カナリヤ・カラス | ナノ


それは、今から二週間程前に遡る。

掃除屋のアジト内で、何かしらの鳴き声が聴こえ、一体何処からだと探してみれば、押し入れの中に子犬がいた。

犯人は、いい感じの深さの皿とミルクを持っている掃除屋の面々だろう。
元気よく吠えるそれを抓み上げた鴇緒は、咎めるような目で後ろに佇む掃除屋メンバーを睨んだ。


「掃除屋家訓、第九条言ってみろお前ら」

「「…………ペット禁止。いつくだばるかも分からない身で、生き物を飼うべからず」」

「だよな。じゃあ、これはなんだ」

「キャウン」

「ちょ、乱暴に持たないでよ鴇緒!」

「そうだそうだ!そいつケガしてんだぞ!!」

「ケガぁ?」


鴇緒は、顔の高さに持ち上げた子犬を、改めてまじまじと観察した。

全身真っ白だったので気付かなかったが、言われて見れば確かに、子犬の胴体や足に包帯が巻かれていた。
その下に、痛々しい傷痕があるのだろうことは、ほのかに感ぜられる血の匂いで察する。
だが、ハッハッハと舌を出して、呑気な顔で此方を見てくる子犬を見ていると、然程重傷ではないのだろうと思える。

尤も、大した治療も出来ない掃除屋メンバーが手当している時点で、怪我の程度も知れているか。

そんなことを考えている鴇緒の情に訴えかけるように、掃除屋メンバー達はこの犬の身に起きた悲劇を、拳を握りながら情緒たっぷりに語らんとした。


「その子、でっかい犬に襲われてて……まだこんな小さいのに、目の前で痛めつけられてるの、放っておけなくて……」

「それで、つい助けちゃって……ケガしてたから此処に……」

「あのなぁ…………」


鴇緒は、これでもかと深い溜め息を吐いて、空いている片手で額を押さえた。


只々、身内の愚かさに呆れるしかなかった。
弱肉強食のなんたるかを重々知っていながら、今更それに揺らがされて、子犬を拾ってくるなど、馬鹿げている。
生半可な情を出して、どうにもならないサイクルに首を突っ込むのは、不条理に曝されて生きてきた彼等が嫌う、偽善そのものだ。

徹底して、何もかも救う覚悟などないくせに、その場の自己満足欲しさに泥溜まりに足を突っ込む。
最初はその汚れさえも歓迎するが、後からそれが煩わしくて仕方なくなる。
そこで、足についた泥を取ろうとしても、一度こびり付いた薄汚い正義は離れてくれない。
そんな風に、半端な義侠心で手を伸ばして、足取りを重くしながら生きていくのは、とてもよくないことだ。
例え非情に成り下がろうとも、割り切っていく方が、自分達の為であり、その他大勢の為にもなる。

だから、鴇緒は理由なき理由で生き物を拾ってくることを、断固として許せないと考えていた。


「お前らよーーーーく分かってんだろ?犬なんか、この町じゃ腐る程いるし、お前らがこうしてる間にも、こいつみてぇなチビが食い殺されてんだ。
それを逐一助けてたらキリねぇし、拾って治してやったところで、こいつはまた……」

「こ、この子をまた外に放り出すっていうの?!」

「当たり前だろうが。うちはペット禁止なんだからよ」

「そう言うなよ鴇緒!!」

「こんな可愛い子犬を捨て置けだなんて、冷酷過ぎるわよ!!」

「お前の血は何色だ!!」

「うるせぇ!!!!とにかく、元いた場所に返してこい!!どーせお前ら、二、三日したらこいつのことなんざ忘れるだろうしよ!!」

「ひっどーーい!!」

「お前がそんな奴だとは思わなかったぞ鴇緒!!」

「この冷血漢!鬼畜!童貞!」

「オイ今言ったの誰だぶっ殺すぞ!!」


暫し、口論というか、暴言合戦が続き。鴇緒はメンバーの一人を蹴り倒した辺りで、いい加減本題に戻るべきだと判断し、踏ん切りをつけるようにダンっと床を踏み鳴らした。

実力行使出来る相手でもなく、また、この場に於ける正しさを有しているのも彼である為、子犬を拾ってきた面々はそこで、反論する言葉を失い。鴇緒は、止めの一撃にと、畳み掛けるように声を張り上げた。


「もういい!お前らが何と言おうが、俺が捨ててきてやる!!何なら、ドッグレースに売りつけてきても…………」


が、ふと横目で子犬を見遣った瞬間。MAX寸前まで上がっていた鴇緒のテンションボルテージは、みるみる下がっていった。


「……オイ、こいつ寝てんのか?」

「……みたい、だな」


抓まれたまま、しかも、あの大騒ぎの中。子犬は眠りこけていた。それはもう、健やかに。すやすや寝息を立てながら。

まさに天使の寝顔を比喩するに相応しい、愛くるしい寝顔を曝し、子犬は夢の世界に浸っていた。


「うあぁ……可愛いぃ……」

「この世の生き物とは思えねぇな……」

「鴇緒、お前ホントにこんな可愛い生き物捨てる気かよ?」

「うっ…………」


メンバーに生き物を飼うことを禁止しているが、鴇緒は動物が嫌いな訳ではない。寧ろ、好きの部類である。

彼とて、犬猫の可愛さが分からない訳ではないし、押し入れを開けた時に子犬を眼にした時から、物凄く撫でまわしたいとさえ思っている。
だが、鴇緒はその心を押し殺して、子犬を追い出そうとしていた。


掃除屋家訓の通り、いつ何処で死ぬかも分からない身である自分達には、生き物を飼う資格はない。

それに、可哀想だから拾ってきたというのを認めては、際限がない。掃除屋の秩序の為にも、この犬の為にも、これは元いた場所に戻すべきだ。
そう懸命に自制していた鴇緒だが、子犬の寝顔によってボロが出て来てしまった。

掃除屋メンバーは、これを見逃すまいと、鴇緒に詰め寄った。反撃、開始。


「ねぇ、お願い鴇緒……この子、私達がちゃんと面倒見るから……」

「エサ代は俺達で出すし、しっかり躾もする。最後まで責任もって育てるからよ」

「せめて、大きくなって外に出しても大丈夫になるまで頼むよ」

「け、けど、なぁ……」


眠ってしまったので、慌てて抱っこの姿勢に直した子犬と、掃除屋メンバーを交互に見比べ、鴇緒は落ち着きなく首を動かした。

腕の中には愛らしく眠る子犬、目先にはそれを庇い立てる仲間達と、どっちを見ても鴇緒の味方はおらず。
暫くおろおろしていた鴇緒は、やがて何か考え込むように俯いて、ぶつくさと何か独り言を口にし――間もなく、頭をガシガシと掻きながら、ヤケクソだと声を張った。


「…………あ゛ーーッ、クソ!!分かったよ!!」


その言葉に、子犬を拾ってきたメンバーは眼を輝かせ、鴇緒はすかさず「勘違いすんなよ!」と付け足した。

分かったよ、というのは、決して快諾の意味ではない。これは不承不承の承諾であり、これで安堵するべからずと、鴇緒は三本指を立てた手を、ずいっと彼等の前に出した。


「いいか!条件は三つだ!!一つ、代わりの飼い主をちゃんと探すこと!二つ、飼い主が見付かるまではお前らで面倒見ること!三つ、これ以降絶対に何か拾ってきたりしねぇこと!
これが守れねぇなら、すぐにでも捨ててくるからな!!」


この子犬を受け入れることは、掃除屋にとってリスキーな選択であった。

掟というのは、一度でも一つでも破ってしまえば、殆ど意味を無くす。掃除屋家訓第九条が崩壊したことで、今後他のルールも通用しなくなってしまうだろう。
ゴミ町という苛酷な環境を、掃除屋という集団で生きていく為に必要と判断して定めた法が、子犬一匹を切っ掛けに崩れてしまうのだけは回避しなければならない。

だから、鴇緒は子犬の飼育に三つの条件を設けた。

ケガをしていたから放っておけなかったというのなら、また同じ目に遭わせたくないと捨て置けないのなら、新しい飼い主を探して、子犬の面倒を見てもらえばいい。
此処で子犬を飼っていいのは、それまでの間だけ。そして今後は、決して生き物を拾ってこないこと。
ここまで譲歩してやった条件でも守れない、納得いかないというのなら、子犬は即刻外に放り出す。
この条件付けならば、メンバーは頷く他になく。ギリギリのところで掟は保たれるし、拾われてしまった子犬への義理も果たせる。

そんな鴇緒の画策など、さっぱり見えていないのだろう。
一時的にでも飼育の許可を得たメンバーは、呑気な顔で万歳し、大いに喜んでいる。


「鴇緒ありがとーー!!」

「流石!お前なら分かってくれるって信じてたぜ!!」


そうと決まればと、メンバーは鴇緒の腕から子犬を奪取し、押し入れに作った子犬の寝床を、アジトの大広間へと移して、其処に寝かせてやることにした。

子犬が鳴き出した頃から、何事かと見守っていた他のメンバーは、せっかくだからもっといい寝床を作ってやるべきだと、てきぱきと柵を作ったかと思えば、古い毛布やクッションなどを持ち寄ってきて。瞬く間に子犬用のペースが出来上がった。

メンバーは、其処ですやすやと眠る子犬を囲みながら、後でドッグフードを買ってこようとか、大きくなってきたら小屋を作ってやろうとか、それはそれは楽しそうに話し合った。

その横から、鴇緒は大きくなるまで此処にいさせるなと小突きながらも「まずちゃんとした飼い方を調べないとダメだ」と、エサと一緒に犬の飼育書も買ってくるべきと説き。
少し離れたところからその様子を見ていた夕鶴と啄は、まぁこうなるよね、と顔を見合わせて笑っていたのだった。


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