楽園のシラベ | ナノ
二日三日分は持つのではないかと思われた猪肉も、残らず平らげ、存分にバーベキューを堪能した翌朝。
バンガローに眩しい朝日が立ち込める中、クルィークは山の入口に踏み出した。
自前の弓とナイフを装備し、いざ鹿王狩りへと、張り切るクルィークであったが。
「……で、本当にシラベさん達も一緒に行くんっすか?」
その隣には、シラベとリヴェル、シソツクネの姿があった。
クルィークは、山には一人で行くものだと思っていたのだが。今朝バンガローを出る際、当たり前のようにシラベ達がついてきて、聞けば二人と一羽も、鹿王狩りに同行するという。
シラベはきっちり荷物を背負って、リヴェルは山登り用に動きやすい格好をしているし、シソツクネは顔付きが心なしかキリッとしているので、本気らしい。
「俺はハントに関しちゃド素人だが、腕には自信がある。お前一人で手に負えないようだったら、助けてやろうと思ってな」
「オレハ、オ前ラガ全滅シタ時ニ、管理所マデ知ラセテヤル為ニ来テヤッタゾ!」
「私は、その……一人でいてもヒマだからな」
「一人だと寂しいから一緒に連れてって、だそうだ」
「話を曲げんじゃねぇよ!! 私は別に、寂しくなんか!」
「ふむふむ、そーいうことでしたか」
「そーいうことじゃない!!」
「聞く限り、鹿王は臆病な気質じゃないみたいっすしね。こっちに気付かれても大丈夫でしょう。俺がピンチの時は、よろしくお願いするっす」
「こちらこそ、道中よろしくな」
「聞けよ!!」
顔を真っ赤にして憤慨するリヴェルを適当に宥め、一行はクルィークを先頭に、山の中へと入って行った。
追う対象が動物なので、必然、車用に整えられた山道から外れ、草木を掻き分けての散策になる。
場所によってはかなり険しい斜面もあるので、注意深く道を探りながら進まなければ、崖下に真っ逆様だ。
クルィークは、適当に拾った木の枝で周囲を窺いつつ足を進め、シラベ達も、慎重に彼の後ろをついて行く。
「……ほんとにすげぇ霧だな」
「はぐれるなよ、リヴェル。ここで迷子ちゃんになったら、次の行き倒れはお前だぜ」
「わ、分かってるっての」
自分が溶け込んでしまいそうな程の濃霧。
ただでさえ、方角の分かり難い山の中だ。一人になってしまったが最後、延々と山道を彷徨うことになるだろう。
「トコロデ、初代行キ倒レガ道案内デ大丈夫カヨ」
「ハハハ、ご安心を。今回は、ちゃんと行きと帰りがありますから」
楽園を探し、端から端へ歩くようにしていたので行き倒れてしまったが、目的が狩りとなれば話は別だ。
故郷のアストカの雪深い山に比べたら、ロックベイは優しい。肌を刺すような厳しい寒さもないし、歩みを妨げる雪や風もない。
この霧も、ホワイトアウトと思えば、慣れたものだ。
クルィークは、右に左に、前方向に気を配りながら、山を歩いていく。
「シッカシ、コンダケ広イ山デ、鹿王一頭捜スッテノハ苦労スンナ」
「んー、そうでもないっすよ」
「ナニ?」
「寧ろ、でかいだけ分かり易いっすね。足跡とか、踏み分けられた草……フンや、落ちた毛なんかもヒントっすね。それを辿っていけば、鹿王に近付ける筈っす」
霧を掻いて進むのに必死で、リヴェル達は分からなかったが、クルィークは鹿王の残した痕跡を追って移動していた。
姿が霧で眩ませられても、通った後には迹が残る。三メートルもある巨体では、それも通常の獲物より顕著だ。
クルィークを追うのに必死で、目を向けられていなかったが、土に、木々に、茂みに、鹿王の形跡はある。
本当に、凄腕の狩人なのだなと感嘆の息を吐きながら、リヴェルは少し空いてしまったクルィーク達との距離を小走りで詰めた。