地球の刑事ドラマで、主人公に追い詰められた犯人の女性のようです。

愛の無い夫婦生活に堪え兼ね、夫を殺してしまった主婦が、自分が犯人であることを突き止めた主人公に包丁を向け、逃れられないと悟るや自身の首筋に刃を宛がい……。最後には主人公に説得され、泣きながら包丁を手放していましたが。さて、水澄さんはトングを所定の位置に戻してくださるのか。
そこは火之迫さん次第でしょうと中華まんを補充しながら見守る中、彼の代名詞たるツッコミが水澄さんの核心に迫ります。


「つーか、そんなに知られたくねぇのかよ。月峯が好きってこと」

「不用意に口にしないでください。さもないと、このトングを真っ直ぐに火之迫さんの喉に突き刺さないといけなくなります」

「急速に冷え込むのやめて」


地球温暖化に屈せぬ冷気を放ちながら、トングの先を火之迫さんに向ける水澄さんの姿を見て、僕らはやはり彼女の根本はツンドラ系女子なのだと身を竦めました。

地球では、恋をすることを”春が来た”と表現するそうですが、まさに水澄さんの心は今、春が来ている状態なのでしょう。
少し暖かくなって、時たま凍えるような寒さを取り戻す――。そんな春の訪れを僕らが噛み締めていると、水澄さんはトングを握る手を下ろし、同時に、長い睫毛に縁取られた眼を伏せました。


「……これまで散々、月峯さんのことを卑下していたんです。そんな私が、助けてもらったからと急に好意的になるなんて…………誰だって、手の平返しだと思うに決まってます。……特に、月峯さん当人は」


単に恥ずかしいというのもあるのでしょうが、水澄さんは何より、月峯さんに良く思われないことを気にされているようです。

確かに、以前の水澄さんの月峯さんに対する態度から考えると、急に好意的になるというのは調子がいいと思われるかもしれません。
もし月峯さんがこの事を知ったら、悪印象を抱くより、何かの策略ではないかと疑り、戦々恐々としそうですが……それもそれで、水澄さんは傷心されるでしょう。

ともあれ、月峯さんに水澄さんの気持ちを受け入れてもらうには、彼の中にある水澄さん像を塗り替える必要性があるかと思われます。
その為の時間やら手順やら何やらが必要なことも、水澄さんは自覚されているようです。


「だから、これまで月峯さんに対し狼藉を働いてきた私を清算出来るまでは、知られたくないし……知らされたくないんです……。別に、月峯さんのことなんか好きじゃないですけど……少しだけ、ほんの少しだけ見直しただけで、全然、そんな」

「そう無理にツンケンしなくても、言いふらしたりしねぇから安心しろ、水澄。無論、脅しのネタにもしねぇよ」

「ほ……本当ですか」

「おう。人の恋路の邪魔する奴は、馬に蹴られて死に曝せっつーだろ。生憎、内定の一つももぎ取れねぇ内に死ぬ気はねぇからよ」


現代日本の都心部に於いて、馬に遭遇し、剰え蹴られて死亡する事態に至る確率は、内定を掴み取ることよりも遥かに低いと思われますが、火之迫さんは、おー怖い怖いと身を竦めながらレジカウンターから離れました。

彼は、水澄さんを脅かす言質が欲しかったのではなく、水澄さんが月峯さんに好意を抱いているかも、ということにツッコミを入れたかっただけのようで。水澄さんの気持ちがハッキリと分かった以上、無駄な詮索も余計なお節介もするつもりはないとアピールするかのようにレジを離れた……かと思えば、火之迫さんは雑誌コーナーで何かを手に取って、流れるような足運びで再びレジに戻ると、未だビクビクしながら身構えている水澄さんに一冊の本を差し出しました。


「つー訳で。俺から言うのは一つだけだ、水澄。ズバリ、月峯を落したかったら、コレを読め」

「こ……これは」


それが何かを一切把握出来ず、きょとんと眼を見開く水澄さんの代わりに、僕の方が思わず声を出してしまいました。


廉価版コミックス。ペーパーバックコミックス。様々な名称を持つ分厚い漫画冊子。
単行本や文庫版よりも安価で、立ち読み可能な点から新規読者層が手に取り易く、且つ、描き下ろしや作者コラムなどのおまけ要素から、コレクターや愛好家にも需要の高いそれ。

ちょうど先日、同じ物を欣喜雀躍と手に取っていった彼の姿を思い浮かべながら、僕は目の前で繰り広げられる、火之迫さんのダイレクトマーケティングを眺めます。


「ついに発売となったコンビニコミックス版・討霊師KYOYAだ。通常版コミックスを買うより冊数が少なくなるおまけに、キリのいいとこまで読める優れものだ。第一巻は、転校生としてやってきた響夜が学園内で起こる事件を解決していく”学園篇”がコミックス五冊分、丸々収録されているぞ」


そう。ちょうど今年、連載完結から五年という節目を迎えたということで、出版社の方から討霊師KYOYAのコンビニコミックスが発売されることになったのです。

発売が決定した時、月峯さんは「神はやはり俺を見ている……」と涙ぐみながら喜んでいましたので、発売日当日は雑誌の搬入時刻までお店に残って待機する気合いの入れようで。保存用と観賞用の二冊を購入された彼の顔ときたら、全宇宙で一番幸福を噛み締めていると言っても過言ではない様子だったのですが。水澄さんは何のこっちゃという様子で、体に埋め込まれた五つの十字架(クロス)を光らせる響夜を怪訝な面持ちで睥睨しています。


「月峯さんが、最も影響を受けている作品なんですよ。この、討霊師KYOYAは」

「そ……そうなんですか?」

「ええ。ちなみに通常版コミックスを全巻揃えているにも関わらず、先日こちらのコンビニコミックス版も購入されていきましたよ。同じものを二冊」

「二冊」

「あ、こないだ布教用ってもう一冊買ってたぞ」

「もう一冊」


ただでさえ嵩張る分厚いコンビニコミックスが三冊。それを完結までとなると、月峯さんの本棚がパンクしてしまいそうですが、恐らく彼にとってはそれが本望なのでしょう。
しかし、水澄さんには既に所持している本と同じ内容の物をわざわざ買い直し、更にそれを三冊も購入するという心理はさっぱり分からないようで、最終回まで読むと懐かしさを覚える、表紙の初期響夜を暫し睨み続けています。

日比野さんに、月峯さんの好きそうな漫画を幾つか借りているとはいえ、未だこの手の物に馴染みのない水澄さんです。

一体、コレの何処がそんなに魅力的なのか。三冊も同じものを買う価値があるものなのか……。そう訝りながらも、コンビニコミックス版KYOYAを手に取り、表紙から背表紙、裏表紙まで見回し、中身をペラペラと捲った水澄さんの顔は、満更でもないを絵に描いたようなご様子で。


「ま、まぁ……手頃なお値段ですし、カードにポイントも貯まりますし、お店の売り上げに少しでも貢献出来ますし……。つ、月峯さんがどうこうとかではなく、買ってもいいかなって思いますね。月峯さんがどうこうとかではなく」

「うんうん。じゃあ早速、退勤後に買っていくといいぞ。コンビニコミックスは売り切れると入手困難な代物だからな、善は急げだ水澄。健闘を祈る」


月峯さんと懇意になりたい一心で、水澄さんは火之迫さんに勧められるがまま、討霊師KYOYAの購入を決定されました。

共通の話題を持つというのは、親交を深めるのに有効な手段です。
僕は、月峯さんと仲良くなろうとKYOYAのコミックスを買った日のことを思い出しながら、退勤後、律儀にレジにコンビニコミックス版KYOYAの第一巻を持ってきた水澄さんに心の中でエールを送りました。


――頑張ってください、水澄さん。序盤は用語を覚えるのに苦労すると思われますが、根気強く読み進めていけばとても面白い作品ですので、負けないでください。


そんな言葉をかけた時の僕は、まさかあのような事態が起こるとは知る由もなく。両腕にKYOYAの入った袋を抱え、小走りでお店を出て行かれる水澄さんの姿を、当時の僕は微笑ましげに見送っていたのでした。


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