楽園のシラベ | ナノ


こうして、想定外の同行者が増え、三人と一羽になった一行は、数時間後、キャンプ場に到着した。

此処は、山越えをする旅人達に向けて作られた場所で、だだっ広い駐車場とバンガローハウス、野外炉が設けられている。
バンガローにはベッドと、簡素ながらシャワーも付いており、山道で疲弊した旅人にとって非常に魅力的だ。

キャラバンには寝台もシャワーもあるが、何せ車内設備なので窮屈である。
折角なら、利用していくべきだというシラベの判断で、一行は今晩、此処で宿泊することにした。


「晩御飯どうしましょうかねぇ。バンガローの近くにはバールや、食糧品取り扱ってるマーケットがあるみたいっすけど」

「バーベキュー用の炉あるのに、店行くのか」

「なんだお前、バーベキューしてぇのか?」

「べ、別に!! ただ、あるから使ったらどうかってことだよ! 料金の中には、こいつ自由に使っていいぞって金も含まれてんだろ!!なら、使った方が得じゃねぇか!」

「ふーん」


バンガローに到着してから、頻りに野外炉を見ていたので、何となく察してはいたが、リヴェルもキャンプの雰囲気を楽しみたいらしい。

まだ子供だなと思う反面、年頃の無駄な意地に、シラベは眼を細め、今晩の食事を決定した。


「仕方ねぇ。新入りの歓迎も兼ねて、今日はパーっとバーベキューといくか。どっかの誰かが備蓄食い潰してくれたおかげで、肉買う金が微妙なことだが」

「オイ、シラベ!! コーイウ時ニ、オレヲ見ルノヤメロ!!」

「そうっすね! こーいう時は、シソツクネではなく、俺にお任せを!!」

「ナニ?!」


シソツクネがシラベの頬を蹴る中、この決定を、待ってましたと言わんばかりに、クルィークが胸をとんと叩いて躍り出てきた。

かと思えば、自分のリュックを持って、クルィークは足早に向こうへと歩き出していって、シラベ達は揃って彼の方に顔を向けた。


「オイ、何処行く気だクルィーク」

「ちょっと小一時間ばかし、その辺回ってきますー。お二人は、準備しててくださーい」


そう言うと、クルィークは手を振りながら、ダッシュして、キャンプ場の管理所まで駆けていった。

ズシズシズシとヘビィな音を響かせながらも、軽やかな足取りで走る彼の後ろ姿を、一同は暫し黙って見送った。


「……素晴らしい行動力と積極性だな」


改めて、とんでもない人物を同行させたものだと、シラベは肩を軽く竦めて苦笑した。

クルィークが何をするつもりか。
何となく読めるが、それはどうなのかと言ったところで、彼は踏み止まりやしなかっただろう。

なら、突っ走らせておいていいだろうと、シラベはバーベキューの準備に取り掛かることにした。


「さて。お言葉に甘えて、俺らは仕度すっか。確か、マーケットに野菜売ってたから行くか」


トウモロコシと、ピーマンと、あとは芋かナスでも買おうか。
マーケットは、バーベキュー向けに野菜を揃えていると、キャンプ場の管理人が言っていたので、品揃えはそれなりにいいだろう。

そんなことを考えていたシラベは、またもクイッと服を引かれ、軽く前屈した。
何事か。そう問うような顔をして振り向けば、其処には久し振りに不安を滲ませた面持ちのリヴェルが、眉を下げていた。


「あ……あの、さ」


眼を伏せ、此方から視線を逸らしながらも、リヴェルはしっかりと服の裾を握って離さない。

クルィークを同行させてやってくれと、無言で頼んできた時とは、また違う。
服を掴む力は、先程よりも強く、声に何処か焦りが感ぜられる。

ややあって、握っていた手を解くと、リヴェルは俯きながら、ぽつりと声を呟いた。


「……シラベは、《アガルタ》にいたんだよな」

「……今更、疑ってんのか?」

「違う! ……ただ、確認したかっただけだ」


踵を返して向き直すと、一層、リヴェルの顔に煩慮の色が増して見えた。

消えていたようで、薄れていただけの、彼女の心の翳り。
それを隠すように俯きながらも、リヴェルは、抑え切れない不安に駆られ、その胸を蝕む疑心を言葉にした。


「なぁ、シラベ。正直に言ってくれよ……。《アガルタ》には、本当に……私やクルィークが求めてるもんがあるのか?」


リヴェルは、《アガルタ》の存在も、其処にいたというシラベのことも、疑ってはいない。
だからこそ、育つ疑惧がある。

啓示された道の果てに、望みが本当にあるのか。楽園に、救いの手はあるのか。
クルィークに出会ったことで、心の隅に隠れていた筈のその疑念は、見て見ぬふりが出来ない程に、膨らんでしまった。


「噂や、お伽話のものでしかなかった《アガルタ》は、実在しているんだろう。けれど……其処に、私達が求めている《銀の星》の奇跡はあるのか? 私達が楽園を目指すことは……意味があるんだよな?」


辿り着いた先に、望みがないと分かってしまったその時。信じていただけ、酷く落胆するのが目に見える。

クルィークとて、《アガルタ》に自分の希望が無いと分かれば、悲嘆するだろう。
同じ、楽園の奇跡に縋るしかない者として、それはとても堪えられないことだと思うし、自分がそうなった場合のことも、考えたくない。

故に、もし、≪アガルタ≫にどちらかの、或いは、両者の希望がないというのなら。それは、はっきりと言ってほしいと、リヴェルは思った。


楽園にさえも希望がないと、そう宣告されるのが怖くて、これまで聞かないようにしていた。
しかし、クルィークが旅に加わったことで、いよいよ彼女の懐疑心は、見過ごせない大きさになってしまった。

鬼胎を抱いているのを誤魔化して、知らん顔をしていては、より傷が深くなる。
自分も、クルィークも。諦めを付けるのならば、早い内の方がいい。
だから、全てを知っているのなら、変な慈悲を持たず、躊躇わずに教えてくれと、リヴェルは問い掛けた。

そんな彼女の想いを汲んだのか。シラベは、暫し苦い顔をしながらも、静かに口を開いた。


「……あるかもしれないし、ないかもしれないな」


それは曖昧な答えだが、シラベは、敢えてはぐらかしているのではなかった。

《アガルタ》を直で見た経験と、見識。そこから導き出された結論が、あるかもしれないし、ないかもしれないという答えだった。


「俺も、あの場所の全てを知っている訳じゃない。だから、お前らが求めているものが無いとは断言出来ない」


サングラス越しに、何処か遠くを見つめているようなシラベに、リヴェルは小さく息を呑んだ。

銀河を閉じ込めたようなその双眸に、誰よりも深い彼の陰が垣間見えて。
途方もない暗がりの中にいるのは、自分にとって光明である筈のシラベなのではないかと。リヴェルは、沈黙するしかなかった。


「……ただ、これだけは肝に銘じておけ、リヴェル」


彼が、どうして楽園と呼ばれた地から出てきたのか。彼が、《アガルタ》で何をしていたのか。
何一つとて知らないし、聞いてはいけない気がして、尋ねられずにいた。

楽園は確かにあると。失意の中で挫けかけていた自分に、そう言ってくれた時から。シラベの声に、表情に、底知れぬ闇が含まれていることを、感じ取ってしまっていた。

それはとても微かで、ほんの少しの違和感でしかなかった。
それが、ここにきて、確信に変わった。


「《アガルタ》は……全知全能の神様がいる楽園じゃねぇ。あそこは……知性と探究心の化け物共の、巣だ」


そう言って、咥えようとしていた煙草を握り潰したシラベに、リヴェルは何も言えず。
彼もまた、それ以上を語ろうとしなかった。

リヴェルに正直な見解を述べたように、ここでは口を噤んでおくのが、正しいのだと信じて。


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