楽園のシラベ | ナノ


気まずさを誤魔化すように、せっせとバーベキューの仕度を進め。後は材料を串に刺すだけとなったところで、キャンプ場にざわつきが広がった。

何事かと、どよめきが聴こえる方へ眼を向けたところで、シラベとリヴェルは揃って顔を引き攣らせた。


「お待たせしましたーーー! お肉捕ってきましたよーーー!」


視線の先には、満面の笑みを浮かべ、ぶんぶんと手を振りながら此方に向かってくるクルィークの姿。
それと、何処から借りてきたのか、立派な荷車一つと、その上に乗った大きな猪一頭。

横切る人誰もが、目を見開くのも無理はない。感心するより驚く。それ程、見事な獲物を仕留めて、クルィークは英雄凱旋さながらに帰ってきた。


「まさかとは思ったが、マジで狩ってくるたぁ思わなかったぜ」

「いやぁ、ここいら結構動物多いんで、一頭狩ってもいいっすかって管理所に聞いてみたら、近くの畑を荒らすから、猪とか熊なら大歓迎と言っていただけまして」

狩猟民族の集落の出身と言っていたので、彼も狩人だとは思っていたが、まさかこうも見事なものを捕えてくる腕の持ち主とは。

感嘆しながら、さてどうやって捌いたらいいのかと、顎を擦るシラベと、まじまじと猪を見遣るリヴェルの前に、クルィークは更にもう一丁と、切り身の肉を取り出した。


「あとコレ。猟友会の人に、雉肉分けてもらったっすよ。ここに鹿肉が加わったら、猪鹿”鳥”のバーベキュー出来るんっすけどねぇ」

「それを言うなら猪鹿”蝶”だろ。まぁ、何にせよ、こんだけあれば十分だ」

「既に野菜と釣り合いとれてないしな」


ともあれ、これで今日の夕飯は豪勢なものになる。

シラベとリヴェルは雉肉を受けとり、切っておいた野菜と一緒に串に刺し、その横でクルィークは、意気揚々と自前のナイフを取出し、猪を捌こうとした。その時だった。


「こりゃ驚いたぁ。お前さん、大した狩人だなぁ」


称賛の声に振り向くと、小柄な老人が、クルィークが仕留めた猪をしげしげと見ていた。

リヴェルが如何にも「誰だこのジイサン」と言いたげな顔をしていたので、シラベは「このキャンプの管理人さんだ」と耳打ちした。

それでリヴェルは、そういえば、バンガローを借りる為に立ち寄った管理所で、見たような気がするなと怪訝な表情を解いた。

そうこうしている間に、管理人はクルィークを見事だとか、大したもんだと褒めそやし、クルィークが照れ笑いを浮かべる前で、うんうんと頷いている。


「こんな立派な猪、一人で仕留めちまうたぁな。お前さんなら、霧の鹿王も狩れるんじゃあないか?」

「「「霧の鹿王?」」」

「隣の山の主さね。新世代の生き物で、外敵から身を守る為に体から霧を発生させる鹿・ムジカの中で、一際でかい雄鹿なんだが、どうしたことか、そいつがこの先の山道付近をうろついていてなぁ」


旧世代から進化したのは、人類だけではない。
動物や植物も、環境に適応せんとしたり、突然変異を起こしたりして。実に奇々怪々な生物達が、新世代に生きている。

ムジカもその一種で、彼等は体から分泌する特殊な体液を気化させることで、霧を発生させる。
本来、一体のムジカから発生する霧の量は、辺り一帯を僅かに霞ませる程度で、群れで行動することで周囲を霧で包むのだが。
霧の鹿王は、一頭で森を覆う程の濃霧を発生させるのだという。

それが、どうしたことか、隣山から移ってきたということで、管理人は頭を悩ませていた。


「鹿王が発生させた霧は、少し先も見えなくなるくらい深いもんでな。危険だから、あっちの道は封鎖してるんだが、お陰で向こうからの客が減っちまってなぁ」

「……シラベ、あっちの道って」

「あぁ。明日使う予定の道だな」


鹿王が出没したというのは、不運なことに、シラベ達が通る予定の道がある方向であった。

ただでさえ、此処に来るまでに通った道よりも狭くなっているというのに、濃霧が加わっては大変危険だ。


「もう一本、大きく迂回する道があるから、進めないこたぁないが……山を出る位置まで変わるから、だいぶ遠回りになるな」


幸いにも、山を越える道はもう一つ存在する。が、此方は別の場所に出る為に使われるもので、目的地とはかなり離れている。

シラベが緻密に立てた旅の計画や、リヴェルやクルィークの事情を考慮すれば、其方を行くのは回避したい。
しかし、無理に山を進めば、キャラバンが崖や岸壁に突っ込みかねない。安全第一で考えれば、回り道を行くべきだ。


「そういや、猟友会あるんだよな? そいつらは狩らないのか? その、鹿王っての」

「鹿王は、普通の鹿よりでかいおまけに、肉食獣顔負けの獰猛な奴でなぁ。奴に挑んだ漁師達は、悉く返り討ちにされとるんよ。だから今、鹿王に懸賞金賭けて、旅の腕自慢に討伐頼んでる始末でな」

「成る程」


管理人が「ほれ」と言って見せて来た鹿王の手配書を見て、シラベとリヴェルは納得した。

山に入った観光客が撮影した写真に写る、三メートルはあろう巨体。白地に紺色の斑模様の毛皮、木々と見紛う立派な角と、ぎらりと光る真っ赤な眼。
幾ら新世代の生物とはいえ、これはもう、鹿の範疇を越えている。化け物だ。こんなのが相手では、猟友会も手を焼くのも無理はない。

と、シラベらは諦めモードに入っていたのだが。


「それはもう! 俺が行くしかないって話っすね!」


超弩級の大物を前に、狩人の血が騒いだのか。クルィークは寧ろ、勇み、奮い立っていた。

先程、散々に褒められて、有頂天になっているのもあるだろうが、鼻息をふんすと荒げて、すっかりその気になっている。

管理人は「おおう!」などと喜んでいるが、シラベ達は、本日加わったばかりの仲間を、この先棺桶に入れての移動になるのではないか、と渋い顔をせざるを得なかった。


「賞金得られて、シラベさん達の道も開けて、猪鹿鳥もコンプリート! 神様の思し召しっすよコレは!」

「けどなぁ、お前」

「だーいじょうぶっすよ、シラベさん。俺、こう見えて村一番の狩人なんで!」


自信たっぷりに胸を叩いてみせたクルィークは、そこで横たわっている猪を仕留めてみせた男だ。

腕が確かなことは、間違いないだろう。
されど、相手はこの大きな猪よりも更に大きな、猟友会すら歯が立たぬ、霧の鹿王。
幾らクルィークが凄腕の狩人でも、安心出来るとは思えない。


「今日は流石に日が暮れて危ないっすから、明日の朝、鹿王狩りに行くっす! 大船に乗ったつもりで任せてくださいっす!」

「おぉ! そりゃあ頼もしい! 頼んだぜ、牙持ちの兄ちゃん!」


なんて言っても、大丈夫大丈夫とヘラヘラ笑って躱してしまいそうな雰囲気なので、シラベはクルィークを制止するのを、やめた。

彼が鹿王を退治して、霧を晴らしてくれれば、此方も助かるし、先刻貪られた備蓄を補充しても、十分に釣り銭が出る程の賞金まで手に入る。

ならば、やらせるだけやらせてみようと判断し、バーベキューの仕度を再開した。


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