カナリヤ・カラス | ナノ



秋沙はああ言ったが、彼女を救ったのは他ならぬ蓮角だと、病室を出た後、雛鳴子とギンペーは揃って溜め息を吐いた。

一度は本気で彼女を見捨てようとしていたというのに、今になって情が湧いてきたのか。それとも、また何かしらの形で秋沙を利用しようとしているのか。
未だ、蓮角に対して全くいい気はしないが。それでも、秋沙の今後には、彼が必要不可欠なのだ。
あんな男でも、彼女とこれからを過ごそうと考えているのなら、任せるしかない。

なんだか複雑だと肩を落としながらも、秋沙が見せた笑顔を思い出して、苦笑いした顔を見合わせた後、安樂屋を出た二人は、ゴミ町を歩いた。


ここのところ、鴉が蓮角を連れて営業や出稼ぎをしているので、二人は集金や、おつかいレベルの雑用くらいしかやることがなかった。

サルベージツアーから戻ってきた直後、楽須弥に向うべく砂漠に蜻蛉返りして、近頃多忙だったので小休止には丁度いいのだが。何というか、張り合いがない。
こんなことを思う時点で、自分達の神経は麻痺しているのだろうと、雛鳴子もギンペーも乾いた笑いを零しながら、さて次は何処に足を運ぶんだったかと手帳を開いた。

その時だった。


「キャンキャン!」

「わぶっ!!?」

「ギ、ギンペーさん?!」


突如、曲がり角から何かが飛び出してきたかと思えば、それに押されて、ギンペーが後ろに吹っ飛ばされながら倒れた。

何が飛び出してきたのかと、雛鳴子が慌てて振り返れば、ギンペーの頭の上に白い物体が乗っていた。

それは、直前に聞いた甲高い鳴き声を上げながら、意味が分からず喚き立てるギンペーの顔を、短い足でたしたしと叩いている。
そこで雛鳴子は、それが生き物であることを理解した。

ピンと立った耳に、短い四肢。白く長い毛に覆われた体の全長は、五十センチ程度と小柄である。
サイズと声からするに、子供なのだろう。依然、ギンペーで遊んでいるその生き物を形容するならば、最も妥当なのは――。


「…………犬?」


そう、それはまさに犬であった。

大戦後、この星に生息していた生き物の殆どは死に絶え、生態系は生物兵器が支配するようになってしまった。
しかし、僅かに生き延びていた種族や、再生技術によって復刻した後、野生化した種族も存在し、犬はその前者に当たった。

遥か古代より、人間と共存していた動物であり、軍事に救護に介護にと活躍してきた為、彼等は絶滅を免れたのだ。

そうして生き残った犬達は、都内ではペットや介護犬として、ゴミ町を始めとする壁外では野生生物として現存している。
よって、犬自体を見ることは、そう珍しいことではない。
此処から少し歩けば、ゴミ山で痩せこけた犬を見られるし、賭場で悪趣味なレースやドッグファイトに駆り出されるものだっている。
それでも、雛鳴子が顔を顰めてその犬を見たのは、それがあまりに小奇麗で、とてもゴミ町にいるようなものではないと思えたからだった。


この、何処も彼処も汚れに塗れている町では、浮いて見える程に、子犬は白かった。
それに、腐りかけの生ゴミや、噛み殺した犬の死体を喰って生きているようにも見えない。ころころと丸い体は、如何にもいいもの食べてますというような感じで、なんというか、乳臭い。

誰かに、まともな形で飼われているのだろうか。

疑うまでもないが、一応首輪の有無を確認してみる。しかし、意外にも犬は首輪をつけていなかった。何処かの商品が逃げ出したのだろうか。

顔を叩かれっぱなしのギンペーが助けを求める声も聴こえぬ程、観察に徹し、雛鳴子はこの犬の正体に考えを巡らせた。すると。


「見付けたぞ、モコ!!」

「キャン!」


またも曲がり角からやってきた声の方へ、子犬はギンペーの体を踏みながら駆け出していった。
それを追うようにして振り向いた雛鳴子は、目に映った人物にぽかんと口を開いた。

声自体は、聞き覚えがあった。だから、まさかと思いながら後ろを見たのだが――本当にそのまさかだったもので。
信じられないと、ようやく解放されたギンペーさえも、何度も瞬きしながら足元でじゃれる子犬を抱き上げた人物を見た。


「……鴇緒さん?」

「……よう」


その人は、破落戸揃いのゴミ町でも殊に悪名高き、ゴミ町四天王。掃除屋・鴇緒に間違いなかった。

眼を引く朱鷺色の髪に、赤いバンダナ、見慣れたつなぎ姿。非常に気まずそうに顰めた顔も、見紛うことなく鴇緒である。
だがしかし、現在その腕に抱いている子犬の存在が、これは本当に鴇緒なのかと疑問符をつけてくる。

雛鳴子と、起き上がったギンペーが、どういうことだと見詰めてくる中。
鴇緒は腕を甘噛みしてくる子犬の顎を適当に撫でながら、見られた以上は仕方ないと、事の経緯を説明した。


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