カナリヤ・カラス | ナノ


「……鴉様は、どう動くでしょうか」


鴉と鴇緒が退室した後、応接間から会長室へと移った福郎は、それはそれは愉しそうに笑っていた。その傍らで紅茶を淹れる黒丸は、応接間を出る前、福郎を刺すように睨めていった鴉を思い浮かべ、危惧していたが、睨まれた当人は何も気にしてはいなかった。


「あやつが儂の思惑に乗せられる事を良しとせず争いを避けようにも、鴇緒の方がその気になっておる。今回ばかりは鴉とて、有耶無耶なものに出来ぬだろう」

「有耶無耶、ですか」

「先の”デッドダックハント”は、奴が鴇緒を引き付けた事で、金成屋と掃除屋、双方の構成員が戦闘に出るに至らなんだ。そして両者の戦闘も、動機を生物兵器所有権の交渉という、限りなくどうでもよいものにした事で、小競り合いの範疇を出ないように仕向けた。極め付けに、時間稼ぎのようなぬらりくらりとした動きで相手の戦意を削ぎ落とし、見事鴇緒の火を消してくれた訳だが……今回は金と互いの面子が掛かっておる。互いを喰らい合わざるを得ない状況となれば、あやつも牙を剥くしかあるまい」


鴉が福郎の思惑を見抜き、鴇緒との衝突を最小限の規模に治めるよう仕組んだ事で、”デッドダックハント”は火が燻って消えるような結末を迎えた。

だが、まだ火種は残っている。ちりちりと燃えるそれを札束で焚き付け、福郎は彼等の間に炎を上げた。どちらかが焼け死ぬまで消える事のない、悪意の炎を。


「全く、ゴミ町の抗争劇でギャンブルをしようなど、お得意方もどうかしておる。付き合わされる此方の身にもなってもらいたいものよ。ほぅっほっほっほっほっほっほっほ」


肩を揺らして笑う福郎の横で、黒丸は窓の外に広がるゴミ町の景色を、無感情な眼で見下ろした。

見渡す限りゴミが散らばる不要物の町。其処に住まう人間もまた、誰かの気まぐれで消えようとも然して問題のない存在――ゴミである。拾い上げられた傍から投げ捨てられようと、分解(バラ)されようと、燃やされようと構わない。此処は、そういう町なのだから。



月の会ビルの正面口から、黒服達の見送りを受けた鴉と鴇緒が出て来た。

ビル内で戦闘を始めさせないようにと、黒服達は福郎から指示を受けてきたのだろう。散々に焚き付けておきながら、自分の巣が燃えるのは御免被ると言うのだ。全く何処までもふざけた野郎だと、鴉は黒服達を一瞥した後、コートのポケットから煙草を取り出し、一本口に咥えた。その横では鴇緒が、小綺麗なビルの中はどうも肩が凝ると言うように、うんと体を伸ばしていた。


「ハッ。あの糞ジジイ、てめぇで焚き付けておきながら飛び火はご勘弁ってか。いい性格してやがるぜ」

「何だ、気が付いてたのかテメェ。ジジイに煽られてるって」

「ったりめぇだろ。町内会でも”デッドダックハント”でも衝突してた俺らを同時に呼び出して、仲良くしましょうねなんて言うような奴じゃねぇだろ、あのジジイはよ」


バカにするなと言いたげな眼で鴇緒が鴉を睨む。その刺々しい視線を一身に受けながら、鴉は無言でライターで煙草に火を点ける。
それから、暫し沈黙。乾いた風と、ゴミが擦れ合う音だけが場を撫ぜた後、鴉が紫煙を吐き出した。その一息と共に、僅かばかりの静けさは破られ、両者の眼がぎらりと閃いた。草陰に潜み、相手の喉笛を狙う獣のような、研ぎ澄まされた色で。


「んで、どうすんだよお前は。糞ジジイの仰せのままドンパチおっ始めんのか?」

「てめぇは本当に期待外れだな。腑抜けた馴れ合いクソ野郎」


鴇緒はその場から数歩前に進むと、未だ記憶に新しい罵倒を鴉に再び投げ付けた。彼の腹の虫を掴んで引き摺り出した、あの言葉を。


「ゴミ町四天王っつーから、さぞかし尖った奴かと思ってたが、この期に及んでまだ、糞ジジイの思惑通りに戦うのは癪だから仲良くしましょうってか?生温いんだよ!てめぇも、他の連中も!!」


咆哮のような罵声が、廃墟の群れを震わせる。それは侮蔑と哄笑が入り混じった、嚇怒の叫びだった。


「誰に仕組まれようが関係ねぇ!敵と見做せる奴が居たらブッ潰して、金も地位も奪い取る!!それがこの町の真理で、ルールだろうが!!そうして這い上がってきた分際で、今更日和ってんじゃねーよ!!虫唾が走る!!」


鴉は、鴇緒が福郎の企みに気付いていないが為に、自分に向かってきたのだと思っていた。だが、彼は其処まで愚直な訳でもカンが鈍い訳でもなく、ただ狂っていただけだった。

より他者を蹴落とした者が名を上げるゴミ町の在り方に中てられて、彼は戦う事に意義すら求めていない。だから鴇緒は、鴉の挑発にも福郎の計画にも乗ってきたのだ。戦わずに済むなら、なんて言葉は彼の中に存在しない。何があろうと、誰であろうと、全て叩き伏せる。そう在るしかない鴇緒を止める手立ては、無い。


「てめぇはそうやって、何時までも逃げてやがれ。その間に俺は、てめぇの全てをぶっ壊す」


そう吐き捨てながら、立てた親指で首を掻っ切る動作をした鴇緒は、流血淋漓の惨劇すら厭わぬ眼で笑いながら立ち去った。先日同様、その場に残される形となった鴉だが、打って変わって、この時の彼は恐ろしく凪いでいた。


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